「はぁー、また負けたぁ……」
「残念だったな」
講堂で行われた生徒会の再選挙は、開票におよそ1時間近くかけ、ルーカスがイツキへダブルスコアを取る形で決着した。
これにより生徒会は現状維持され、ルーカス・ダリアが続投。ホウセンカ側についていたキリヤナギにとってはおよそ2回目の敗北となる。
「勝つ気あったのか?」
「あったよ。アステガこそなんでないと思うの?」
「あってアレかよ。マジで言ってんなら大物になれるぜ」
アステガの口元には珍しく笑みが浮かび、キリヤナギはそれに答えるように笑い返す。
ジンはキリヤナギの横に並びながら、アステガの鋭さに感心していた。
「作ってたのに?」
「ジンはもう喋らないで」
「やっぱそうですよね」
アレックスが何かを思い出したように小さく笑う。
キリヤナギはルーカスとの約束通り1年間、異能回収は休止する事となる。
「お、キリヤナギー!」
温室の前で部員達と水撒いていたツバメ・ツリフネは、キリヤナギの横にジンがいる事へ目を輝かせていた。
彼の足元にはしゃがんで草引きをするタツヤ、チアキ、テツヤの3人もいる。
「ジンさん。めちゃくちゃ待ってましたーー! 何からやります?」
「グ、グランジさんと合流するまで待っててくれません?」
テンションを制御できないツバメの横で、そっと花壇の奥へ隠れる3人組は、どう見てもキリヤナギに怯えている。
彼らは先程、講堂でツバメの隣に座っていたが、突然立ち上がった彼の後についてゆけず震えていた。
「別にもう回収しないのに」
「アイツらダリアに入れたんだってよ。根性ねぇな」
「へー」
「ツバメさん、しゃべんないで下さい!!」
「別にいいよ。ツバメ先輩は結局どっちに投票した?」
「おう、もちろん。ダリアだな」
「え??」
「そんなんだからホウセンカに舐められるんだよ」
「今日の作業ある?」
「んー。今日はもう終わらせたし、キリヤナギは帰っていいぜ」
「雑?!」
「じゃあ、温室見て回っていいかな?」
「おう、舐めるように見てくれ」
「殿下、グランジさんがくるまで待っーー」
「ジンさーん! 約束ですって!」
胴体から抱きつかれるジンを放置し、キリヤナギは温室を見に行く。気がつくと後ろにはアレックスとアステガもいた。
「2人も気にしないでいいのに」
「再選挙が終わったからと言って油断するな」
「結局最後までブレなかったな」
首を傾げるキリヤナギに、アステガは呆れてため息をついていた。
講堂での演説の時、集まった生徒達の顔がよく見えたが、キリヤナギは出入り口付近に見慣れた彼がいる事へ気づいていた。
付近は暗く、どんな表情でいたのかはわからなかったが、この結果をみて彼がどう思うのか聞いてみたいとも思えた。
「屋内テラスは、空調なども破壊されて当分使えなさそうだな」
「去年も壊されたし、悪いからもう行くの辞めようかな……」
「気を使う所がちがうだろ……」
「活動始めてから専用スペースみたいな印象ついちゃったし、そう言うのヤなんだよね」
「王子を訪ねて来る生徒も居たからな」
うーん、と考えるキリヤナギへアステガは眉間に皺を寄せる。定位置の印象を与えるのを嫌いながら、まるで定位置を探しているように見えるからだ。
「授業だけきてさっさと帰りゃいいだろ」
「ぇー、お昼寝したい。テラスの日向最高だったし……」
「猫みたいなこと言ってんな」
「こんな環境で呑気に昼寝などできるか!」
宮殿にいても息苦しいだけだからだ。
周りの皆が働いているのを考え、最近は少し落ち着かなくなっている。
ここに初めて来た時、美しく咲き誇っていた藤の木は、今や少しづつ花びらをちらし床を藤色へと変えていた。
ただ根を伸ばし、花を咲かせようとする草木はツバメの言う通りとても健気にも見えた。
ふとキリヤナギが目線を戻すと、こちらへ歩いてくるグランジがいる。
彼は入り口にルーカスが現れた事を話し、キリヤナギは早々に温室の出入り口へと戻った。
「王子、ここだったか」
「ダリア先輩。さっき別れたのにどうかした?」
「……これは、私の傲慢な考えだろうがあえて言っておく。……ありがとう。ここまでの事をやってくれるとは思わなかった」
「何の話?」
「おかげで、生徒会はまた纏まることができた。恩にきる」
「僕は、ホウセンカ君が会長になれば都合が良かっただけだよ。失敗したけどね」
「……私は宣言した通り会長として金銭を補填する。ツリフネ殿からホウセンカへ渡された金銭は、生徒会への寄付として処理することとなった」
「アイツに返したらつもりだったが、まぁいいか」
「今回は決まるのが早いね」
「今日は役員全員が揃っていたからな。犯人は分からずじまいだが、これで決着がついただろう。王子、私達はこれから平民目線の運営を行ってゆく。見ていてくれ」
「もちろん。貴族の統制を逃れた君たちが、理性的に僕らと対峙できるのかとても楽しみにしているよ」
「貴族を無碍にはしない。平民の代表として、ここ数日の暴力を心から謝罪したいぐらいだ」
「僕は気にしないさ。平民にとっては、それが『普通』だと思うからね」
「……その奪取の力。この一年で使わせないように私は尽力する」
「そう言う期待はないから、頑張って」
ルーカスは一礼だけして、一人で花壇をさっていった。ニコニコと手を振っているキリヤナギを、見ていたツバメは「ぉー」と拍手をしてくれる。
「キリヤナギってやれば出来るんだなぁ」
「やればって?」
「ツバメさん!! 王子ってやっぱ悪い貴族ですよ!!」
「めちゃくちゃ見下してるし!!」
「まぁ、チアキ君も間違って無いけど……」
「認めた!?」
「関わっちゃダメですって!!」
「お前ら、オレも貴族だって忘れてるだろ。いいか? キリヤナギよりいい貴族を俺はしらねぇよ」
「え、嬉しい……」
「どこが良いんすか!」
「……フーン」
「今の会話に何か引っかかることでもあったのか?」
「いや、納得しただけです。ジーマンの奴がこの件に首を突っ込もうとしないワケに」
唐突に出てきたかつてのバンドメンバーの名前にアレックスは得心する。
ジーマン・スターチス。コネ作りに奔走してばかりいるあの男が、アステガという恰好のきっかけがあるにもかかわらずこの件においては姿すら現さなかった。
警戒していたならば、この事実は確かに不自然に感じるかもしれない。
「……ああ、あの男なら静観か無視だろうな。真相がどうであれ、多くの平民から『悪い貴族』という風評に晒された王子に不祥事を起こした生徒会長、ホウセンカについては説明は不要だろう。どことも繋がるにはリスキーだ」
「ま、いねえならいねえで面倒がなくていいですが」
話し込む二人をよそに、キリヤナギは腰を落として小さく咲いた花を見ている。
そんな穏やかな庭園で訓練していたツバメは、ジンと少しだけキリヤナギのことを話していた。
以前にもましてキリヤナギは宮殿に居たがらず、時間があれば外出ばかりしていると。また大学のお気に入りの場所が壊され、心配でもあると。
ツバメは直感でジンは過保護だと察し、キリヤナギが雑に扱う意味を理解する。
信頼があるからこその扱いをこの騎士は理解していて、その抱いている感情は要らないとキリヤナギが突っぱねているのだ。分かりやすいツンデレだが、上流の貴族でも憧れる宮殿での暮らしを嫌がるキリヤナギへ、ツバメは共感もしてしまう。
現在のツバメもまた、家に居たくはなく、こうして大学にずるずると居座っているからだ。
「そいや、お気に入りの場所が破壊されたってジンさん言ってたぜ? どこなんだ?」
「お気に入りじゃないんだけど……? ジン、何で話すの?」
「話題なくって、すいません……」
「二号館一階の隅にあるコミュニティスペースだ。数年前から夕方に女性の霊がでる怪談が囁かれ、利用すると呪われると言われていた場所だな」
「え?? 先輩、それ本当??」
「すげー場所気に入ってたんだな」
「ちょっと待って? 初耳……」
「でなければ、あんな良い場所に人が来ない訳ないだろう?」
「曰くつきだったんすね」
表情が凍りついているキリヤナギにアレックスは固く口を閉ざしている。
大学で伝承される怪奇現象の中で、屋内テラスは数年前から誰もいないはずなのに学習用具が置かれていたり、見られている気配がしたりなど、居座ると違和感がある場所だと言われていたからだ。
「聞いた話では、金髪の女性だそうだが目撃情報も曖昧で確証もないそうだ」
「え、無理……。去年ちょっと調べたのに何で教えてくれなかったの?」
「あからさまに怖がっていた者の前で言えると思うか?」
「怖がってないし!!」
「キリヤナギ、オカルトダメなのか? かわいいとこあるじゃねーか!」
「ツバメ先輩まで……別に怖がってないから!!」
ジンは、大学の生徒に怒るキリヤナギを初めて見ていた。彼が感情を剥き出しにして怒るのは、セオぐらいしか思い当たらなかったからだ。
「まぁ、キリヤナギ。そう言うの気の持ちようだって! 呪いったって今まで平和だったんだろ?」
「……」
「何で黙るんだよ」
呪いかと言われれば近いことが起きていて、アレックスと顔を見合わせてしまった。
「妃殿下に相談します?」
「やめて、母さんそう言うの好きだからどうなるかわかんない……」
「ヒイラギ殿下が、オカルト好きなのは初耳だが……」
「オカルトって言うか占いが好きだから……」
王妃ヒイラギは、スピリチュアルなものを好んでいて、専属の占い師がいたり、宝石の原石などを集めてアクセサリーを作るのが趣味でもある。
「小さい頃に、月のカラーの服を一カ月ずっと着せられたり、お化けについて聞いたら部屋が勝手にお札とかお守りとか原石グッズまみれになって……」
「思えばハイドランジアには宝石が出土する採掘場があったな……」
ヒイラギが怖く、キリヤナギは当時反抗が出来なかった。トラウマが蘇り思わず平静を失いそうになる。
「ぶわっはっはっ! キリヤナギ、めちゃくちゃ面白れぇじゃん!! 『タチバナ軍』追い出されたなら、もううちの部にこいよ」
「えっーー…」
「ツバメさんーー! 前にそれ絶対無いって言ったじゃ無いすか!」
「作業きついんだろ。人員が増えるに越したことはねぇだろうが」
「ツバメ先輩。いいの? 僕、仕事とかあってたまにしか来れないけど」
「そんなん知ってるって、オレも貴族だぜ。王子の仕事なんて理解してるよ、当然公爵もな」
「なぜ私をみる??」
「マグノリアは旧家だからな。王子が居てこその花だろ? でも俺は貴族だけみたいなケチな事はしないぜ? そっちは?」
「入る訳ないじゃないっすか、バイトあるんで」
「ならしゃーねぇな」
ポカンとしているキリヤナギは、何を話せばいいかわからなかった。しかし、断る理由がない。
人が寄り付かず、ただ花を大切にしているこのサークルは、来るたびに心が癒されとても落ち着いていられるからだ。
「もう一人誘いたい人がいるんだけど……」
「構わないぜ。でもそれってもしかしてさーー」
「あら、今日は賑やかなのですね。部長」
柔らかな聞き慣れた声が響き、キリヤナギは驚いた。思わずそちらを見ると、日傘を刺し優雅に立つククリールがそこにいたからだ。
「クク?!」
「ご機嫌よう。ここで会うのは奇遇ですね」
「カレンデュラ嬢、土曜日なのに珍しいじゃねーか」
「サンセベリアがそろそろ届いた頃かと思いまして」
「来てるぜ」
「え? なんで?」
「なんでって、私、ここの部員ですから」
「うっそ!!」
「マジだぜ。話してなかったのか?」
「まぁ所属したのは今年からですし……」
理解が追いつかず、思わず目を疑ってしまう。
彼女は、キリヤナギを素通りし温室の入り口脇に置かれている葉がまっすぐな植物を見ていた。
「こちらシロツキ研究室の方で、飾らせていただいてもいいですか?」
「研究室か。まぁ、確かに強すぎる日差しは好まねぇし、室内がいいかもな」
「ありがとうございます」
少し嬉しそうな彼女にキリヤナギは釘付けとなってしまう。何を話していたかも忘れてしまう中、聞かずにはいられない質問があった。
「あの、ククは、なんでこのサークルに……?」
答えてくれるかわからず、無粋だろうかとも思ったが、彼女は少し照れたように話す。
「貴方が、とても楽しそうにサークル活動されていたから、興味が湧いて……私にもこのサークルならできるかなと思えたの。部員の方もとても優しいので……」
「優しい……?」
ククリールの目線の先には、チアキとタツヤとテツヤがいる。
「アイツら、ククリール嬢にめちゃくちゃ優しいんだぜ。占いとかわざわざ調べて運気上がる植物リスト化したりさ」
「へぇ……」
声のトーンが変わったキリヤナギに、件の三人は真っ青になっていた。
「メッセージからアゼリアさんが抜けられていましたが、『タチバナ軍』はどうされたの?」
「実はヴァルに追い出されたみたいで、まだ記録が確認出来てないんだけど……」
「……義理のない方ですね。失望します」
「僕も強く言い返しちゃったしね……」
ククリールは、何か言いたい事があるようにしばらくキリヤナギの目を見ていた。そして目線を逸らし、ツバメを見る。
「部長。王子をここへ誘ってもいいですか?」
「いうと思ったぜ。丁度勧誘してたところだ。マグノリアもな」
「ついでにするな。無礼だぞ」
「そう言いなさんなって、俺一応先輩だせ?」
「留年学生を敬う趣味はない」
アレックスの態度をツバメは笑って流している。
「クク、いいの?」
「貴方の好きなものが全て揃っていると思いましたし、確かにテラスで足りるとは思いましたが……」
「テラスは昨日。カエンって奴に乗っ取られて破壊された。近寄らねえ方がいい」
「あら、貴方は確かbouquetの……そうでしたか」
あまりに軽く流すククリールに、チアキ、タツヤ、テツヤの3人は引いている。
「後はお前の意思だけだぜ、キリヤナギ」
脳裏に去年の秋のヴァルサスが頭を過ぎる。
サークルを立ち上げようと言ってくれた彼は、誰よりも楽しそうに皆を引っ張ってくれていたからだ。
彼と強くなりたいと願っていたが、すぐに埋まると考えていた溝はあまりにも大きかった。
「『タチバナ軍』のことは、もう考えない方がいい」
「……マグノリア先輩」
「きっかけが王子であるにも関わらず、これはあまりにも不義理だ。私は乗っ取られた気分でもある」
「……」
「怒りが収まらないが、ここで王子が深く考えず動くなら、いっそ清々しくどうでもいいな」
アレックスもまた「タチバナ軍」を大切に考えていたのだ。
部下として先輩としての彼の助言は、キリヤナギとヴァルサスだけでなく「タチバナ軍」へのものだったのに、ヴァルサスはそれすらもなかったかのように追い出した。
彼の本来の気質なら取り返しに行く所でもあるのだろう。しかし、キリヤナギが執着しないのなら「それはもういい」と言っている。
「先輩ってなんでそんな割り切りがいいの……」
「割りきらねぇと貴族なんてやってらんなくね? そういうもんだろ」
「ツリフネ、貴様はもう少し立場を弁えた方がいい」
止める者は誰も居ない。
目の前の新たな場所は、本来の自分を受け入れてもらえる場所でそこに立場の差は無いようにも思えた。
「ツバメ先輩。ありがとう。よろしくお願いします」
「おう。なら中で説明するぜ」
「そ、その前にお昼済ませていいですか? もう、午後だし」
ククリール以外の全員が、その場で空腹だった。しかし、土曜日は売店も空いておらず大学の外に買いに行かなければならない。
「昼ありますよ」
後ろで見ていたジンは、いつの間にか両手にバスケットを持っている。中は大量のおにぎりやサンドイッチで、この場にいる全員賄えそうな量がある。
「すっげ美味そうじゃん!!」
「セオが朝から準備してて……、グランジさんが届けてくれました」
キリヤナギは、グランジ向けだと察して思わず冷や汗を掻く。彼は空腹なのか目を輝かせていて、忍びなくもなっていた。
「皆さん食べてる間、俺、飲み物とか買ってきますね」
「いいんすか!」
「俺は悪いし帰るぜ」
「ア、アステガ、今日もありがとう。気をつけてね
「授業ある日はまた教えろよ」
まるで何ごともなく帰ってゆくのも清々しく、キリヤナギは見えなくなるまでアステガを見送っていた。彼がいなければキリヤナギは間違いなくこの大学へ通えなくなっていたからだ。
ジンを送り出し一度温室の中へ入った7名は、持ち込まれたお弁当へ舌鼓をうちつつ、新たな部員を歓迎する。
また一方で、土曜日の午後から『タチバナ軍』の緊急会議を開いたヴァルサスは、残った部員達から突きつけられた退部届に絶句していた。
*212
「お前ら、なんで……」
「すいません。俺、どうしてもアゼリアさんが王子を追い出したの納得できませんでした。体育大会の時から、お二人の絆を見てそれに憧れて入ったのに、こんなあっけなく切るなんて、酷すぎます」
「お前、王子のあれを容認すのか!?」
「それとこのサークルになんの関係があるんですか! 王子もマグノリア先輩も、このサークルを存続させようと精一杯やっていた。その努力をみてたから頑張ろうと思えてたのに、裏切ったのはアゼリアさんです!」
「んな訳ないだろ。アイツらは……」
「まだ貴族だからとか、平民だからとか言うんでしょう? それこそ差別です。貴族には貴族の考え方もあって分かり合えないかもしれない、けど、やりたい事は同じじゃないんですか、なんで切る必要があるんですか……」
「お前はまだ貴族の怖さを知らないんだよ、だから……守ってやったんだ」
「そんな物要らないです。そうやって恩を着せられるぐらいなら俺も抜けます。去年からありがとうございました」
残っていた部員達は、全員で頭を下げヴァルサスの前を去ってゆく。彼は見送らないまま、一人体育館の脇のベンチで項垂れていた。
この大学でのサークルは、3人以下になると部室が認められず、継続して利用が出来なくなる。また特に体育館は人気が高く、利用サークルが無くなればすぐに他が申請してくるだろう。
友達も居なくなれば、居場所もなくなる。
考えたくても考えられないまま、ぼーっと床を見ていると、突然目の前が翳った。
「アゼリア卿。大丈夫か?」
「アキノキさん……」
リク・アキノキは、隣の『王の力』サークルの主将だった。ツバサの在籍時に初めてキリヤナギを負かした平民の異能使いでもある。
「すまない。話を聞いていた。王子が来ないのはそう言うことだったんだな」
「……アンタも俺を責めるんすか? 自分は王子に認められたからって悠々と俺は間違ってるって」
「いや攻める気はない」
「!」
「個人の思想などそれぞれだ。そこに文句を言う気はない。今は関係が無い」
「じゃあ、何の用です?」
「うちのサークルに移らないか?」
「……!」
「私は今年、体育大会の優勝奪還を目指して動いている。アゼリア卿の嫌いな貴族も混じっているが、目的は同じだ」
「目的……?」
「体育大会にて、去年の雪辱を晴らす。王子が出てくるかは分からないが、居なくとも必ず優勝を目指す」
「……」
「教えられる者は居ないが、タチバナを続けても構わない。基本的な立ち回りなども、必要ないなら私から教えることもない。どうだろう?」
リク・アキノキの目は、真剣そのものだつた。その目にまるで吸い込まれそうな何かを感じ、安心感すら芽生えてしまう。
「ここの体育館の使用権がなくなるまで、考えてもいいですか。新しい部員が来るかもしれないんで……」
「……わかった。利用更新は月末を目処に組まれている。つまり今月はもうあと1週間程だ」
「……」
「……新たな部員が来る事を願っている」
リク・アキノキの言葉は柔らかく、まるで救いの手を差し伸べてくれたようにも思えた。しかし、キリヤナギへ異能を返却したいと話していた彼の意思は、ヴァルサスの感情とは矛盾していてうまく踏ん切りがつかない。
「……」
何も言葉が浮かばず、ヴァルサスはその日一人でずっとベンチへ座っていた。
隣のサークルが片付けを始め、全員が去ったのち、静かになった所でようやく思考が冴えてくる。
「……やるだけ、やるか」
ヴァルサスは、閉門直前の大学から下校し、価格均一ショップでプラカードのようなものを買い込み、自宅でハサミと太いペンを使って大きく「タチバナ軍」と書いて行く。
「ヴァルサス! 夕食だぞ!」
「今忙しいんだよ!!」
その苛立った言葉に、兄シュトラールが呆れ彼を呼びに行こうとする。しかしその行動を隣に座っていた父サカキが止めた。
「……父さん?」
「もう大人だ、好きにさせておけ」
サカキの態度もまた「呆れ」で、向かいの母もため息をついていた。
結局、ヴァルサスは家族が席を離れてからリビングで夕食をとる。その間、大学のコミュニケーションツールで、サークル先に迷う一回生達へコメントをつけて行った。
三人ならきっとすぐだと考え、「タチバナ軍」の専用コミュニティを見に行くと、「部長が王子を追い出して崩壊した」と一番上に書かれており、手が止まった。
コミュニティを作成したのは、ヴァルサスであり、思わず条件反射で削除を行ったが、寝る支度を終えてもう一度みると、「王子はいません」とか、「誰もいなくなった」などとも書かれており、それも全て削除する。
そして、部員ではなくなった彼らをコミュニティから外し、紹介文のみが見えるようにした。
「俺がいるだろ……」
胸が締め付けられそうな痛みに堪える。ちらつく王子の影にイライラしてなかなか寝付けず、その日は気がつくと朝になっていた。
朝から寝て午後に起きると読書中の兄が不機嫌そうにし、休みの父は趣味のプラモデルを組み立てている。
「ヴァルサス、飛行機だぞ。今年の誕生祭で飛んでいたものだ」
「うるせー、王子の話すんな! クソ親父」
サカキは一人、息子の暴言にショックを受けていた。シュトラールは反応を示さず、一人向かいでコーヒーを嗜んでいる。
「ヴァルちゃん。今日カエデちゃん休みなんだから、洗濯物干し手伝って」
「母さん。朝飯ぐらい食わしてよ」
「とっくに片付けたが、そのぐらい自分で用意しろ」
「兄貴もいちいちうるせぇ!」
「ヴァル、先月まではこれが楽しみだって言ってただろう!」
ヴァルサスはサカキの言葉に舌打ちして、キッチンへ消えていった。
「シュト、ヴァルは反抗期か?」
「ただの八つ当たりですよ。父さん」
聞こえていたヴァルサスは更にイライラしてしまう。朝を兼ねた昼食をカップ麺で昼も済ませたヴァルサスは、家事な苦手な母シキミと共に、家の事へ没頭する。
洗濯から始まり食器洗いや掃除、草木の水やりなど行うといつの間にか夕方で1日が終わっていた。
家でやる事をやり終えた1日は、いつのまにかイライラしていた気持ちが解け、再び前へと向けそうだった。
「よし、やるかっ!」
次の日、平日を迎えた桜花大学の校庭でヴァルサスは他のサークル勧誘のメンバーに混じって、早朝から声を上げる。
春の入学からテスト期間までの数ヶ月は、新入生が所属サークルを吟味する時期でもあり、夏季休講を交えて本格的に活動するからだ。
出来るだけ笑顔で、三人だけでいいと新たに書いたチラシを配る中で、後ろから軽く肩を叩かれた。
「おはようございます。新聞部です。あの、取材していいっすか……」
「お前ら……」
思わず苦笑するオリバーは、カメラを持ち、録音する2人の顔色を伺う。
「ちょっとだけでいいんで、あの、王子とどうです?」
「アイツはしらねぇ、俺が追い出した。平民の敵だからな」
「敵?! あんなに仲良かったのに?」
「みんなが嫌がってんのに強行したんだぜ?」
「確かにそうですけど、アゼリアさんは、王子の行動は間違ってるっていいたいんすね」
「そうだな。人の嫌がってる事をやらないって当たり前だろ。許せねぇよ」
「そう言う意味では確かに筋は通ってるか。なるほど」
「なんか文句あっか?」
「ないです。あ、ありがとうござーー…」
「おう、お前ら、インタビュー答えたんだ。勧誘に協力しろよ!」
ヴァルサスは新聞部の三人を捕まえ、配り切るまで彼らを返さなかった。そして、サークル告知にも広告をだす約束も取り付け、意気揚々と授業へと向かう。
これで必ず三人はくると確信を持ちながら教室の前へ来たとき、ふと前を見ると「彼」がいた。
そして隣には、眼帯の騎士グランジと去年の秋にバンドを組んでいたアステガもいる。
目があった彼は立ち止まったが、ヴァルサスに気づいたアステガに引かれて教室へと入っていった。
残ったグランジだけが、小さく礼をして教室の入り口へと残る。
急に治っていた気持ちが沸騰するように戻ってきて、授業が何も頭に入ってこない。
会うのは当たり前だ。同じ学年でこの授業は二人で学ぼうと合わせたのだから。
終業にあわせ、ヴァルサスは逃げるように教室を後にする。何も見なかったと落ち着かせ、コミュニティツールで勧誘を続けていた。しかし、すぐくると思っていた入部メッセージは、その日も次の日も来ず、週の半ばになってようやくインタビューされた記事が乗る。
しかしその中身は、見出しに「王子、活動休止」の後、生徒会再選挙の詳細な中身と、後ろの記事の「王子の相棒は今!」と言うタイトルで、ヴァルサスが王子を追い出し、「タチバナ軍」がヴァルサス一人である事を知らしめるものでもあり、絶句した。
広告にもならない記事の後に、皮肉のようにサークル広告がのり、ヴァルサスは思わず破り捨ててしまった。抗議に行きたくなるが、キリヤナギがそんな事をした事がなく、それ以下になると思うと足が止まり、舌打ちが溢れる。
イライラして、柱を殴りつけていると「おや?」と聞き覚えのある声が聞こえた。
「アゼリアさん。ご機嫌よう、如何されましたか?」
「シズルさん……」
彼の表情は、まるで一皮剥けたように凛々しくなり以前とは雰囲気が変わっていた。それは向かい合った時点で、彼が騎士であり教養のある貴族であると分かるようなオーラを感じる。
「イライラするのは分かりますが、モノに当たるのは良くありません。宜しければお話をお伺いしましょうか」
「いや、いいです。もう王子と絡まないんで」
「なぜ殿下が? 私とアゼリアさんの間に、殿下は関係ありませんよ?」
「何か言われてないんすか?」
「特には? 強いていうのなら、距離を置いたぐらいでしょうか。深くは存じません」
「……そうっすか。すいません、気をつけます」
「アゼリアさん……?」
彼に話す事は何も無い。話した所で告げ口をされると思え、何も言いたくはなかった。騎士貴族なのに、騎士を信頼しないなど笑い話だが、今は笑いたいとも思わない。
「(後二日……)」
土曜日には月が明けてしまう。最後のスパートであると、ヴァルサスは中庭の影のベンチを陣取り、コミュニティツールでのコメントを続けた。
しかし返事は返ってきても答えは返ってこない。「考えておきます」「候補に入れます」「他も見てみます」「ポスターは惹かれました」「武道は考えてないです」「タチバナってなんですか?」「植物のサークル?」「確か黄色いみかんですよね?」「王子まだいるんですか?」「来世に行きます」「体育館だれもいなかったですけど……?」
明らかに揶揄われているものもあり、怒りが湧いてくるが、必死に抑え打てる手を考える。しかし、ふと午後の青い空を見たとき、我に返った。
何をしてるんだろうと。この数日勧誘に躍起になって、練習が一度も出来ていない。コミュニティへ入り浸り、告知方法を考え、家で課題だけやって寝るだけだ。
見学者とも会えず、何をしているのか分からなくなる。
「アゼリア。必死じゃん」
軽快な言葉に、ヴァルサスは飛び起きた。中庭のベンチを覗き込んでいたのは、「よ」と、何ごともなかったかのように声を上げる。ロイド・ロベリア。
「テメェ、散々メッセージ無視しやがって……」
「はっは、悪かったって、俺も忙しいんだよ」
「嘘だろ。昨日購買で飯食ってただけじゃねーか」
「あ、よく見てんな。見かけによらず厳しいねぇ」
「俺を利用しただろ」
「とんでもない。協力しただけだせ、どう思うかは勝手だけどな」
「ちっ、何の用だよ」
「怒んなって、サークル崩壊して困ってんだろ。三人以下だと愛好会で部室も使えなくなるもんな」
「お前には関係ないだろ」
「悪い事はいわねぇよ。そのサークルさ、体育館、俺らに使わせねくんね?」
「は?」
ロベリアは、同様するヴァルサスに小声で続ける。
「王子どうにかしたいやつまだ結構居るんだよ。外部ツールで集まれるとこ探してんだ。部員になってやるからさ。使わせてくれよ」
「んなこと出来るわけねーだろ!」
「たのむって、新入部員がいたらちゃんと本物の部員になれるよう俺もやってやるしさぁ……」
「ちっ」
「ま、いい返事期待してるよ」
ロイドはそう言い残し、去っていった。悔しいが時間がない事に間違いはなく。このままでは本当に部室が無くなる。
勧誘の時間もない。しかし継続して行えば人が増える可能性がある。
それでもロイドは信頼ができない。彼はヴァルサスを利用し、人を集め、無意味な乱闘騒ぎを起こそうとしたのは事実で、小さな事が大きくなることを喜んでいるようにも見えたからだ。
「おい、さっさと行くぞ!」
「アステガ! もう少しゆっくりでも良くない?」
「温室は本館から距離がある。王子もサークルの新人なら、初当番ぐらいちゃんと行け」
「行く! 行くけどさぁ……」
突然響いた声に、ヴァルサスは心臓が跳ね上がるようだった。
後ろの廊下から中庭へ出てゆくのは、ヴァルサスの存在に気づかないまま去ってゆく王子と、アレックスだ。そしてまるで当たり前のように足並みをそろえるアステガがいて、もっと混乱する。
何故アステガなのか分からず、ヴァルサスは頭が真っ白のまま、大学の隅にある花壇までたどり着いた。
彼らはホースで水をやり、雑草を引き花壇を整えて中へと入ってゆく。
その温室の入り口にかかれた「植物愛好会」と言う表札に、ヴァルサスはまるで心を刃物で切り付けられたような感覚を得てしばらく動く事ができなかった。
この数日、どんな思いで部員を集め、サークルを立て直そうとしていたのか彼らは知るよしもない。そしてそれを知らないまま、のうのうと別サークルへ映った事へ苛立ちが抑えられない。
自分達の作ったサークルなどどうでも良く、切り捨てられた気分にもなり腑が煮えぐり返るようだった。
「お前らは、もう、要らないのかよ……」
考えれば考えるほど許せなくなり、この数日の活動がまるでバカのようにも思えてくる。
ヴァルサスは一人、ベンチでしばらく絶望していた。悩む事は無駄だと、一人でやる事には意味がないという現実を知らしめられた気分だった。
「もういいや」
ヴァルサスは、デバイスのコミュニティツールを閉じた。どうせもう誰も来ない。
そう現実を知ったヴァルサスは、手の甲でしばらく目を覆っていた。そして、怒りに変わった感情からひとつの闘志を心へ宿す。
*
月曜日。『王の力』サークルの彼は、その日も授業後に訓練を行うため、普段通り部員ともに体育館へと向かっていた。
この1週間ほぼ一度も顔を見せなかったヴァルサスは、大学でひたすら勧誘に勤しみ、リクは手段が目的になっていないか心配していたからだ。
もし部室が3名以上集まっていなければ、今日には継続手続きが解除され、「タチバナ軍」は部室として体育館を利用できなくなる。彼は祈る思いで一足早く体育館の中へ入り、ほっと肩を撫で下ろした。
そこには、数十名の新人部員とともに、武器の持ち方や足の運びを教えるヴァルサスがいたからだ。
「アキノキ先輩。お疲れ様です」
「アゼリア卿。よかった、引き継ぎよろしく頼む」
「はい。がんばります!」
清々しいヴァルサスの返事に、リクは笑みで応じていた。
END