第五十五話:騎士大会・個人戦

 青く澄んだ空の元、その日は訪れていた。
 年に一度、春生まれの王子の為に開催された誕生祭は、宮殿での公開挨拶から始まり、人々は若く凛々しい彼へ釘付けとなりながらその言葉へ耳を傾けていた。

 去年とは違ってパレードはなく。キリヤナギは早朝から挨拶や外国の貴族達の対談などを終え、正午からは儀式へ参加する。そして、来賓貴族達と会食を済ませたのち、宮殿の敷地内にある演習場を見下ろせるベランダへと向かった。
 その道中の廊下で、キリヤナギは使用人へ囲われた一人の女性と合流する。

「ご機嫌よう、王子殿下」
「クク、良かった。来てくれてありがとう」

 ククリール・カレンデュラは、華やかなドレスの裾をあげ、美しく礼をする。貴族達が揃う場へ共に出ることは、彼女こそが本命であることを皆に知らしめることができるからだ。

「以前はクランリリー嬢でしたのに、私でよかったのですか?」
「ミントは、みんなの期待に応えてくれただけだよ。彼女はそれを分かってる」

 ミルトニア・クランリリーは、王子の婚約者候補者のうち最有力とも話されている。それはその美貌もさることながら才にも溢れ、幾つもの企業経営し、社会へと貢献しているからだ。
 誰もミルトニアへ並ぶことはできない。
 皆が彼女へ期待し、全てが円滑に進むが故の候補とも言える。

「少し狂気を感じるお方ですが……」
「……ミントは全部僕のために頑張ってくれてるから、せめてあの素顔は受け入れたいとは思ってるんだけど……」
「……好意を無碍にしたくない気持ちは分かるのですが……」

 言い渋り、気を遣ってくれるククリールヘ、キリヤナギは何も言い返せない。
 しかし、どんなに無碍にしようともミルトニアは折れない。それは彼女が、キリヤナギを好きでいる事へ文句は言わせない覚悟を持っているからだ。
 その証明に、彼女はキリヤナギとククリールとの間には入らず静観し続けている。

「でも私も、その愛を押し付けられたら潰れてしまいそうに思います。ただ一方的に寄せられる想いは、とても重いものですから」
「……ミントはそれをわかってるんだよね。だから、観るだけで僕の気持ちには介入はしない」
「それなら良いのですが……、そんな想いの強いクランリリー嬢を差し置き、今私がここへ立つことは、貴方の立場が悪くなりそうで……」
「僕はむしろ、それも楽しもうと思ってるよ」
「あら……」

 キリヤナギは、困難であればある程に気持ちが掻き立てられるのだ。
 目の前に用意された極上の宝石より、自身で見つけた原石を尊ぶ彼は、王子と言う立場へ媚びないククリールヘと惹かれた。

 当時のククリールは、憎しみすら抱いていたのに今こうして堂々と隣に居ることへ不思議な感覚を得る。そしてこの瞬間を実現させた彼を見ると、根拠もなく「彼ならできそう」と思えた。

 広いベランダの入り口へ辿り着いた二人は、一度足を止める。
 扉の向こうには、去年の集団戦の時のように公爵家の若者達が集まっている。そんな友達とも言える彼らの前へ、ククリールと共に登場できるのはこの上ない幸いだった。
 
「行こう」
「……はい」

 楽しそうに手を取ってくれた彼女と二人でベランダへと出る。拍手で迎えられたその場には、ケーキやプレゼントもあって笑みが溢れた。

「みんな、来てくれてありがとう」
「こちらもご招待頂き光栄だ」
「王子! 本当サンキューな、また使用人かと思ったぜ!」
「先輩もよかった。ヴァルもちゃんと呼びたいと思って頑張ったよ」
「確かに、宮殿が開催するのではなく王子が仕切るのなら、敷居は下がるからな」

 今季から騎 士大会の個人戦は、シダレが主催したものではなく王子の管轄で行われる事となった。これにより格式の高い公爵達の鑑賞は希望者のみになり、現れるのは王子が招待した貴族達に限らる。

「ハルトもティアも来てくれてありがとう……!」
「あぁ、ライトが予選通過したって聞いたからな」
「タチバナさんが居ると聞いてやる気満々でした。とても楽しみです」

 渡された対戦ボードには、クランリリー騎士団やウィスタリア騎士団など他領地の騎士達もそこそこおり、キリヤナギは楽しみで仕方がなかった。

「ふふ、王子は本当に異能がお好きですね」
「シルフィ、この大会はみんな工夫を凝らした使い方を見せてくれるからね。期待してる」
「ハイドランジアは惜しくも予選で敗退いたしましたが、異能の使い方は私も興味深いので楽しませていただきますね」

 シルフィは一人でいて、奥の座席にもツバサの姿はない。しかし代わりに豪華な礼服をきた男性が座っておりキリヤナギは思わず駆け寄ってゆく。

「クロガネ叔父さん……!』
「キーリ、いいのか? 挨拶しなくて」
「もう皆んないるよ。来てくれてありがとう!」

 シルフィの父、クロガネ・ハイドランジアは、オウカ国の七人の公爵の1人だ。彼は、まるで息子のようにキリヤナギを見て、言葉を続ける。

「シルフィに聞いて、王子が気に入りそうなプレゼントも持ってきたが、もう見たか?」
「見たよ。あんなかっこいいベース、貰って良かったのかなって」
「今まで特産品ぐらいしか送れなかったからな……」
「温泉卵とか入浴剤とか、セオが喜んでたし、嬉しかったよ」
「そうか。シルフィには叱られたがよかった」
「え??」

 シルフィは目が笑って居なかった。
 クロガネからは毎年プレゼントが贈られてきていて、子供の頃は流行りのキャラクターのぬいぐるみや三輪車、自転車など、成長に合わせたものが送られてきていたが、10代になってから、ハイドランジアの特産品が大量に送られてくるようになり、キリヤナギよりも、セオや使用人達の方が喜んでいた。
 しかしこれは母の王妃ヒイラギからすれば『実家からの仕送り』に等しい。

「王子、ハイドランジアへ来られる時には、是非ベースを聞かせてくださいね」
「え、わかった……」
「……」

 クロガネは若干の冷や汗をかいていた。
 ハイドランジア家の親子が揃う中で、もう1人いると思っていた彼の姿が見えない。

「クロガネ叔父さんはいるのに、ツバサ兄さんは?」
「お兄様はお誘いしたのですが、ハイドランジアが予選敗退と聞いて騎士を再育教すると言って本日は不参加です。ごめんなさい」
「そっか、残念だけどしょうがないね」
「お母様は、夜会から顔を出されるそうですわ」

 シルフィの母はハイネといい、ハイドランジア公爵夫人として名も知れているが、クロガネの妹にあたる王妃ヒイラギとは相性が悪く、彼女が首都に現れることは殆どなかった。しかし、ツバサの代わりとしてハイネ夫人が現れたなら、キリヤナギとは数年ぶりの顔合わせとなる。

「生徒会長の再教育とかこわすぎねぇ……?」
「ヴァル……」

 後ろで聞いていたヴァルサスの小声に、キリヤナギは反応に困ってしまう。
 ツバサはもう大学を卒業したが、彼の平民への態度を見れば『恐怖』を感じていても不思議ではないからだ。

「相変わらずで安心する。来年が楽しみだな」
「集団戦には間に合わせると言っておりました。そこまでかかりませんよ、アレックス」
「それなら尚の事、ツバサ・ハイドランジア騎士団長に期待しよう」

 皆が席に座って行くベランダで、1人遠くでこちらを眺める彼女が姿を見せる。可憐な青と翠の美しいドレスを纏うのは、長く艶やかな銀髪を下ろすミルトニア・クランリリーだ。

「キリ様ーー!!」
「ミント……!!」

 彼女は高いヒールをモノともせず、大股でキリヤナギへと抱きついてくる。

「キリ様、ご機嫌麗しゅう、本日はご招待頂きありがとうございます。このミルトニアこの日を一日千秋の若く待ち侘びておりました。御礼服大変お似合いです、この後ぜひお写真に収めさせてくださいませ!!」
「わ、わかった! わかったから、ミント!」

 恐る恐る肩を持ち丁寧にミルトニアを離すと、彼女はドレスを挙げて礼をする。

「大変ご無礼をキリ様。本日は私もこの大会を存分に楽しませていただきますわ」
「クランリリー騎士団も決勝にのこってるよね。期待してる」

 再び抱きついてきそうな彼女に、キリヤナギは思わず身構えて居た。
 皆が席に座り、ケーキが人数分に分配されるベランダは、目下に専用に用意された演習場を見下ろす事ができる。
 向かいには大きなステージが設けられ開会式が始まるフィールドには、宣誓用の舞台へ国旗が掲げられ、国歌斉唱が始まっていた。
 入場してきたのは、予選を突破してきた8名の騎士と、一人トロフィーを持って現れたジン。彼はトロフィーを返却し、代わりに殿堂入りの称号を贈られ脇へと控える。

「タチバナはここに来ないのか?」
「別に呼んでないけど……」
「王子はいいが、異能の戦いの『タチバナ』の見解が欲しい」
「確かに聞きてぇかも、ジンさん。立ってるだけなら呼べねぇの?」
「ぇー……僕でよくない?」
「何故嫌がる?」

 ジンに「神道の事はククリールに聞けばいい」と話していたのもあり、キリヤナギは空気を壊されたくはなかった。

「言いたくない」
「なんでそうなる……」
「王子、ジンさんには塩すぎね?」
「私も聞きたいのですが……」
「うーん……」

 キリヤナギはしばらく悩み、ジンへメッセージを飛ばしていた。
 宣誓を読み上げたジンは、深く礼をして舞台の裏へと消え、代わりに選手たちの名前が読み上げられてゆく。

Aブロック。リュウド・T・ローズ 対 ヒナギク・スノーフレーク
Bブロック。イルギス・モントブレチア 対 シュガー・プラム
Cブロック。グランジ・シャープブルーム 対 タケル・クロユリ
Dブロック。ラインハイト・ネメシア 対 タイラー・クロウェア

 聞いたことのある名前が並び、キリヤナギは期待を高めて見下ろす。

「タイラーがいる」
「あぁ、シュガーと共に勝ち上がった。我がマグノリア騎士団の誇る騎士だ」
「二人とも最強なんだっけ?」
「そうだ。2人ともマグノリアでの個人戦トーナメントでの優勝実践がある。西側は緩いと言われるが、こうして首都の結果で見ると清々しい」
「マグノリアは西側でも、こう言う大会にはかなり積極的な印象がある」
「ハルトさん、西側って?」
「アゼリアは知らないか。オウカだと西側の土地はガーデニアに面していてトラブルも少ない。よって平和な反面、騎士団の士気が低いと言われているんだ」
「同じく西側のローズマリーもそうですね、戦いは得意ではなくて、このような大会には出たい人がいないのです」
「我がハイドランジアも、毎年参加者が少数で、人を送り込めないのが現状ですね」
「マグノリア領は、そんな西側でも騎士大会に積極的で強いんだよね。西側の優勝候補ってよく言われてる」
「はー、土地柄ってやつか。でもそれなら東側のカレンデュラとかサフィニアは?」
「カレンデュラは、今ゴタついていて参加者を選ぶ余裕がなかったの、フュリクスが出場できたら連れてきましたが……」
「フュリクス?」
「カレンデュラの騎士で、まだ16歳なんだよね。年齢制限で参加できないって」
「サフィニアは一応予選にはいたが、ウィスタリアのネメシア卿に敗れているな。やはり期待度が高い」
「ライトは、ウィスタリア騎士団の中でも『タチバナ』にこだわるエースだ。でもこの並びだと、戦えるのは決勝だろうが、楽しみにしている」

 後ろに座るミルトニアは、パラソルの下で優雅にお茶を楽しんでいた。皆が自領地の騎士を自慢するのに、彼女だけは何も話さない。

「クランリリーの人もいるけど……」
「申し訳ございません。キリ様、私はクランリリー家の者ではございますが、騎士団に至っては、お父様とクレイドル閣下が管理されており深くは存じませんの」
「そうなんだ?」
「はい。でもあえて言わせて頂くのなら、彼は『楽しみたい』と言うキリ様のご期待に存分に応えてくれるでしょう」

 キリヤナギは、ミルトニアの言葉を「見るまでのお楽しみ」と受けとった。
 話しているとトランペットが鳴り響き、両側から2名の騎士がフィールドへ上がってくる。
 騎士大会・個人戦、決勝トーナメントは、好きな武器を選ぶ事ができ、銃が使用される場合のみバリケードが設置される。
 この試合は設置されておらず両者とも剣が使われるのだろう。

「第一試合は宮廷か」

 第一試合、Aブロック。
 リュウド・T・ローズ 対 ヒナギク・スノーフレーク。

 リュウドが背負うのは、サーベルよりも刀身が厚い長剣、両手剣だ。
 対するヒナギクは、腰の背中側へクロスさせた、二刀サーベルを下ろしている。2人とも宮廷騎士だが、皆興味深く眺めていた。

 そして、二人が戦う姿勢をとったのを確認した審判は、後ろの総括らしき使用人へ確認を取り声を上げる。

「これより騎士大会・個人戦、決勝トーナメントを開始する。Aブロック東側、ヒナギク・スノーフレーク。西側、リュウド・T・ローズ。……始め!」

 合図とともに今季の騎士大会・個人戦の幕が上がる。

 試合開始の合図と共にリュウドはヒナギクに対して接近戦を挑んでいた。
 剣は納刀したまま。
 素手の戦いだ。
 リュウドとヒナギクは互いの力量を試すように白戦での応酬を行っていた。
 その最中、ヒナギクはリュウドが繰り出した拳を緩やかに受け流して、そのまま勢いを利用して掌打で返す。
 上手い。ヒナギクは自身より力の強い人間との接近戦を行うセオリーに忠実な対応だ。
 リュウドは上体を反らせてヒナギクの反撃を躱すと、そのまま身体を上下に反転させつつ蹴撃を行う。
 蹴りに阻まれそれ以上の追撃を行えなかったヒナギクは深追いすることなく間合いを取っていた。

「なるほど。流石の『タチバナ』さんですね」 
「スノーフレーク副隊長こそ、受け流した術理は流石ですね。さっきの突きは危なかった」
「ふふ、リュウドさんの出ていた秋の大会は、私にとっても刺激になりました」
「それは俺も光栄です!」
「えぇ、あの大会で頭角を現した。あなたの実力に興味があります」

 リュウドは向き合うヒナギクが気迫を漲らせるのを感じた。
 【王の力】で来る。
 リュウドが身構えるやいなや、対するヒナギクは床を蹴っていた。
 転瞬、リュウドの眼前からヒナギクの姿が消失する。
 ヒナギクの持つ【王の力】は【認識阻害】。彼女はこの異能を高い練度で使いこなしているのは既知の事実だ。
 左側面から感じた気配に反応し、リュウドは後方へと大きく飛び退ると同時に風切り音が響く。
 リュウドは床へ視線を巡らせて、ヒナギクの影から位置を推測していた。

「やはりこの程度は捌かれますか」
「俺も一応は『タチバナ』です。見逃さない!」

 【認識阻害】で影は消せない。リュウドもまた当然の如く対処方法を分かっている。

「なら、これは如何です?」

 ヒナギクは、突如その姿を晒し、2本の武器を納刀する。
 その仕草に驚く暇も与えず、彼女は、無手のままこちらへと突進してきた。
 【認識阻害】を解除して来た?
 リュウドは、脳内に過ったそんな甘い憶測を即座に一蹴する。
 違和感は先程回避した攻撃。思考を巡らせ、リュウドは背中にあった剣を抜き撃ってヒナギクの攻撃を受け止めた。
 二人の間に火花が散る。
 彼女の舌打ちが耳に届く中で、リュウドは思わず感嘆の声をあげていた。

 眼前にいるヒナギクは、武器のみに【認識阻害】を付与し撹乱をしに来ている。
 ヒナギクが徒手空拳で来ると思って迎え撃っていれば、即座にやられていただろう。

「良い勘をしています!」
「危なかった。納刀の演技に騙されるところでした」

 言葉を交わしながら、リュウドとヒナギクは長剣とサーベルで斬り結ぶ。
 状況はややリュウドが劣勢だ。
 ヒナギクのサーベルが視認できないため紙一重の回避を行えず、間合い取りに苦慮している。 
 ヒナギクの攻め手に押しこまれるようにリュウドは後退していくが、彼は自身の刀身で不可視のサーベルを刃へ滑らせるようにいなして対処した。
 数合に渡る打ち合いをして、リュウドが足を止めた瞬間、ヒナギクが強く踏み込んで来た。
 勝負をしかけたヒナギクは、身体をバレリーナの如く旋回させて回転の斬撃を繰り出す。
 リュウドはその挑戦に応じて、彼女が右手に持つ不可視のサーベルへ長剣を打ち合わせた。
 一撃目に対処するも、ヒナギクの旋回の勢いは止まらない。
 それは左右の時間差による必勝の二撃。一撃目を防いでも続く二撃目で討ち取る。回転を加えた剣舞だ。
 一撃目に応じたリュウドの長剣は、ヒナギクが放つ二撃目には追い付かない。
 リュウドはヒナギクと目線を交錯させて、賞賛の意を送った。
 ヒナギクの剣技は【王の力】の工夫だけではない。二刀のサーベルをこれほどの練度で使いこなす騎士はそう多くはない。
 同じく剣の使い手であるからこそリュウドはヒナギクの剣技に敬意を持った。
 
 眼前に迫る不可視の斬閃へリュウドは口の端に笑みを浮かべる。
 この時リュウドは【身体強化】を使用していた。
 強化したのは前へと踏み込むために使う腰と足の筋肉に限定したもの。

 出力を必要最低限に抑えられた【身体強化】は、初速から強い加速を生み出し、ヒナギクの命中路線から紙一重で回避した。

 ヒナギクの瞠目の瞬間は、リュウド以外の誰もが視認することは叶わず、リュウドは転瞬。
 彼の持つ長剣の柄が、ヒナギクの柔らかな体躯を打ち。その身体を吹っ飛ばした。
 即座に受け身を取り、踵でブレーキをかけたヒナギクだが、ギリギリで白線ラインを踵で踏み越えてしまう。

「勝負あり! 勝者、西側! リュウド・T・ローズ!」

 拍手が起こり、リュウドが高く武器を掲げた。
 ベランダの貴族達からも拍手が寄せられ、リュウドは満面の笑みでそれに応える。

 二人が握手をして退場てゆく中で、騎士服の彼らがバリケードの設置を始め次の試合の準備が始められた。

「殿下」

 聞き慣れた声に、キリヤナギが渋々振り返るとそこには手が空いたらしいジンがいる。

「ジン・タチバナ、ここに参りました」
「……別に無理に来なくてよかったのに」
「え??」
「王子……」

 ヴァルサスは呆れている。
 キリヤナギはそっぽを向いてしまい、ジンは困惑していた。

「タチバナ、すまないな。我々が呼ばせてもらった」
「アレックスさん達がです?」
「ジンさん。俺ら試合のことよくわからないんで、解説してくれません?」
「解説……」
「タチバナとか、『王の力』とか?」
「タチバナは、リュウド君しか居ないと思うんですけど……」

 話しているうちに、演習場で出場者の名前が読み上げられる。
 東側、イルギス・モントブレチア。
 西側、シュガー・プラムと響いたそこへ、もう一度目線が集中した。

「プラム卿は、我がマグノリアの精鋭だ。タチバナ、異能を当ててみろ」
「当てる?」

 ベランダから一望すると、すでに二人がペイント弾での銃撃戦を始め、バリケードを鮮やかに染める。
 イルギス・モントブレチアは、カレンデュラ領で顔を合わせて久しいが、シュガー・プラムは記憶が曖昧になっていた。

「確か、集団戦の?」
「あぁそうだ。貴様に当てようと考えていた騎士でもある」

 異能の記憶がなく、ジンはシュガー・プラムの動きから考察へと入った。
 お互いにバリケードへ隠れながら行われている戦闘は、前に出ているシュガーが有利にも見えるが、イルギスはそんな攻めにくるシュガーから絶妙な位置をとり、回転するように距離を保っている。

 シュガーはまだ、何か異能を使っているようには見えない。
 アレックスが考察してほしいと話す時点で、その異能は七つのうちで判断がしづらい物に絞られる。
 使っても判断ができない異能は三つ。【未来視】、【読心】、そして出力を抑えた【身体強化】だ。
 しかし、【身体強化】に至っては、この銃撃戦において使う意味が皆無であり、【未来視】か【読心】の二択に絞られるが、結論を出す前に、ジンはイルギスの考察にも入った。
 彼とジンは、カレンデュラ領にて同じ任務についていたが、別チームでほとんど絡みがなく、ジンは異能の事までは詳しく話せていない。わずかな記憶では、同じく一緒にいたリュー君? がジンの行動へ難色を示していることに対し、イルギスは協力的だったことが印象に残っていた。
 もしあの時の態度が、室内にいるキリヤナギの心を読んだ上での態度だとすれば……。そう考え、ジンはもう一度上から二人の試合を静観する。

「ジンさん。考えてます?」
「ヴァルサスさん。はい、一応は……」
「俺、二人とも【読心】だと思うんですよ。ほら、息ぴったりだし」

 お互いに回避し、同じタイミングで移動する二人は、拮抗していてなかなか勝負がつかない。
 【読心】によって心を読み合っているなら選択肢にはいる。が、そうではないと、ジンは一歩先を見ていた。
 お互いに【読心】で、お互いが読み合っているなら、それは読ませる心の騙し合いになるからだ。
 心で思い描いた動きとは違う動きをする高度な心理戦の場合。『息が合う』ことはあり得ない。よって行き着く先は、あえて『読まない、読ませない』戦いとなるが、そこへ行く着く前に起こるはずの騙し合いに見える動きを、ジンは確認できなかった。

「そもそも異能もってるのかなって」
「へ??」
「は、流石鋭いな。だが、今回は【持っている】ぞ。集団戦では無能力だった」

 なるほどと、ジンはアレックスから答えを得た。

「プラムさんは、【未来視】ですね」
「正解だ」

 アレックスは、少し悔しそうに拍手をする。ヴァルサスはもう一度演習場を見直し、イルギスとシュガーの戦いをみていた。

「上手いです。戦ってたら俺負けてたかも」
「ほぅ、なぜそう言い切れる?」
「戦ってると無能力想定から入るんですけど、『振り』が見えたら、対応するしかないので、それが隙になる」
「実力が拮抗すれば、誤認は命取りか。タチバナとは本当に厄介な武術だ」

 異能が見えれば、それに対処しなければならない。つまり【認識阻害】が見えたならば影を意識せねばならず、【未来視】が見えれば、今何を見ているのかの推測が必要になるからだ。
 相手が見ているものを当てられなかった瞬間、その動きは無意味になり隙を取られる。
 シュガーは、相手の異能を『誤認』させることのできる【未来視】の使い手だ。しかしこれは、【読心】を持つと思われるイルギスには、致命的に相性が悪い。

「シュガーさん。当たり悪いですね」
「そこまで分かるか?」
「未来を見て頑張ってるのは分かります。でも、それを【読心】で読まれてる」
「読んでるかどうかなんてわかるんすか??」
「バリケードがあるのに、綺麗に位置取られてるんで……」

 上から見ればわかりやすいが、お互いにバリケードが邪魔をして、姿が見えづらい筈なのだ。それに対してイルギスの動きは、シュガーに合わせて距離を取り一定に保たれている。
 側から見ればシュガーが攻めに徹し、イルギスが逃げに徹する試合だが、当事者からすればシュガーの心が筒抜けになっているにも等しく、有利なのはイルギスとなる。

「【読心】か……挽回できるか?」
「シュガーさんが気づいたら良いんですけど……、結構社交的な人ですよね。多分」
「ほう?」
「寛容な人ほど、【読心】は刺さるので」

 人を疑わないでいる人物こそ読まれやすい。キリヤナギと似ているのかとも考えたが、アレックスは少し難色を示した。

「寛容、とは違うな。だが【読心】は、人の評価や周りを気にする者にも読まれやすい。モントブレチア卿が【読心】ならば、確かにプラム卿にとっては部が悪いだろう」

 シュガーは、若い騎士の中でも域を抜いて努力家でもある。よって誤認させる技術も【未来視】の動きを染み付かせて得た物でもあった。
 この技術は、アレックスや騎士団長からみても『タチバナ』への打点になると確信はあったが、元は【未来視】の騎士が、【無能力】のトーナメントへ参加する事への反発もあり、彼はその反発を跳ね除けつつも、評価を強く気にしていたのは間違いはなかった。
 結果的に当たりすらできなかった集団戦によって、シュガーは未だ苦しい曲面に立たされているとも言える。

「『読ませない』と言う、冷静さが保てる立場ではないかもしれんな……」
「……!」
「だが、先程のタチバナの評価は伝えさせてもらおう」
「はい」

 ジンとアレックスが話す中、キリヤナギはそれに背を向けてお茶を啜って居た。ジンの話など、まるで興味がないような態度にククリールも少し困惑している。

「タチバナさんのお話、聞かなくていいの?」
「ジンは『王の力』オタクだから、話すと気が済むまで止まらないし、試合ちゃんと見れなくなるよ?」
「な、なかなかね」
「でもイルギスは、カレンデュラで僕の味方になってくれた騎士だ。リュウドも応援してるけど、彼には勝って欲しい」
「貴方、意外な方を推すのね」
「確かにちょっとキャラは濃かったけど……」

 演習場から歓声が聞こえてくる。距離が詰められてゆく銃の闘いにおいて、ついにイルギスがシュガーへペイント弾を通し、勝敗が決したのだ。

「勝者! イルギス・モントブレチア!!」
「やったぞ!! リュー君!」
「その名前で叫ぶな!!」

 演習場周辺の観客席には、リュウセイもいてキリヤナギは安心していた。

「そんなに喜ばなくていいぞ! 私は上の殿下にも祝福されている。この加護があればきっと優勝も間違いなしだ!」
「自惚れもほどほどにしろ! さっさと来い!」

 イルギスは前髪を透かし、爽やかな笑顔で演習場を出てゆく。対して、肩を落とすシュガーへ、アレックスは拍手を送っていた。

「ジンさん、俺は普通の試合に見えたんですけど、実はめちゃくちゃ心理戦してる?」
「戦いながら異能の探り合いしてるんでそれなりに?」
「知り合いならば、知っていることもあるだろうが、知らないならそうなるだろう。面白いぞ、タチバナ。続けろ」
「こんなんでいいんすね」

 二戦とも宮廷が駒を進め、キリヤナギは得意げに演習場を見下ろして居た。
 簡単にクリーニングされ、バリケードの位置が変更された演習場には、また新たな人物が入場してくる。
 ジンはその人物へ頬を緩め、キリヤナギは向かい側の人物も注視していた。

 無表情のまま演習場へ足を踏み入れたのは、見慣れた眼帯の彼。東側。宮廷騎士。グランジ・シャープブルーム。西側は、メガネをかけた短髪のさっぱりとした男性、クランリリー騎士団、タケル・クロユリだ。

「ミントの?」
「えぇ、是非お楽しみくださいませ。キリ様」

 タケル・クロユリは、上品な騎士の礼をしてグランジもまた合わせるように頭を下げる。

「グランジ・シャープブルーム卿。宮廷騎士の中でも異彩を放つ貴殿の『王の力』は、【未来視】と存じております。私の異能は【千里眼】。どうぞお手柔らかに」

 種明かしから入った相手にグランジは、感心していた。『王の力』は、その力によっては明かさない方が有利に働く場合が多く、この行動は珍しい。
 何かの振りだろうかと考えていたら、タケルは開始の合図から銃を抜かず突っ込んできた。
 グランジはそれに少し驚き、同じく素手で応じる。

「貴殿ならば、応じてくださると思っておりました」
「……!」

 お互いに素手の格闘を始めた二人に、観客席が沸く。これにはジンもキリヤナギも驚いて、食い入るように試合を見つめた。

「ジンとグランジみたい」
「我がクランリリー騎士団のクロユリ卿は近接戦闘が得意な騎士ですの。もちろん。銃も使えますが」
「もしかして、僕の為?」
「えぇ、是非お楽しみ下さいな」
「僕は、もう少し自由な試合が見たかったんだけど……」
「あら」

 ミルトニアは少し照れていた。しかし、演習場の近接戦は徐々に速度が上がり、グランジが後退して銃を抜く。
 タケルはこれに合わせるようにバリケードの裏へと隠れ、戦闘は銃撃戦へと移行した。
 飛び交う弾丸の中で、お互いに狙い合うのはありがちな光景だが、タケルの位置取りがあまりにも正確でグランジが圧されている。

「上から見てる?」
「【千里眼】は、使うと視界が変わると聞くが……」

 ミルトニアは、扇で口を隠し小さく笑っていた。キリヤナギの知識にある【千里眼】 は、一度使えば視界は統一され、自分の周りには視野がなくなる筈なのだ。つまり広範囲を見れる【目】と、本来の【目】の切り替えができる異能が【千里眼】だが、

「【千里眼・重複】。我が家クランリリー家の異能を進化させ、その視野を同時に獲得した騎士、それがクロユリ卿ですわ」

 タケル・クロユリは近接戦が得意だとミルトニアは話していた。そしてその意味が【千里眼・重複】によって多方面から【視る】事ならば確かに理にかなっている。

「強くない?」
「ふふ、まさに弱点の克服。近接戦も得意ですが、彼は銃もかなりの使い手ですよ」

 タケル・クロユリは、バリケードへ隠れるグランジを追い、移動の合間に距離を詰めてくる。それに対してグランジは、接近してくるタケルを牽制しつつ、【未来視】を使いながら、ギリギリでの回避と詰められないように逃げ道を計算しながら応じていた。
 そんな追い詰められつつある戦況下で、グランジから笑みが溢れる。
 タケルは、その笑いに意表をつかれる中、動きにキレが増してくるグランジへ早々に決着をつけたいと、さらに速度をあげてグランジを追いにゆく。
 バリケードへと隠れ、出てくるであろうその場所へ狙撃しようとした時、グランジがブレーキをかけ、狙いの逆側から飛び出してきた。
 想定外の行動へ不意を突かれる中、楽しそうに笑うグランジへタケルはゾッと背筋を凍らせる。
 まるで子供のように、楽しそうに笑うグランジは、その目に確かな狂気を宿していた。

 銃の構え直しが間に合わない最中で、タケルはあえて後ろに倒れて弾丸を回避、床で反転し、即座にバリケードの中へと避難して牽制するが、【未来】を視るグランジは、その弾丸を数歩ずれて避け、追いにゆく。
 追う立場から追われ始めたタケルは、どうにかグランジから距離を取ろうとするが、【未来視】によって弾丸すら視るグランジは、もはやバリケードなど不要とも言え、誤魔化してきた恐怖が確かなものへとなって行く。
 あり得ない。いくら【未来視】でも、体が追いつかなければ弾丸など避けれるわけがないのに、まるでこちらの狙いを見るかのように数歩で避ける。
 とても信じられないが、それが現実に起こり、観客は釘付けとなっていた。

「フェイントは使わないか?」
「……!」

 唐突に渡されたヒントに、タケルが我に帰った直後。グランジから弾丸が放たれ、タケルの銃から手、肩へとペイント弾が炸裂した。
 大地を美しく汚したインクは床へと広がってゆく。

「勝負あり! 勝者、グランジ・シャープブルーム」

 拍手が僅かにしか上がらないのは、静観して居た騎士は唖然として引いているからだ。
 それは、見ていたキリヤナギとジンも同じで、言葉すらも出てこない。

「こっわ……」
「グランジさんつぇー」
「解説しろタチバナ」
「解説できるの? 今の……」
「クロユリ卿、残念でしたね」
「カレンデュラ嬢、お気になさらずに、卿も良い経験になったと思いますわ」

 序盤のグランジが押されていたのは、おそらく歓声のせいだ。声によって左側が知覚できず下がるしかなかったのだろう。
 距離を取り静かになったことで、興奮したグランジが動いた。
 ギリギリの試合が好きなグランジは、【未来視】と弾丸の速度の戦いに挑んだ。
 タケルが粘れれば勝てた可能性もあったが、弾丸の速度をものともしない相手に真正面から対峙するのは、並の度胸では耐えられない。

「グランジさんは、狂気の一言しかないっす……」
「弾丸を避けていたが、タチバナは何故あれに勝てる?」
「俺、グランジさん相手だとそこまで勝率高くないんすよ……」

 年明けは特に負け越していたが、最近ようやく勝てるようにもなって来ていた。グランジとジンは、もう既にお互いの手の内を知りすぎていて訓練になっているのかも怪しい。

「クロユリ卿は、とても勇敢でしたわ、私も敬意を払います」
「とても面白かったよ。ミント、ありがとう」
「キリ様……! ミルトニアはそのお言葉だけで幸いでございます」

 今にも抱きつきそうな彼女を、キリヤナギはまるで猛獣を抑えるように宥める。
 そして演習場は、騎士達によってバリケードが撤去され更地にされた。

「ライトー! 勝てよー!」
「ライト君ー! 頑張って下さいー!」
「ハルト坊ちゃんにティア様! このラインハイト、ぜってぇ優勝して帰ります!!」

 まるで尻尾を振るように答えたのは、西側で貴族の声援に応える、ラインハイト・ネメシアだ。
 嬉しそうに貴族達へ応えるラインハイトに対し、向かいの彼も手を振ってくる。

「お、めっちゃいいじゃないっすか! アレックス大将ー! みてますー?」
「あぁ、真面目にやるんだぞ、タイラー!!」
「心配しないでくださいって、ちゃんと女の子見るのは我慢してますよー!」
「報告せんでいい!!」

 東側はマグノリア騎士団、タイラー・クロウエア。西側はウィスタリア騎士団のラインハイト・ネメシアだ。

「タチバナは、ライトの『王の力』が何か知ってるか?」
「ハルト様……。えーっと、一応は……? 断定はできてないですけど」
「はぁ? あいつ話したのか?」
「去年の夏に当ててみろって言われたんで……?」
「バカだな……」
「リュウド君には話してないですけど……」
「助かるが、ライトの本命はお前なのに何してんだか、まぁいい」
「ハル君、きっと大丈夫ですよ。ライト君はつよいですから」
「ハルト殿、タイラーを舐めるなよ。奴は集団戦にて、この個人戦へ出場しているタチバナ潰した、マグノリアのもう1人の精鋭だ」
「ほぅ、これは楽しみだ」

 見えない火花が散っており、ヴァルサスはキリヤナギの元へと避難していた。

「王子、やっぱ自分とこの騎士って愛着あるものなのか?」
「そりゃね。自分を守ってくれる武器と盾だからとても大切だよ。僕もだけど」
「ジンさんには塩じゃん」
「ジンはジンだし……?」
「なんすかそれ……」

 話している間にタイラーは両腕のナックルをぶつけ、構える。ラインハイトもそれを見て腰を落とした。
 抜かれたのは、片刃のサーベル。お互いに演習用の武器で怪我はしない。

「始め!」

 マグノリアとウィスタリア。二つの土地の騎士がその時、熱い火花を散らす。

 西と東の騎士の戦いで、初めに動いたのはタイラーだった。床を蹴り真正面へと突っ込んでゆくタイラーをラインハイトは凝視する。
 すると、接近するタイラーの姿がぼやけ、写真のブレのようにズレて見えた。
 ラインハイトは、ブレる相手に怯まずサーベルを振るうが、タイラーはまるですり抜けるようにブレードの下をくぐり、前転して後ろをとる。
 反応を見る前に、タイラーは後ろから正拳突きをいれて彼を吹っ飛ばした。ラインハイトはわずかに後ろへと飛んでダメージを減らし、側転から受け身を取る。

「面白い手品じゃねーか」
「お、感心されるのは光栄ですね!」

 タイラーは、ステップを踏みながらさらに攻めにゆく。ラインハイト側は突き出されてくる拳をブレードで弾き、甲高い音で手合が続いた。

「せっかくなんで、お互いに本気出しませんか?」
「いいのか? 後悔するぜ!」

 ナックルを押し返したラインハイトは、一旦後退した後、さらに突っ込んでゆく。そして、その片目に【未来】を観た。また更にその先を観測する。
 対するタイラーは自身が編み出した『歩法・蛇柳』によって先程と同じく躱わしたかに見えたが、その回避の先へラインハイトのブレードが掠める。

「おっとーー」
「おせぇぞ」

 笑みを浮かべ、武器をぶつけ合う二人をベランダの皆は食い入るように見つめていた。どちらが勝つかわからない試合は、当事者の選ぶ次の手に興味がわくからだ。

「少しタイラーは不利か……」
「ラインハイトさんは、【未来視】っぽいですけど……」
「けど?」
「挙動がちょっと違う気がします」
「よく気付いたな」

 アレックスとのやり取りにハルトが入ってくる。
 ジンの違和感は、言葉にすれば【未来視】にしては、【見えすぎ】ている。
 本来【未来視】にて見える未来は数秒先に限られ、長くとも3秒か5秒にも関わらず、それより先が見えているようにも思えたからだ。
 タイラーの回避歩法『蛇柳』は、遅さと速さを併用する事で位置の認知をずらすものだが、ラインハイトは、ズレていたとしてもそのズレた位置を狙って攻め込んでいる。
 よって、当たらないはずの攻撃が「当たる」。

「進化してます?」
「あぁ、ウィスタリア領における【未来視】を極め、新たに開花した【未来視・高速再生】。本来の【未来視】より高速で未来を見ることができる」
「……!」
「なるほど。これは不利だな……」

 アレックスは唇を噛むように演習場を見下ろしていた。

「ライトによると、片目でおよそ倍ぐらいの速さで視ることができるそうだ」
「片目……」
「空白を無くす工夫らしい、よくやるよな」

 そんな事が可能なのだろうかとジンは、もう一度戦場を俯瞰する。タイラーは『蛇柳』を使用しても追ってくるラインハイトに後退し、攻め手を迷っているようにも見えた。
 バリケードの無い更地の演習場にて、ある程度下がったタイラーは、一旦引いたラインハイトへ更に身構えるが、きたのは剣ではなく、体当たりだった。
 胴体から足が浮くように場外へ追い出され、彼は無防備に背中から落下する。

「勝者! ラインハイト・ネメシア!!」
「よっしゃー! 坊ちゃん!!やりました!」

 久方ぶりの派手な接戦に会場は拍手で沸いていた。タイラーは苦笑しながらアレックスに手を振り、彼も拍手で答える。

 これを機に、個人戦のトーナメントは準決勝へと進む。

「マグノリアは、二人ともここで敗退か」
「プラム卿もクロウエア卿も強かったよ」
「タチバナ潰しは、やはり能力者に打点にならないと証明されたとも言える」
「なんだよアレックス。凹んでんの?」
「事実を言ったまでだ」
「どちらも当たりが悪かったようにも見えました。私も残念ですね」
「クク……」
「まぁいい、来年またとっておきの人材を連れてこよう」

 アレックスの笑みに、キリヤナギも笑みで返していた。

 ここからはしばらく休憩へと入り、ラウンジの貴族達もまた一度屋内へと下がってゆく。
 準決勝にむけて騎士達の観客席が盛り上がる中、長身の騎士に紛れて演習場を見ようとする2名の青年がいた。
 カレンデュラ領の騎士の証、オレンジのラインが入った肩章の入った騎士服を着るのは、地元から催事に参加しにきたフュリクス・クレマチスと何故か騎士服を纏うリリト・カレンデュラだ。

「くっそー、殆ど見る前に終わっちまった……」
「リリト様、なんでいちいち隠れてるの? 招待状きてたじゃないか」
「王子にヒーローになるって言ったんだよ。それなのに早々に会いに行くとか恥ずかしいだろ?」
「いくらなんでも、プライド高すぎだよ」
「騎士のくせに口答えすんな! と言うか、姉の方はどうしたんだよ」
「姉さんは、宮殿の入り口にある王子の公式物販に並ぶってさ」
「物販?? そんな事やってないで、足場でも持ってきてくれたらいいのに」
「リリト様が勝手に来たんだろ」

 リリトが人混みをかき分けてゆく中で、フュリクスは一人宮廷騎士服を羽織る男性に目線が映る。
 彼は、騎士達に声をかけて軽い雑談をして回った後、宮廷騎士が集まるテントへと消えていった。
 リリトは、人混みから観戦できる位置をとる事へ夢中になっている。フュリクスはそんな彼の目を盗み、宮廷騎士のテントへと足を運んだ。

「みんなお疲れ様!」
「殿下!」

 宮廷騎士の待機テントには、リュウドとヒナギク、グランジとイルギスがいる。
 準決勝を控え、エナジーゼリーを飲んでいたリュウドは、突然顔を見せたキリヤナギに愕然としていた。

「ここ来ていいの? と言うかびっくりされたんじゃ」
「ジンに服を借りてきたらバレなかったよ」
「殿下もお疲れ様です」
「ヒナギクもお疲れ様、試合楽しめたよ。ありがとう」
「光栄ですね。残念でしたが、まだ来年もありますし、がんばりますよ」
「まさか殿下が直々に!? このイルギス、最大限に試合を楽しんで参ります!」
「誰も貴様の感想など聞かれていない」
「イルギスもリュウセイも久しぶり、プラム卿に勝ってて感動したよ。次も頑張ってね」
「ふ、御心配に及ばず、私の次の相手はそこにいるタチバナ殿です」
「え??」
「準決勝に進んだ宮廷は3名ですからね。必ず誰かと当たると思ってはおりましたが……」

 他領地の騎士は確かにいたが、トーナメントの初戦で殆どが脱落した、よって残ったのはウィスタリア騎士団のラインハイトのみでもある」

「モントブレチアさん。俺、手を抜くつもりはないよ」
「ふむ。そんなに期待しないで欲しい。照れる」
「殿下にローズ卿、コイツの話はまともに聞いてはいけません」

 キリヤナギは思わず笑ってしまう。グランジも変わらず寡黙で、エナジーゼリーを沢山食べていた。

「僕は上で見てるから、みんな応援してるね」
「「はい!」」

 頷くグランジをみて、キリヤナギが退出しようとした時、テントの入り口からそっと覗く影がある。

「やっぱり王子じゃん」
「え、フュリクス?」
「やっぱり見にきてるし……。宮廷の人。準決勝進出おめでとう。このまま勝ってて。その連勝記録、僕が潰すから」
「いきなり宣戦布告とは、燃えてしまいますね」
「フュリクスって、カレンデュラの?」
「そうだよ。君に負けたクレマチス。僕が負かすまで、他に負けるのは許さないから」
「クレマチス卿ともここで出会えるとは、これは運命かもしれませんな!」
「もう話すな!」

 言葉に困っているリュウドへ、フュリクスは笑みをこぼす。

「フュリクス、カレンデュラからわざわざ見にきてくれたんだ?」
「うん。興味あったし、でもリリト様もくるって言うから護衛もしないとで……」
「リリトもきてる? ククからは来ないって聞いてたけど」
「嘘だよ。まだ何もしてないから王子に合わせる顔がないんだって」
「えぇ、席ぐらい用意したのに……」
「それはいいけど。騎士の席、見にくいからもっと見やすくしてよ。リリト様も足場欲しいって」
「それもうベランダに来た方がよくない?」

 フュリクスに話しても、本人の意思がわからないなら意味がない。少し困っているキリヤナギへ声をかけたのはヒナギクだった。

「リリトとは、貴族様ですか?」
「うん。ククの弟なんだ。合わせる顔がないってなんだろ……」
「少しややこしい事になっておりますね。私が付き添いましょう。リリト様にご事情があるのでしたら、足場もご用意できますし」
「ヒナギク、ありがとう。僕はもう上に戻らないと……。フュリクス、使用人に話は通しておくから、ベランダに来るなら声をかけてね」

 足早にテントを出てゆくキリヤナギを、皆は見送っていた。
 宮殿へ戻ったキリヤナギは、控室でジンへ騎士服を返し、再び自分の上着を纏う。

「リリト様がきてる?」
「そうみたい。でも僕に会いたくないみたいで……」
「なんで……?」
「わかんない……」

 キリヤナギは、デバイスでククリールと連絡をとり、控室へ一度彼女を招いた。

「はぁ?! リリトが??」
「どうしよ……」

 頭を抱えてしまったククリールは、態度から見て認知もしていなかったのだろう。王家が公爵家の嫡男を雑に扱ったとされれば、それはそれで問題となるからだ。

「来ないって言っといて……」
「でも、騒がれてなくないです?」
「顔を知られてないからでしょうね。王子殿下。かまいませんわ。もう放っておいて下さい」
「本当に大丈夫?」
「弟が勝手にやった事です。何かあれば私が責任をとりますわ」

 宮殿に現れ、相応のもてなしをされない貴族は、やはり「その程度」だと思われかねず、正式な嫡男たるリリトである事でその重みは増してしまう。
 少し不安を抱えながら戻った二人は、綺麗に整備し直された演習場を再び俯瞰するものの、脚立を持つヒナギクとフュリクスは発見できたが、リリト本人の姿は見えなかった。

「リリトどこだろ」
「きっと、トイレにでも行っているのでしょう。心配に及びません」

 ククリールはこう言うが、キリヤナギは少し心配もしていた。身分を隠して領内を歩き回ることは、付き添いが居れば問題はないが、一人でいる場合、相応の庇護を受けられない可能性もあるからだ。
 キリヤナギは、一応はセオへ見かけたら声をかけるよう話をつけ、準決勝が始まる演習場を俯瞰する。
 東側に現れたリュウド・T・ローズは、西側で変なポーズをする、イルギス・モントブレチアと対峙する。

「また宮廷同士の対決か、シュガーを破った騎士の力を見せてもらおう」
「先輩。僕もイルギスが戦う所は、今日初めてみるんだよね。どうなるか楽しみかな」
「リュウドさんもめちゃくちゃ強いし、タチバナどう使うのか見とかねーと……」
「……」

 ククリールは黙り、目線を下に向けている。強気には出たがやはり弟が心配なのだろう。
 キリヤナギは、あえて何も言わず開始の号令がかかった場を見下ろした。

 リュウドは目の前でストレッチ運動をする中肉中背の男を見やり、油断ならぬ相手であると判断する。

 対戦相手の男はイルギス・モントブレチア。
 彼は宮廷騎士団のカレンデュラ領派遣部隊に居て、リュウドとは余り面識のない騎士だった。

「同じ宮廷騎士だけど、戦うのは初めてですね。よろしくお願いします!」
「はっはっはっは! 私は昨年度までカレンデュラの支援に行っていたからね。仕方のない事だが、君の名は、カレンデュラにも轟いていたさ!」

 認知されていたと言う言動に、リュウドは少し照れてしまった。
 このイルギスという男は雰囲気からして非凡な印象を受け、一目でも見ていたら、忘れる事はまずないとも感じる。

「俺の事を知っててくれてたんですね。光栄です」
「勿論だ! カレンデュラの名門、クレマチスを破った貴殿と是非手合わせしたいと思っていたよ!」

 リュウドはイルギスの竹を割ったかのような返答に好感を抱く。ただ試合を見て楽しむだけではなく、是非戦ってみたいと言われることは同種の人間であるとも言えるからだ。

 高揚感を感じつつ、リュウドは腰に帯びた剣の柄に触れる。
 試合開始の合図と共に、リュウドは待ちかねたと言わんばかりにイルギスに向かって行った。

 先手必勝のもと、リュウドが小手調べの如く長剣を振り抜くが、イルギスもまたそれを見て抜刀。
 リュウドの長剣を弾くようにしていなした。
 片手剣で長剣をいなす事は、本来なら武器が破壊されてもおかしくはなく、その武器の力のかかる部分を正確に把握してきたともいえる。

 豪放そうな人柄と違って、かなり繊細な技術だとリュウドが感心していると、イルギスは後ろへ跳びつつ回転を披露する。

「蜷陣脚っ!!」

 叫びと同時に回し蹴りが繰り出されていた。
 リュウドは咄嗟に左手のストッパーで蹴りを受けるが、その圧力が重く、全身へ力を入れざる得ない。
 また次の瞬間、リュウドは身体を宙に浮かせた。飛んだリュウドへ、追従するようにイルギスが追う。
 
「いい動きだ!」
「っ!」

 空中で繰り出されたイルギスの一閃に、リュウドの長剣が重なる。
 素早い。そして一撃の重さもかなりのものだ。
 雰囲気から伝わってきたものが確信へと変わり、リュウドはイルギスが相当の手練れである事を再認識する。

 武器を交えた衝撃がお互いを突き抜け、二人の身体が弾き飛ばされる。
 互いに大地へに降り立つや、一瞬で体勢を立て直すと、そのまま即座に間合いを詰めて剣とサーベルを打ち合わせる。
 火花が散り、剣撃が混じり合い。二人の攻防が続く。
 リュウドは若干ながら、自身が押されていると感じた。
 細いサーベルで長剣を綺麗に弾き続けることは、糸の上を歩くような正確さが求められるが、それを何度もこなす彼はまるでリュウドの動きを知っているようにも感じる。
 ここから割り出せる異能は、【未来視】か【読心】の二択。見えているなら【未来視】
だろうが、見えるだけにしては域を抜いていて答えを見た。

「あなたの王の力は【読心】……?」
「はははっ! 人の心は複雑だ。そんな事分かろうはずもない! 君もそう思わないか?!」

 イルギスは豪放に笑い。さらに独特のポーズを取る。

「イルギスシュート!」

 その言葉の意味を考える間はなかった。シュートと言う言葉から連想した銃撃。ではなく、サーベルのナックルガードを使った正拳突きに、リュウドは咄嗟に剣の柄で受ける。
 突然の圧力に手首の痛みを感じるのも束の間、追撃が来る。
 躱しきれないと判断したリュウドは、その瞬間に【身体強化】を発動。
 後退し加速された時間の中で、自身の髪先がイルギスのサーベルに寄って散らされた。

「くっ……」

 リュウドはこの大会で初めて苦悶の声を漏らす。
 【身体強化】を相手のペースで使用させられるのは、集団戦での苦い記憶が起こされる。しかし、あの時ような事を起こさない為、この半年間多くの訓練を積んでいた。
 【身体強化】の部位と出力をコントロールし、反動は極限まで抑える事は、シンプルかつ究極の異能とされるこの力の唯一の弱点克服でもある。
 回避の先、視線を向けたリュウドは破顔するイルギスを見た。
 
「ふっ、過去の自分の克服とは、素晴らしい。T・ローズ卿」

 読まれていると、リュウド中の「タチバナ」が揺らぐ。イルギスのこの動きは、以前タイラーがリュウドへ使ったものと、同じ手だったからだ。
 まるで【読心】を知らしめるような言動に、リュウドは冷静さを失わないよう集中する。
 その様子に不敵な笑みを浮かべたイルギスは、更に飛び掛かり、足元へ刃を一閃させた。

「荒噛みっ!」

 叫びながらリュウドの身体へ掴み掛かり、投げられる。
 不意の浮遊感を認識して、更に【身体強化】を使用。
 刹那の時間の間に身体を旋回させ、イルギスの投げを外す。反転状態から、姿勢制御に特化した【身体強化】によって、リュウドは空中で反撃行動に移っていた。

 目下には低い姿勢からアッパーを構えるイルギスがいる。リュウドもそれに応えるように拳を握り、二人の拳が打ち合わされて、空気が破裂するような音が響いた。
 互いの身体は勢いを殺さずそのまま更にくるりと旋回し、リュウドは剣を、イルギスはサーベルを振るう。
 刃を交わしながら、リュウドは【読心】の対策を試みようとするが、ズレのないその正確な動きに【閉心】ができる余裕もない。

 リュウドはここまでの応酬で、このイルギスと言う男の真価を理解した。
 パフォーマンス運動と、豪快な振る舞い、そして必殺技名の口上。
 これ等は無意味な行動ではない。否応なしに人の関心を引く行動だ。実際リュウドはこのイルギスと言う男に好意を感じ、興味を持った。
 強い関心がある相手には【読心】が作用する。

「……あなたのその振る舞いは計算ですか? それともーー」
「ふっ……、何のことか分からないな! だが、人間の行動理念を知れば、相手に適した行動を取るのは難しい事ではない。『王の力』でわざわざ暴くほどもないと思うがね!」
「それで、あなたの行動理念は?!」
「知れたこと!」

 イルギスが一喝と共に凄まじい剣撃を送り込み、リュウドがそれに応じた。互いに鍔迫り合いの姿勢で、視線が交わる。

「目立つ事さ!」

 リュウドは一瞬虚を突かれたが、イルギスの返しに思わず笑みが零れてしまった。

「それは確かに、シンプルで良い!」

 リュウドが返し、同時に剣撃を送り込むと、イルギスがたたらを踏むようにして後退する。

「ふむ、素晴らしい剣腕だ」
「俺、小さい頃ガーデニアに剣の修行に行ったんです。そう簡単にはやられませんよ!」
 
 リュウドの言葉と同時に長剣が一閃する。イルギスはそれを読んでいたかのようにサーベルで受けるが、リュウドはさらに追撃に入った。
 たとえ心が読まれていたとしても、その先を読み、対応すればいい。

「あなたの読みと、俺の読み。どちらに軍配か勝負です!」
「なるほど。ならば存分に戦おう! T・ローズ卿!!

 リュウドは続けて身を翻す勢いのまま剣撃を送り込み。イルギスがそれに応じる。剣撃が二合、三合と打ち合わされ、避けて、捌き、リュウドは真正面からイルギスの上手を取ろうとする。
 観客にとって剣とサーベルの応酬は、まるで殺陣のような演舞のようでもあったが、リュウドの頭の中は先の先、更に先、その先と次々と手数を思考していく。
 さながら盤上遊戯の指し手の如く艶やかな戦いが続いていた。

 そして、リュウドとイルギスは互いに応酬を続け、手数は次々と増えて行く。剣だけではなく、拳撃、蹴撃、それら全てが互角。
 リュウドはそれでも笑みを浮かべ、イルギスもまた同様だった。
 時間にしては僅か数分程度のものだが、その間に凝縮された凄まじい連撃の応酬はもはや数え切れぬものとなっていた。
 リュウドが必殺の一撃へのモーションを取ると、イルギスもまた意を得たりとサーベルを構えて応じる。
 互いの指し合いは終局へと向かった。

「っ!」
「イルギス、ブレード!!」

 下段から上段へと切り上げるイルギスに対して、リュウドは自身の身体を弓として矢となる剣を放っていた。
 明暗を分けたのは動作数、上から下と正面への突き、最短ルートを通るのは突きだ。

 イルギスの身体が吹き飛び、床へと倒れる。観客が沈黙する中、審判がストップウォッチで5秒数え、リュウドへと手を上げた。

「勝者! リュウド・T・ローズ!!」

 観客からの祝福の拍手によって、リュウドは決勝へと進む。

「フュリクスの奴、僕を一人にして、どこ行った?」

 演習場の騎士向けの観戦席にて、どうにか最前席へと割り込めたリリトだが、後ろを振り返ると護衛としてついてきたフュリクスがおらず、仕方なく捜索へと移っていた。
 リリトがここにいるのは、およそ1ヶ月前。王子の誕生祭の招待状がカレンデュラ家へ届いた事から始まる。
 数十年冷え切ったとも言われていたオウカ家とカレンデュラ家だが、春の初めにサイン入りのギターが送られてきた事で和解し、当主クリストファー・カレンデュラは今季から夜会へ参加することを決めたのだ。
 リリトは王子へ、自身が成長するまでは会わないと決めていたが、久しぶりにヒイラギ王妃へ会えると喜ぶ母に行かないとはいえず、渋々首都までついてきてしまった。
 必要最低限、夜会だけにでて、隅に隠れようとも考えていたが、新人騎士の研修と言う建前でついてきたフュリクスとカミュが、宮殿と騎士大会を見にゆくと言い出し、どんな騎士が居るのか興味が湧いてしまった。
 しかし、公爵家の嫡男が来ないと言っていきなり現れてはカッコが悪く。リリトはフュリクスに予備の騎士服を借りて変装と言う形で今に至る。

 初めて歩く宮殿は、騎士達が集まっても十分に余裕があるほどに広いが、演習場の周辺だけが過剰に密度が高い。また熱気で汗の匂いも酷く、リリトはフュリクスと合流しても耐えられないと判断した。

 野蛮だ。と言う感想を抱き、フュリクスとの合流を諦めたリリトは、物販にいると言うカミュを探しに宮殿の正面玄関にあるらしいショップを目指した。
 だが、演習場のある庭から屋内へ行くまでも五分ほどかかり、さらに宮殿から正面玄関までもまだ距離がある。歩いても歩いても着かないが、徐々に人が増え女性ばかりの列へと行き着いた。
 列の終わりには最後尾の看板を持った使用人が立っていて整理券も配っている。
 渡されそうになるのを断り、列を辿ると入場制限がかかった物販ブースへ女性が溢れ大量のグッズを買ってゆく様子が見えた。
 群がる人の中で、カミュは騎士大会以上の密度のある店内でレジへ並び、デバイスを弄っている。
 すぐに連れ出したいが、男性ならまだしも女性ばかりの空間に入るのは抵抗感があり、彼は諦めて人の少ない正面玄関から一度外へと出た。

 ようやく人が捌けて静かになり、リリトはほっと息をつく。カレンデュラ領では、街から出れば畑のある誰もいない土地が広がっていたのに、ここはどこを見ても必ず人がいる。
 また宮殿の外はコンクリートジャングルで、タクシーや路線バスだけでなく、市民の自動車も数多走っている。

 都会だ。とリリトは感嘆せざる得なかった。

「もし、騎士さん?」

 高く、弱々しい声にリリトはそちらへと目を向ける。涼しげな装いに帽子をかぶるのは、杖をついた上品な女性だった。
 目が合っている彼女に、リリトは思わず周辺を見渡すと自身が騎士服を着ていることを思い出す。

「ここから、ホテルアオバへ行きたいのですが、どのバスに乗ればいいでしょうか……?」
「バス……?」

 宮殿前のロータリーには、沢山の路線バスの駅がある。主に出勤してくる使用人達が利用していると思われるが、リリトはバスなど殆ど乗ったことがなかった。

「俺、騎士じゃないんだけど……?」
「?」

 首を傾げる女性にリリトは困った。
騎士服の騎士ではないリリトを「騎士ではない」と否定するのは難しい。
 リリトは仕方なく、ロータリーのバス停から彼女の言う行き先を探すが、ホテルアオバに止まりそうな名前が見当たらなかった。

「俺もカレンデュラからきて詳しくないんだけど……、」
「あら、私もサフィニアからきたのです。午前の王子殿下の拝顔が終わって、お写真を買って帰るところでした」
「……」

 あれに並んだのか? と言う感想と少し疲れた女性の顔を見て、リリトは察した。高齢で体力がなく、早々にホテルへ帰るところなのだろう。

「とにかく、俺もわかんないです……」
「そうですか、お時間を取らせました……」

 少し残念そうに、女性はリリトの元を離れてゆく。首都の事を何も知らないリリトにできる事はない。
 宮殿もタクシーで来て、帰りもそのつもりだったからだ。そしてふと視界へ、乗り場で客を待つタクシーが目に入る。
 女性はバス停のベンチで座り、途方に暮れているようにも見えた。
 
 そんな様子に、リリトは王子の前で誰かのヒーローになりたいと言った話を思い出す。
 
 あの後リリトは、カレンデュラの自宅にてヒーローとはどう言う物なのかを調べていた。
 ヒーローと言う言葉だけなら、映像化されたエンターテイメント作品に用いられる悪を倒すキャラクターとも言えるが、一貫しているのは弱者の味方である事だ。
 権力的、体力的な弱いものの味方になれてこそのヒーローは、戦闘技術だけでなく心の優しさも必要だと漫画のキャラクターは説いている。
 優しいとはどう言う事なのか分からないが、王子に当てはめるとわずがに形も見えてきた。
 彼は間違いなくククリールを救ったヒーローでもあり、初対面で無礼を働いたリリトを許した優しさも持っているからだ。

「あの、おばあさん」

 振り向いた女性に、リリトはもう一度歩み寄ってゆく。

 準決勝の前半が終了した事で、キリヤナギはジンと控え室へと戻り、ククリールと2人で休憩をとっていた。
 そこでセオから、宮殿に居るはずのリリトの姿が見えないと報告をうける。

「リリト見つからない?」
「はい。宮殿内の使用人へ見かけたら報告するよう伝達を行いましたが、リリト・カレンデュラ様らしきお方は見つからなかったと……」
「フュリクスは、来てるとは言ってたけど……」
「帰ったのかもしれませんね」
「クク、そうかな?」
「きっと見つかって恥ずかしくなったのですよ」

 本当にそうなのか、キリヤナギはうーんと顔をしかめる。

「そこまで仰るのなら、私が連絡取ります」
「あ、ありがとう」

 ククリールは、控え室で充電をしていたデバイスを手に取り、リリトへ通信を飛ばしてくれた。
 しかし、いくら待っても連絡がなく首を傾げてしまう。

「そういえば、フュリクスは一緒に帰ったのかな?」
「フュリクス・クレマチス卿でしたら、もう一度殿下にお会いしたいと伝達が来ております」

 キリヤナギは、控え室にてもう一度フュリクスと合流した。彼はヒナギクと二人で現れたが、リリトの姿はない。

「王子、リリト様知らない?」
「一緒じゃないんだ?」
「僕が王子といる間にどっか行っちゃったんだよね。デバイスも繋がんなくて、探せない?」
「実はもう探した後でさ。顔がわからないのもあるけど、どんな服を着てた?」
「僕の騎士服だよ。変装してる」
「それは見つけづらいかも……」
「殿下、一応はこちらの判断で、観戦に来ておられるカレンデュラ騎士団の方へお声掛け済みです。捜索にもご協力下さいました」

 カレンデュラ騎士団員へ確認済みならば、たしかにこれ以上探しようもない。
 フュリクスはデバイスのメッセージ機能を使って、カミュにもリリトの行方を聞いていたが、カミュはもう捜索に参加していて、見つけられなかったと言う。

「一人で帰る事ってある?」
「……あり得ますが、ここが見知らぬ土地と考えるとかなり思い切った行動におもいますね」

 少し目線を落とすククリールは、流石に心配しているようにも見える。キリヤナギは少し考えながら、「あ」と何か思いついたようだった。

「ふふ、私にカレンデュラ家のご嫡男を探して欲しい、と?」
「宮殿内だけでもいいんだけど、探せないかな?」

 ベランダから控え室へ呼び出されたミルトニアは、使用人とカレンデュラ領の面々が揃っている事に小さく笑う。

「キリ様の頼みとあらば、このミルトニア。身を粉にしてご協力させて頂きましょう……しかし……」
「何か問題ある?」
「いえ、大変恐れ多くも思うのですが、もしキリ様が宜しければ、私のわがままを聞いて頂きたいのです……」
「な、なんだろう」
「少し恥ずかしく思うのですが、今夜の夜会にでダンスにお誘い頂けないでしょうか」

 ミルトニアは真っ赤になった顔を、必死に扇子で隠していた。キリヤナギは少し意表をつかれはしたが、思わずほっとしてしまう。

「わかった。一緒に楽しもうか、ミント」
「キリ様、私は貴方を心から愛しております」

 勢いで抱きしめられ、キリヤナギは倒れないように必死に踏ん張っていた。
 一区切りをつけたミルトニアは、ククリールからリリトの顔を確認し、リラックスするように眼を閉じる。

 宮殿の中から、外を囲う都市を観測し、歩行者から自転車、自動車など、あらゆる通行人の顔を確認してゆく。屋内は観測できないが、窓越しで丁寧に見て行った。
 そして一通り見終えた後、彼女の本来の目が開く。

「宮殿中から周辺地域の見れる所は確認致しましたが、リリト様らしきお顔は確認出来ませんでした。おそらく屋内か車内におられるのではと」
「車内?」
「自動車のガラスは、コーティングによって見えづらくなっておりますの。【千里眼】もまた人の目の範疇を出れません。お父様ならば可能かもしれませんが……」

 ミルトニアの父、ダニエル・クランリリー公爵は、オウカ国内のあらゆる場所を【千里眼】で監視していると言う。詳しい能力は伏せられているが、きっとそれはミルトニアよりも強力なのだろう。

「見てくれて、ありがとう。ミント」
「……自動車?」

 ククリールの顔が少しだけ引き攣っていて、付き添っているヒナギクも怪訝そうな顔を見せていた。
 この場合、最悪のシナリオも考えられるからだ。

「セオ、また少しだけ席を外してもいいかな?」
「また集団戦の時のように……」
「ごめん。決勝には戻るし……」
「グランジさんの試合はいいんすか?」
「グランジのは沢山みてるし、今更じゃない?」
「それは、確かに……」
「グランジは僕が見ても見なくても気にしないしね」
「何をされる気なの?」
「とりあえず玄関にいって、守衛に出入りがなかったか聞いてみるよ。外に出たなら迎えに行くかな」

 俯いていたククリールが顔を上げる。驚きのその表情は、和むような呆れた表情へと変わっていた。

「どうして、そこまでしてくださるの?」
「僕が行かないと、リリトは夜会に来てくれそうにないからね」

 合わせる顔がないならこちらから会いにゆけば良い。セオは呆れて、礼服を隠せる上着を持ってきてくれた。

「僕も行っていい?」
「良いけど、フュリクスは試合見なくて良い?」
「見失ったのは僕のせいでもあるし……嫌いだけど、一応雇い主だし?」
「それならわかった」

 ジンは、セスナへ外出の連絡をしていた。騎士大会・個人戦の総括をしていたセスナは、難色も示さず了解してくれる。

「決勝は両陛下も観にこられます。準備もありますので1時間はかかるでしょう」
「ありがとう、セオ」
「私は……」
「ククは待ってて、すぐ戻るから」

 キリヤナギは、セオから2本の武器を用意されていた。1カ月のメンテナンスへ出されていたそのサーベルは、どちらも美しく研ぎ直され刀身が輝いている。
 キリヤナギは直感で、去年の誕生祭にて渡された鞘に桜の彫刻のある華やかなサーベルを手に取った。

「ジン、フュリクス、行こう」
「はい」

 早足で玄関へと向かった3人は、まずショップの付近で待機していたカミュと合流する。
 彼女はリリトの消失を聞き、買い物袋を下げながら宮殿中を走り回ったが、見つける事はできなかった。

「衛兵さんにも聞いて回ったのですが、ここの人がリリト様らしき人を見たって」

 人の出入りを見張る守衛の彼らは、赤いマントの無い騎士服の青年が、玄関から外へ出てゆくのを確認していた。彼は軽く散歩した後、居合わせた女性と共にタクシーへ乗り込んだと言う。

「やっぱり外に?」
「タクシーの運転手にも聞いてみよう」

 客を待つタクシー運転手は、前にいた車両が青年と老婆を乗せて発進してゆくのを確認していた。無線によるとホテルアオバに向かったと言う。

「ホテルアオバ?」
「結構大きいとこですね、この周辺だと2つあります。一号館と二号館」
「流石にどっちに向かったまでは分かりませんなぁ」
「王子。僕、姉さんと一号館に行くから、タチバナと二号館にいってよ」
「わかった」
「じゃあ俺、自動車出してきます。後で迎えにいきますね」
「僕らはこのままタクシーで行くね」
「え、フューリ?!」

 フュリクスはカミュをタクシーへと引き込み、そのまま発進させていた。ジンとキリヤナギも宮殿の車庫へと向かい、自動車で二号館へと向かう。

「運転に集中するんで、歩道見ててください」
「わかった」

 ゆっくりとアクセルを踏み込み。ジンはキリヤナギと共にオウカ町へと繰り出す。

「なんで待っててくれねぇんだよ畜生……」

 コンクリートジャングルのど真ん中、隣に自動車の行き交う歩道を歩く騎士服の青年がいた。
 ホテルへ帰ると言った高齢の女性を、ホテルアオバまで送り届けたのは良かったが、タクシーはリリトと女性を下ろした後、早々に扉をしめて走り去ってしまったのだ。
 今まではタクシーや自動車で移動した時は、付き添っていたバトラーが止めていたが、リリトは待機させる為に声をかける必要があるなど知らなかった。
 再びタクシーを拾おうにも、「賃走」ばかりで捕まらず、このままでは日が暮れてしまうと仕方なく徒歩で宮殿を目指している。

「バスって路線バスでもなかったし……」

 ホテルアオバ行きのバスは、ツアー観光客へ向けた送迎バスのことで、宮殿の駐車場に観光客を待って待機していた。
 つまり先程の女性は、路線バスのバス停に送迎バスが来ると思い込み、1人で待っていたのだ。
 送迎バスより早く到着した彼女に、ホテルの乗務員はかなり混乱していたが、サフィニアでは名高い貴族の女性でもあったらしく、とても感謝されて悪い気はしなかった。

「まぁいいか」

 人なんてきっと誰かが助けると思っていた。人助けはあくまで同じ階級の人々がやることで、自分は貴族としてやるべきことがあるのだと。
 しかしそれは何もない楽な日常への逃げでもあった。何もしないまま、やろうと思えばできると逃げて、結果的に静観するだけだったリリトは、今や何も無い。
 誇れるものは家柄だけで、空っぽな肩書きだけの自分だとを認めたくなかった。
 でも、認めたくなくとも事実は変わらない。何もしないなら今まで同じだと思うと自然と声をかけてしまった。
 声をかけた後、結果的に後悔もして、2度とやりたくないとすら思ったが「ありがとう」と言われた時、この決断をしてよかったと思えた。

 今頃フュリクスは、カミュに叱られているだろうか。
 どんな文句を言おうかと考えた時、若い女性が数人の男達に囲われ、建物の間へ引き込まれていくのが見えた。
 反対側の歩道で、リリトはしばらく呆然の見た後、奥の歩道橋を登ってひっそりと隙間を覗く。
 さらに奥へと連れ込まれた彼女が、男達に口を塞がれた時、リリトは衝撃を受けた。

 誘拐の現場?
 こんな都会のど真ん中で?
 騎士は何をしている?
 周りを見渡しても騎士の姿は見えない。
 店が少ないこの大通りは、警備が手薄になっているのか。
 すぐに通報しなければならないと、デバイスを取り出した時、暗い画面に自分の姿が映った。
 ネクタイを締めた、カレンデュラを象徴するオレンジ色が入った肩章の騎士服。
 リリトはそれを纏い、ここにいる。

 借りたものだが、今のリリトの背中を押すには十分だった。
 デバイスには、ククリールから大量の着信履歴が来ていて心配されていたのがわかる。しかし、もう少し待ってほしいとリリトはデバイスをポケットに仕舞い、歩道橋から駆け降りた。
 そして、ビルの隙間の奥へ向かった集団を追いかける。奥にゆくと建物の隙間の広場のような場所にでて、男達が女性を抑えて何処かへ連絡を取っていた。

「おい! 何してんだよ!」 
「騎士!?」

 唐突な叫び声に男達が怯む、唖然とする最中リリトは続けた。

「その女離せよ。いやがってるだろ!」

 リリトの声に女性はぼろぼろと涙を溢していた。恐怖が限界を超え、抵抗も出来ていないようにも見える。

「どうする?」
「……」

 電話をしていた男は、スキンヘッドに黒のマスクをつけている。リーダーにも見える男は、一度電話を切ってリリトを観察していた。

「よく見ろ。銃を吊ってねぇ」

 リリトは心臓が跳ね上がるような感覚を得た。

「ハッタリだ。祭りに乗じたコスプレだろうよ」
「そんな事は、ない!」
「なら、証明してみろ。どちらにせよ。武器のない騎士なんぞ、ただの雑魚だ」
「どうする?」
「現場を見られたのは厄介だ。一緒に連れてくぞ」

 リリトは、後悔をしていた。5名いた男達は、女性を抑えるものを残し。3名がリリトへと歩を進めて来る。
 ジリジリと詰められ、背中は見せてはいけないと本能がそう告げていた。

「肋骨ぐらいは覚悟しろよ。ハッタリ野郎」

 間違ってはいないと、リリトは何も否定出来ない。家の名声にすがり、騎士服を着ただけで何ができるかもしれないと思い込んだ。自分の実力などどこにもなく、殴る方法すら分からない。

 思わず腰が抜け、座り込んだ時だ。
 男達の動きが 止まった。

 リリトがへたり込み、その後ろにあったのは、僅かな光を反射する銀銃。
 そして直後、リリトを飛び越え着地する白の影がある。

 リリトと男達との間へ着地したキリヤナギは、囚われている女性をみて大方経緯を察した。

「宮廷……?! 怯むな!」

 リーダー格らしき男の指示に、3人の男が飛びかかって来る。しかしキリヤナギには、それが止まって見えていた。手にはサーベルがあり、守れると言う確信を得る。

 キリヤナギは一旦腰を落とし、最も接近してきた男の足元へ突進。バランスを崩させ、追ってきた残り2名と対峙する。
 後退しながら壁を蹴り、相手の肩へ手をついて後ろをとった。
 そして、鞘のまま男2人の後頭部を殴りつけ、頭蓋を揺らす。直後最初に転んだ男が後ろから殴りにきて、ジンに狙撃された。

「王子襲撃の現場に遭遇。制圧します」
「……ぐっ」

 途端、数多の弾丸が発射される。
 リーダー格の男の足が狙撃され、立っているのは女性を抱える男のみとなるが、ジンへ気を取られている隙をつき、キリヤナギが飛びかかって、再び後頭部を鞘で殴った。
 力の緩んだ隙に、キリヤナギは女性を攫うように引かせ、ようやく武器を抜く。

 刃物を取り出した王子に、男達は起き上がっても近づくことが出来ない。
 リリトも腰が抜けて立てず、まるで盾のように立つ王子を見上げるしかなかった。

「なんで、王子が……」
「……僕は迎えに来ただけだよ」
「……っ! くっそ」

 起き上がり向かって来る敵に、再びキリヤナギが前に出る。飛びかかってくる相手の歩幅をズレさせ、前転で目の前から消える。後ろをとった相手の腿へ浅く切り込んだ。

 僅かな切り傷だが、強烈な痛みに男達の悶える声が響く。

「は、ここまでか……」

 リーダーらしき男が両手を上げた事で、キリヤナギは武器をしまった。
 ジンのみが銃を構える空間で、およそ数分後に4名はクランリリー騎士団と合流する。

 結果的に今回も全てクランリリー騎士団の手柄に回される事となり、2人は居なかったものとして扱われ、匿名の貴族の通報によってことが運んだと言う事となった。

 帰りの自動車で、後部座席に座るリリトは、助手席で平然としているキリヤナギに何も言葉を紡げない。何から聞けば良いか分からない中、リリトは視界に入る中での1番の疑問を口にした。
 
「王子って、普通後ろの席じゃないの……」
「この席ってジンと2人だけの時じゃないと座れないからさ。秘密してて」
「はぁ……?」
 
 訳がわからない。
 だが、この自動車に乗る前、攫われかけていた女性は泣きながらリリトに感謝をしてくれた。
 何もしていないのに「来てくれてありがとう」と、嘘を言っただけなのに「恩人」だとも言われた。
 公爵家の人間だと話したら驚かれ、「貴方のような人が貴族でよかった」とも言われて照れてしまった。

「グランジ、頑張ってるかな?」
「ちょうど出る時に試合始まってたので、もう終わってそうっすね」

 先程の戦闘などなかったかのように雑談する2人へ、リリトはついてはいけない。しかし、話を聞いていたらこの事件について2人は関わってない事にされると言う。

「何であんなところに居たか聞かないのか?」
「聞いて良いなら、聞かせて欲しいけど……」

 王子の半端な返答に少しイライラもする。
 リリトは納得のゆく自分になるまで、王子には会いたくはなかったし、結局助けられてしまった行動を誇ってもカッコが悪い。

「……やっぱいいや」
「ククが心配してたから、連絡してあげてね」

 リリトは迷子になり、王子に保護された。ヒーローとは程遠いカッコ悪さだが、堂々とそれを誇れる実績を残して見返してやると誓う。

 その後キリヤナギのデバイスへククリールから連絡が入り、リリトの無事を知らせると共にグランジの試合の結果についても聞いていた。
 グランジの戦いは決着はまだついておらず、かなりの接戦が繰り広げられているらしい。

「まだやってるんすか……?!」
「みたい? 間に合うかな」
「とりあえず、フュリクス君とカミュさん拾いにいきます……」

 リリトはもう口を挟む気にもなれなかった。そして脳裏に、先程彼が目の前に現れた時のことがよぎる。
 あれこそ、リリトにとっての理想のヒーロー像でもあったからだ。

「俺も強くなる……」
「応援してる」

 その期待は不本意だとリリトは思う。
 しかし何もないことは可能性でもあり、何にでもなれるとリリトは信じていた。

 演習場は、緊迫した雰囲気に包まれていた。
 騎士大会・個人戦、準決勝の戦いは。東側、【未来視】をもつラインハイト・ネメシアと、西側、同じく【未来視】のグランジ・シャープブルームの白熱した試合が行われている。
 グランジはすでにスイッチが入り、頬が緩んでいるが、ラインハイトの【未来視・高速再生】によって、グランジの正確な弾丸は綺麗に躱されて接近を許していた。

 グランジは、ジン以来の強力な相手であると興味が尽きなかった。
 目から頭へと送り込まれる【未来】の世界は、頭の回転が早ければ早いほど使いこなせると言われるが、グランジはそうは思わない。
 目に見えた情報から判断する相手は、その処理に時間を取り【遅い】。ジンは賢く【遅い】が、その【勘】に異常な強さがある。
 グランジと戦う時、ジンはもうほぼ全てを【勘】に頼っていると聞き、それはもう【未来視】を使う意味などないとグランジは認識していた。
 見える未来のその先は、どこまでも野生的に直感で動きを察知し、抗えるか。全神経を敵へと集中させ、僅かな隙を取りにゆくゲームがグランジにとってはたまらなく楽しい。

 そんな銃を使うグランジに、ラインハイトはこれまで彼が勝ち進んできた理由を理解する。

「(こいつやべぇ……)」

 全身が総毛立つような感覚を、ラインハイトは得ていた。
 ここに来る前、ラインハイトはウィスタリアの騎士団長から「宮廷には魔物がいる」と言う話を聞かされていた。
 具体的な像のないその話に、ラインハイトはスポーツの大会なのでよく聞く「緊張故のミスを誘発」だとも考えてもいたが、いま目の前にいる相手は、その表現に相応しいと認識を改める。
 人の形をしているそれは、銃を持ちながらもそれを活かす動きをしていない。。
 近接武器を持つラインハイトは初見、銃をもつグランジが遠距離戦闘に長けると考えていた。
 距離が必要な銃撃戦の場合、接近こそ一つの突破口として、剣ならば攻める事が勝ちに繋がるが、このグランジは、銃を持ちながらもあえて近接的な戦闘をしにくる。
 使うべきである有効な力を投げ捨て、自身の生存を天秤にかけないその戦い方は、無難に戦い、生存を強いられる騎士から見れば狂気にみえ、それが自身を狙うとなれば恐怖にもなるだろう。
 異能の以前の問題だと、ラインハイトは必死に冷静さを保っていた。

「剣のが向いてんじゃねぇのか!」

 一旦お互いが距離をとったタイミングで、ラインハイトが言い放つ。グランジは動きを止めた彼に合わせるように応えた。

「剣は、止められている」
「は?」
「死ぬからと」

 ざわつく観衆に、ラインハイトは笑いが溢れた。
 グランジは、「ラインハイトが死ぬ」という意味で言ったわけではない。彼の言葉は主語がないが「剣を使えば、使った自分が死ぬ」と言っている。
 確かにこんな戦いを続ければ、生命が幾つあっても足りない。

 そこからグランジは、更に接近を許してはラインハイトの武器を交わして至近距離で狙撃しようとして来る。撃たれようとしたそこを【未来視・高速再生】によって知覚し、回避運動を取る。
 そのギリギリの攻防は、一瞬でも油断すれば「持っていかれる」。
 厄介な上に強い。宮廷にはタチバナ以上の化け物がいた。

「てめぇが剣を使ってたら、勝ち目はなかったかもなぁ!」
「ーーっ!」

 剣を止められ、あえて銃を持たされているなら、突破口は「銃を使っている」事だ。
 繰り返しの攻防から場を動かしたのはラインハイト。
 彼は剣を振り切った後、更に床を蹴ってグランジへと飛び込んでゆく。
 銃口の目前にきたラインハイトの顔に、グランジは躊躇いなく引き金を引いた。が、弾丸の発射より先に、彼はわずかに射線をずれる。
 そこから剣を横に振り切った姿勢のまま一回転し、グランジの胴体へ左ストレートがぶち込まれた。

「うるぁ!!」

 僅かに後ろへと飛ばれ、勢いは殺されたが、動きが鈍った事でラインハイトはグランジを捕まえたまま、一気に投げ飛ばす。
 グランジは受け身を取りきれず、横に倒れたまま滑り、全身でブレーキをかけた。が、僅かに白線に乗り監視員の手が上がった。

「勝者! ラインハイト・ネメシア!!」
「いよっしゃぁーー!!」

 歓声が上がり拍手が起こる。ベランダのハルトとティアもそれを眺め、エールを送っていた。

「え、負けた? グランジが?」
「はい。結構遊んでたみたいですけど……」

 自動車から降り、リリトと共に控え室へ戻る最中、ジンはグランジ本人からメッセージを受け取っていた。
 彼からのメッセージは、相変わらず短文で「負けた」と、一言書かれた後、「楽しかった」とだけ書かれ、キャラクターの嬉しそうなスタンプも付いている。
 そんなログを見せられてキリヤナギは少し呆れていた。

「楽しかったんだね……」
「よかったと思います」
「何なに、タチバナ。宮廷負けた?」
「え、負けたんですか?」
「そうみたいです。ウィスタリアのネメシアさんが勝ったって」

 グランジは本当の意味で勝ち負けは気にしない。大会への参加理由も、ただ楽しい試合を求めているだけで、特にこだわりもないからだ。

「そのグランジって騎士? 強いの?」
「リリト、強いか弱いかで言ったらすごく強いんだけど、実戦に連れてったらダメなタイプ……」
「殿下??」
「なんで? 本番に弱いとか?」
「本気出したらどうなるか分からないって言うか……。フュリクスは集団戦で倒してたよね」
「あれは姉さんが勝手に援護したから」
「下手したら本人が死ぬ可能性あるんですよね……」
「……」

 カミュがコメントに困り、リリトも困惑していた。思えば今現在、グランジが護衛任務に落ち着いているのは、適度に力加減ができる為に、とてつもなく「無難」にも思える。

「騎士が大会で負けた時ってやっぱりフォローすんの?」
「する人はするんじゃないかな? 僕はしないけど」
「しないのか……」

 ジンはプライドが高く、そんな事をすれば距離を取るだろう。グランジは、そもそも気にしないので必要ないと考えている。

「宮廷も結構負けてるのにさ……」
「半分決勝に残った時点で、僕は満足してるよ。リリトは?」
「カレンデュラは今季いないから別に。でも再来年ならフュリクスが取るだろ?」
「へぇ、待ってるね」

 キリヤナギは、挑戦状とも受け取った。
 宮廷騎士は、他七つの騎士団の中でも息を抜いて実力があり、優秀であると言う自負がある。それは能力者への対応方法もそうだが、誰もが突出した異能使いでもあるからだ。
 後ろで聞いていたフュリクスは、リリトの思わぬ推しに目を背けている。

「別に頼まれなくても取るし……」
「リリト様、私も、私も応援してください!」
「良いけどちゃんと俺のこと守れよ」
「はーい!」
「姉さんは乗せられすぎ!!」

 カレンデュラ組は賑やかだなぁと、ジンは何も言わずに静観していた。

 キリヤナギの控え室にて、1人待っていたククリールは、ようやく姿を見せたリリトにほっとした表情をみせてくれる。

「リリト! 貴方どこにいって……」
「姉様……ちょっと暑苦しくてさ」
「だからって、1人で宮殿の外に行くなんて……。来ないって話してたじゃない」
「騎士大会が気になったんだ。ごめん」
「……はぁ、本当に無事でよかった。トラブルもなくてーー」
「え?」
「え??」
「え、ないよ? ないない!」
「何故王子が焦るのです??」

 ジンは無表情を保ち、何も言わずにいた。

「と、とりあえず、決勝だよね。リリトも一緒に見よう」
「……断れねぇし」
「そんなこと言わないでよ」

 つんとするリリトだったが、美しく着飾る姉のククリールをみて、安心したようだった。

「じゃあ、ちょっとだけ付き合う」
「ありがとう」

 そして舞台は、個人戦のトーナメント。決勝へと移ってゆく。ベランダのガーデンチェアが増えククリールは一旦リリトの席へ移動し、キリヤナギの隣はミルトニアとアレックスとヴァルサスが座った。

「まさか私が、カレンデュラ嬢を差し置いてキリ様の隣へ……あぁ、幸せで昇華してしまいそうです」
「ミント、落ち着いて……」
「はは、クランリリー嬢は相変わらずだが、王子はどこへ行ってたんだ?」
「リリトが、僕を避けてたから迎えに行っただけだよ」
「さらっとえげづないことしてね??」
「え??」
「ヴァルサス、貴族の関係は平民とは違うぞ」
「一般の方々は『推してダメなら引いてみろ』とも言われますが、貴族の引きは縁切りに揶揄されることもございますから」
「縁切りって……」
「そうです。つまり『押し』こそ正義。私をご覧下さいませ。この『押し』により、ここ、キリ様の隣にまで上り詰めました。これこそが見栄とプライドが全てな貴族の姿ですわ!!」

 キリヤナギとアレックスは何も言えず頭を抱えていた。何も間違ってはいないことを察し、ヴァルサスすらも言葉に困っている。

「……出てきたな」

 アレックスの言葉に、キリヤナギが目をやると、武器を抜いたリュウドが東側の定位置へと現れていた。
 キリヤナギはそれを一人拍手で称え、向かい側に現れる騎士を待つ。

 バリケードが片付られたフィールドでリュウドは、相手側のテントから現れた騎士姿を確認する。
 茶髪に鋭い目つきの長身。男の名はウィスタリア騎士団のラインハイト・ネメシア。
 昨年、秋の騎士大会にも出場していた男だ。
 足運びから見ても分かる実力に、リュウドは武者震いを得ながら、侮れない相手だと気を引き締める。
 するとリュウドの視線に気づいたのか、ラインハイトは堂々とこちらへ歩み寄ってきた。
 その目の強い闘志に、思わず睨み返す。

「てめぇもタチバナらしいな?」
「はい。分家だけど、それがどうかしました?」

 他意はなくただ実直に答えておく。相手はそんなリュウドへ頬を緩ませて続けた。

「本家じゃないのは残念だが、まぁ良い。俺の『王の力』が、どこまで『タチバナ』に通じるのか、試してやる」
「あぁ、そういうの」
「舐めんなよ。俺の『王の力』は、他の奴とは違うんだ」

 ラインハイトがそう吐き捨てると、フィールド上の所定位置まで戻って行く。
 気持ちが競り、楽しみで仕方のない試合でもあるが、前回大会での不調を思えば慢心するのもよくないと考えていた。
 あれ以来、自身の動きだけでなく、体づくりからメンタルまで仕上げてきたこの大会は、正にその努力を試すことができる唯一の機会でもあるからだ。
 お互いが定位置に着いた時、トランペットの音とともに声が響く。

「両陛下ご入場ー!」

 拡張音声によって響いた声に、皆が顔を上げる。東側のベランダにて赤い絨毯の上へ現れたのは、釈を持ったシダレ王と、マーメイドドレスに身を包んだ王妃ヒイラギだった。
 玉座に座った王の隣で、母は拍手をする騎士達へ手を振り、王子から騎士達へと目線を送る。
 2人の着席を確認した騎士は、審判へ指示を出し、試合開始の声を響かせた。
 
「これより、騎士大会・個人戦の決勝を開始する。東側、宮廷騎士団。リュウド・タチバナ・ローズ! 西側、ウィスタリア騎士団。ラインハイト・ネメシア! 両者、始め!」

 審判の声と共に、2人は一直線に突撃して長剣とサーベルを振るう。
 初撃、ぶつかり合った刀身からビリビリと衝撃が走り、互いに剣の腕を理解した。そのまま二合三合と打ち合わせて、リュウドとラインハイトは間合いを取って仕切り直す。
 剣の腕はほぼ互角。譲れない本気の戦いが始まると、リュウドは改めて相手を睨んだ。

「剣の『タチバナ』か。良いぜ。早速行かせてもらう!!」

 獰猛な笑みを浮かべたラインハイトは大胆にも慎重に身構えるリュウドの正面へ突進する。
 上段からの斬り下ろし。
 そう読んだリュウドは、一旦右側への回避から、反撃に備えようとした。が、ラインハイトは、予めリュウドの右側への回避をすると分かったかのように動作を変え、構えたサーベルを自身の背中に隠し、リュウドの逃げ道へ先回るかのように突っ込んで来た。
 思わず舌打ちが漏れて、剣を盾にする形でサーベルを受けるが、ラインハイトの強烈な薙ぎ払いは、そのままリュウドの身体を押し込むように、鍔迫り合いを挑んで来た。
 リュウドは姿勢を崩されまいとなんとか足を踏ん張らせて耐える。

「流石だ! でもこの位は軽く対応してもらわなきゃ困る! 弱いヤツに勝ってもなんの意味もないからなぁ!!」
「あぁ、それは同感だよ!」
 
 そう返しながらもリュウドはラインハイトの異能の考察から入る。
 自身の回避の先をまるで読まれたような動きは、【読心】か【未来視】によるものだろう。
 リュウドはさらに絞り込む為、ラインハイトを押し戻し、側転を介して距離を取る。

「(右回り込み下段)」

 そう心で発し、リュウドは追ってくるラインハイトの剣の右下を腰を下ろしてすり抜け
、後ろをとった。
 そこから剣を振り上げて殴りにゆくが、ラインハイトは前転で距離をとって再び向かい合う。

「へ、あぶねー」

 読んでいない。と、リュウドは確信を得た。背中からの攻撃に受けを選択せず回避を選択したのは、背中を取ったリュウドが「何をするかわからなかった」からと言える。

「【未来視】だね」
「は、よくわかったな。だがバレた所で関係はねぇ!!」

 【未来視】を使うならば、【タチバナ】には対応手段がある。
 リュウドはラインハイトの見ているであろう約数秒先の未来に先んじて、フェイントの剣光をラインハイトの鼻先へ向けて走らせた。
 が、ラインハイトは紙一重でリュウドの一閃をやり過ごし、そのままサーベルを下から上へと切り上げて反撃に移った。
 リュウドは咄嗟、身体をスウェーバックの要領で仰け反らせてラインハイトの白刃を躱す。
 想定以上の反撃にリュウドの背筋が冷える中、更に一呼吸の間もなく刺突が目の前に飛んで来た。
 リュウドは剣を盾にする形で受け、放たれた追撃をなんとか防ぐが、攻撃に転じようにも常に先回りするようにサーベルが繰り出され、反撃の糸口が掴めない。

 「(こいつ!)」

 フェイントが入らない。
 防戦が続く中、リュウドはラインハイトの【未来視】へ、強烈な違和感を得ていた。【未来視】ならば、必ず存在し得る現代から未来までの空白の時間。
 それは能力者の持つ現代の視野から、未来の視野へ切り替える時に発生するもので、【未来視】にとっての大きな弱点となるが、このラインハイトは、見ている様子はあるのに、切り替えをしている様子が見えない。

「(【未来視】の常時発動)?」

 心で考察しつつ、リュウドは一度距離をとりながら、まるで実験するように踏み込んでゆく。
 後退からの、剣の重心をつかった回転切りでにより一気に詰めていったリュウドは、ラインハイトが後退する振りを見て、片手を離し、左ストレートで殴りにかかる。
 が、その時に見えたのはラインハイトの笑みだった。
 綺麗に横へずれたラインハイトは、突き出されたリュウドの左腕を掴み、勢いを殺さないまま、投げる。
 リュウドは辛うじて受け身を取り、フィールドの砂利を滑って向き合った。

「常に【未来】を見てる?」
「ほぅ、『タチバナ』はそこまで読むのか? でも常時ってわけじゃねぇ。大差ないから教えてやるよ。俺は片目だけに異能を発現してる」

 それだけではないと、リュウドは彼の言葉を疑いながら考察する。
 それは見えている時間が想像よりも長くも感じたからだ。
 本来の【未来視】の場合、見えるのは数秒先であり、回転切りが見えた時点でそれにあわせた回避行動をとるはずだからだ。だが、ラインハイトは、後に残していたリュウドの左ストレートすらも察知していた。
 これは時間が「合わない」。
 リュウドが回転切りで接近するまでの時間だけでも1.5秒〜2秒はかかり、ラインハイトにはそこまでしか見えていない筈なのに、彼は先の左ストレートまで見て回避して投げた。
 つまりラインハイトの行った回避は、見えている回転切りだけではなく、左ストレートまで想定されていたものであり、およそ1秒〜5秒の【未来】をリュウドの接近する2秒間の間に見ているとも言える。
 そしてラインハイトは先程、普通の【未来視】ではないと、話していた。

「それだけじゃないよね?」

 まるで確認するような物言いに、ラインハイトの口角が緩む。

「よくわかったな。この目は【未来視】が進化した俺だけの【未来視・高速再生】だ!」

 踏み込み、剣を交えながら吠えるラインハイト。
 それが分かったところでどうしようもないと言わんばかりの圧に、リュウドはジリジリと押されていた。

「あぁ! ところで、それってどういう異能?」
「本来の【未来視】の先へ、俺は行く。普通の【未来視】が2秒間の未来をみるなら、俺はその2秒で5秒の未来をみるんだ!」

 その言葉を理解するのに、リュウドは時間を要した。つまり見えている未来の【早回し】であり、衝撃すらも受ける。
 もしそんな事が起これば、常に早回しされていることで、現代とのズレがどんどん拡大してゆくからだ。
 そこまで考えた時、リュウドははっとする。
 ラインハイトは【未来視・高速再生】
を発動をしていると言いながら、常にこちらの動きを見ている。
 これは、確かに常時発動しているとも言えるが、その再生速度を「コントロールしている」とも取れるからだ。

 リュウドの目つきが変わり、ラインハイトはステップを踏んで動く。
 【未来視】の相手へ回避は大きな隙となると気づいたリュウドは、ラインハイトからの攻めを真正面から受けた。
 そして武器同士のぶつかった直後。
 リュウドは重さに負けたかのように腰を落とし、足首の筋肉へ【身体強化】を発動。
 ラインハイトの真下から胴体へ、頭突きのように突っ込んだ。

「ぐはっ!」

 通った。
 少しだけ宙へ浮いたラインハイトを、リュウドはさらに追う。ダメージで怯んだラインハイトだが、足で踏ん張ってバランスをとり、リュウドの武器を受け止めた。

「やるじゃねぇか……」
「……」

 【未来視・高速再生】は、確かに弱点が限りなくカバーされた【未来視】だが、その視界の【早回し】を常時行うことはできない。
 それは、やるやらないの問題ではなく。欲しい情報が【今】のものではなくなるからだ。ラインハイトは、早回しを行うタイミングを的確に自分で決めている。
 片目で現代を見ながら、視界の違う二つの目で、時を合わせながら見ている。
 本来ならば両目に違うものが見えれば、過剰な情報の供給によって脳の処理が追いつかないが、定期的に【時】を揃える事で処理を最小限に抑えているのだろう。
 強いと、リュウドは対峙するラインハイトを見直した。

「【未来視・高速再生】……強いですね」
「当たり前だろうが!!」

 このラインハイトの【未来視・高速再生】
には、もはやフェイントのようなごまかしは通じない。
 これに勝つためには、真正面から攻撃を受け、回避の余裕を与えない攻めに転じることが必要となる。

つまり、全てはーー、

「(身体能力!!)」

 【未来視】におけるもう一つの突破口。それは未来が見えていようとも、体が追いつかなければ意味がないと言う事だ。
 相手を回避できない状況へと持ち込み、確実に攻撃を当てる。そのための術をリュウドは持っていた。

「何かに気づいたみたいだな。タチバナ分家」
「あぁ、もう迷わないさ」
「いいだろう。見せてみやがれ!!」

 ラインハイトは踏み込み、再びリュウドへと切り掛かってゆく。

 ラインハイトの攻めは重く、リュウドは打点は分かっても思い通りに動けずにいた。
 彼はリュウドの受けの防戦に、注意が甘い位置を狙って剣戟を浴びせてくる。

 【未来視・高速再生】を相手に見出した攻略の鍵は、【身体強化】のフルブーストだが、去年の集団戦での苦い記憶があり、それはできないと我を抑える。

 ジンならば、もう少しいい方法を思いつくだろうか。ありとあらゆる異能使いへ弱点を見出すジンは、果たしてこの【未来視】へどう言った対策を取るのか興味深い。
 だが今、この異能と対峙してるのはリュウドだ。リュウドはジンとは違うやり方で勝ちにゆきたい。

 しかしこのままラインハイトと打ち合い続けるのは危険だ。
 このまま斬り結ぶ場合、やはり先手を取れるラインハイトが優位な事には間違いなく、消耗戦になれば不利となる。リュウドは浴びせられる剣戟を強く弾いて、間合いを広くとった。

「剣では俺に勝てないと悟ったか!? 良いぜ、賢明な判断だ。腰のぶら下がってる銃の方を使ってみろよ!」
「俺は剣士だ! 剣で貴方を倒す!」
「は! 口先だけの強がりで興ざめさせるなよ!」

 叫びあう二人は、さらに撃ち合うかに見えたが、リュウドが突然距離を取り、退避するように走り出した。

「逃げんのか?! どういうつもりだ!」

 ラインハイトは突如逃亡したリュウドを追いにゆく。だがリュウドは、間合いを詰めさせないよう、速力はほぼ同時に合わせ追いつかれないように調整していた。

「てめぇ! 見損なったぞ、待ちやがれ!!」

 リュウドの背中にラインハイトが激昂する。
 彼は構わず逃走を続け、彼がついてきているか何度も確認していた。そして、あるタイミングでリュウドは【身体強化】を発動した足で、ラインハイトをまるで飛び越えるように宙返りを行う。

 【未来視】のラインハイトは、先んじてリュウドを追って視線を宙空へと向けていたが、途端強烈な光が、ラインハイトの目へと突き刺さった。

「しまっーー」

 反射的に真上へと向けられたラインハイトの視線は太陽の光によってぼやけ、咄嗟にリュウドから顔を背ける形を取る。
 如何に高速で未来を視ていても、その視界へ映らなければ意味はない。
 強烈な太陽の光に目をつぶされ、ラインハイトが怯んだ直後、リュウドが【身体強化】を受けたしなやかな筋肉は姿勢を制御し、美しく着地、疾走を可能とした。
 リュウドの長剣は真正面からラインハイトへと斬り下ろされる。
 咄嗟、サーベルを持ってリュウドの攻撃を受けようとするラインハイトが見えた。
 見えなくともなおも粘ろうとする騎士の意地に、リュウドは感嘆しつつ突っ込んでゆく。
 ラインハイトはリュウドの一撃を防ぎきる事は出来ず姿勢を大きく崩して膝をついた。

「【未来視・高速再生】すごいよ。それにあなたの剣腕も。俺はそれに答える!」

 そう言うとリュウドは【身体強化】をコントロールし、身に凄まじい力が漲った。
 これは、通常とは違う。
 通常の【身体強化】は使用者の筋力を一気に増強する異能だが、リュウドのこれは、あらゆる場所の強化を調整する事で、速度、力、技術の三点を完璧に活かしつつ反動を抑える、リュウドの心身へ合わせたコントロール強化でもある。
 これにより、より長時間の強化を可能としたリュウドは、数多の剣戟をラインハイトへ浴びせた。
 しかし、ラインハイトも抗い、ぼやけた視界のまま【未来視・高速再生】を用いて全力で抗う。

「なめんなぁぁあ!!」

 吠えるように、足掻くように金属の交わる音が高速化してゆく。浴びせられる剣戟を全ていなし、【身体強化】の時間切れを狙う。 想像以上に粘ってくるラインハイトにリュウドもさらに吠えた。

「負けるかぁぁ!!」

 直後、一手が、僅かに先を得て、ラインハイトの武器を弾き飛ばした。
 彼のサーベルは勢いのまま高速回転し、演習場の場外へと美しく突き刺さる。
 リュウドは【身体強化】の時間切れで息が切れつつ、ラインハイトへ剣を突きつけた。
 一旦の沈黙。観衆が見守る中、審判が声を上がる。

「勝者! リュウド・タチバナ・ローズ!!」

 最後までやり切った2人の騎士へ、多くの騎士や貴族達は、拍手を送った。

 激戦を繰り広げた騎士大会・個人戦は、リュウド・T・ローズの優勝によって幕を閉じ、ジンはリュウドが表彰される様子をタスキを渡すような感覚で静観していた。
 またキリヤナギも、ベランダからストレリチア隊がステージの一番上に隠れ、扇風機を使って紙吹雪を舞わせているのに安心もする。

「面白かった!」
「今年は全て見れたな、騎士にとっても光栄だっただろう」
「う、うん。反省してる……」
「責めてないぞ?」

 体調不良とも言えず、罪悪感が込み上げてくる。ヴァルサスはベランダから表彰式の動画を撮影し満足気にしていた。

「殿下、エキシビジョンですがお時間取れるそうです」
「ほんとに!」
「エキシビジョン?」
「そんな物プログラムにあったか?」
「僕の希望なんだよね。ちょっと行ってくる」
「はぁ? またかよ!」
「本当落ち着いておられないのね」

 キリヤナギは、貴族達をベランダへと残しセオと共に出てゆく。
 会場ではエキシビジョン戦のアナウンスがかかり、興味のある騎士達だけがまばらに残っていた。

「王子どっかいくの? あんなんでいいの? 姉様」
「リリト、あの方はそう言う人なの」

「ふぅ、なかなか面白かったな」
「クロガネお父様? 始まった直後から寝ておられましたよね?」

「エキシビジョンって言うとあれか? ライオンとかでてくる……」
「ハル君、サーカスではないのですから……」

「あぁ、キリ様。ミルトニアは大変寂しいです、早く帰ってきてください」
「まだ5分もたってねーぞ……」
「『タチバナ』も消えたな。仕込みか?」

 ジンは、一足先に演習場へと移動し、キリヤナギの武器を運んでいた。そこでリュウドと合流し拳をぶつける。

「リュウド君、おめでとう」
「ありがとう! ジン兄さん!」
「兄さんはいいって……」

 満面の笑みにこちらまで嬉しくなってくる。リュウドは去年、ベスト8で敗北していてリベンジを果たせたと言えるからだ。

「エキシビジョンいける?」
「行けるけど本当にいいの?」
「良いけど、一応エキシビジョンだから、ちょっと遊んでもらえたら助かると思うけど……」
「と言うか普通につよいし、そもそも遊んでられるのか不安なんだけど……」

 リュウドの不安な気持ちもよくわかる。エキシビジョンは去年までなく、今年からキリヤナギの希望で導入されたからだ。

 話していると、セオから連絡が入りジンはリュウドを再び演習場へと送り出す。
 ジンもまたキリヤナギの武器を持って定位置についた。

 そして、残った観衆の皆は宮殿の方から現れた1人の騎士へ目線を取られた。堂々と演習場へ現れたのは、専用にデザインされた騎士服を纏うキリヤナギだった。

「宮廷騎士、リュウド・T・ローズ。貴殿の戦績を称え、僕を守るに相応しいか見極めさせてもらう。僕を負かし、それを証明してみせよ!」

 堂々と響いた言葉に、観衆が沸いた。勝たせよではなく、負かせという言葉は、ある意味、本気で来いと言う挑発とも言えるからだ。
 忖度いらないと言う王子の言葉は、騎士達にとっては期待の試合となる。

 膝をついたジンから武器を受け取り、キリヤナギは東側の位置へとついた。

「キーリ、大丈夫なのか! 叔父は心配だぞ!」
「クロガネ叔父さん! 僕は大丈夫! 見てて!」

 クロガネ? と聞いてジンはデバイスで検索する。そしてキリヤナギの叔父であり公爵だとわかって二度見していた。
 クロガネは本気で心配しているようで、演習場を見下ろしながら震えている。

「シルフィは止めないのか!」
「殿下のご意志なら止める必要ないでしょう?」

「王子まじかー! やっちまえー!」
「なるほど、エキシビジョンにはいいな」
「キリ様ー! 撮影致しますのでこちらを向いて下さいませー!」

「姉様、あのおじさんって……」
「ハイドランジア公爵に無礼よ。リリト」
「うっそだろ!!」

「キリヤナギ殿下がでるのか、これは楽しみだな」
「王子殿下ー! 応援しております!」

 賑やかなベランダの声を受け、西側へリュウドが現れる。
 父と母も少し心配そうにこちらを見ていて、キリヤナギは笑って答えていた。
 この一年、様々なことがあった。去年は殆ど見られなかった個人戦が、今年は全て見ることができ、騎士達も異能を工夫し、進化させ、使いこなしてくれていることが分かった。
 皆、この国を守るため、国民を守るため、また王家を守るために強くあってくれる。
 そんな彼らの為にも、キリヤナギもまた守られるだけでなく、守るものとして存在したいと思えた。

 向かい合ったリュウドは、対峙するキリヤナギへまるで確認するように口を開く。

「殿下、いいの?」
「いいよ。リュウド、僕も簡単には負けない」
「なら、全力でやらせてもらう!」

 両者の準備が整い、審判が声を上げる。

「では騎士大会・個人戦。エキシビジョンを開始します。東側、騎士・キリヤナギ殿下。西側、宮廷騎士、リュウド・T・ローズ……」

 2人の足へ力が入った。

「始め!」

 審判の合図とともに、騎士大会・個人戦のエキシビジョンが始まってゆく。

END

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