「こんな品のない場所で密会とは、よく考えたものだね」
「ゴミを持ってきただけなんだけど……」
必要である場所を「品がない」というホウセンカは、以前会った時よりも高慢な態度を見せ三人の元へと歩み寄る。
授業が間近の庭には、他の生徒たちの姿も見えず彼はまるでキリヤナギを追ってきたようにも思えた。
「これはこれは、手の回らない生徒会の為にありがとうございます。殿下」
「慣れないから王子って呼んで」
「失敬。ご希望のあらば」
「ホウセンカ、念のために言うが私と王子はたまたま会っただけだ。関係はない」
「ふむ、まぁ、そう言う事にしておきましょう。所で王子」
「何?」
「最近、僕のことを嗅ぎ回っているみたいじゃないか。貴方を支持している僕を調べて何をされるおつもりで?」
「興味湧いてさ。この学園の生徒を助けるヒーローが果たして本当に善意で動いているのかどうかを確かめたかったんだ」
「はは、なら助けられた生徒達へ直接聞いてみればいい」
「もちろん。聞いてみたよ。彼らはホウセンカ君にとても感謝していた。僕の後継になってくれるなら、ぜひ任せたいと思ったよ」
「当然。このイツキ・ホウセンカ。貴方の意思を継ぎ、生徒会として責務を果たします」
「期待してる」
ククリールは、何も言わずキリヤナギを睨んでいた。ルーカスはイツキと目を合わす事すら出来ずにいる。
「惨じめですね、会長」
「くっ」
イツキが身を翻して立ち去ろうとすると、ククリールが小さな声で笑った。
「あら、貴方はこの学校で誰よりも偉いのですね。楽しそうでなによりです」
一瞬振り返ったイツキだが、表情を変えず立ち去って行く。残されたルーカスは、ククリールの言葉に再び興奮し、地面に頭を打ちつけるようにお礼を叫んでいた。
久しぶりのククリールとの学内デートは、少し緊張した空気のまま終わりを迎え、2人は午後の授業のために本館へと歩を進める。
ククリールは、キリヤナギがイツキへととった態度へ否定も肯定もしないまま、その表情もいつのまにか優しい顔へ戻っていた。
「怒らないんだね」
「何の話です?」
イツキを支持する事を話した時、キリヤナギはククリールへ理由を説明すべきか迷った。必ず聞かれるだろうと考えていたのに、彼女は隣を歩くだけで何も言わない。
「あの方のごっこ遊びにそこまで興味はないのだけど……」
「本当に?」
「今の生徒会は、蓋を開けてみるとルーカスこそ真っ当にもみえましたが、『貴族』としての在り方に拘るならホウセンカさんの主張もある程度は理解できます。その上で貴方にも考えがあるのでしょう?」
どきっと核心を突かれた気分になり、キリヤナギは思わず胸を押さえた。まるでイタズラが成功したような表情をする彼女に特別な感情を抱かずにはいられない。
「信頼しておりますわ」
嬉しくて目が合わせられない。
返事もできずにいる中、彼女はキリヤナギを置いて教室へと入っていってしまった。大学では関係性を隠すと決めているのがもどかしいままにキリヤナギは一日を終える。
*
次の日は早朝からツバメ・ツリフネの手伝いの為、キリヤナギも一限の時間から登校すると中庭にゴミ袋を持った生徒達が視界に入ってくる。
彼らは昨日のキリヤナギと同じく、ゴミ袋を持ち落ちている新聞紙やバトルを拾っていた。
「王子、きたか」
屋内テラスで合流したのは、1人待っていたアレックスだ。彼は今日、授業がないにも関わらず植え替えに参加すると言って現れた。
「昨日、何かしたようだな」
「何か? ゴミ拾いしかしてないけど……」
「なるほど」
外にも散らばった新聞紙を拾う生徒がいる。彼らのおかげで目に留まる新聞は殆ど片付けられ、以前のような美しい大学が戻ってきていた。
「私も少し拾っておいた」
「先輩も?!」
「王子にやらせてはおけないからな」
思わず言葉に迷うキリヤナギだが、納得もしてしまう。
王家の権威が薄れつつある現代においても、王家の存在を重んじる家系は少なからず存在し、その価値を損なってはならないと言う理念的な考えでもある。
具体的に言えば、この大学で掃除をすることは「この国の王子はその程度」とも言われ、王室を支持する生徒たちにとっては見過ごすことはできない。
「ククリール嬢と回っているのを見られていたぞ」
「うっ、恥ずかしい……」
「狙っていたわけじゃないのか?」
「これは想定外かな……。でも嬉しい」
「明日にはゴミも片付くだろう。温室にもそろそろ行くか?」
「うん。行こう」
2人は再び学内の隅にある温室へと向かった。その道中にもゴミを集める生徒達がいて手を振ってくれる中、花壇の前でしゃがみこむ生徒がいる。
温室の前で花壇の外に生えた雑草をむしっていたのは一昨日ぶりのタツヤだ。
「王子まじで来たじゃん」
「来たけど、ツリフネ先輩は?」
「植物の搬入作業にいってるぜ。もうすぐ戻ってくんじゃね。チアキとテツヤが手伝いにいってる」
話していると遠くからガラガラと土の上を転がるワゴンの音が聞こえてくる。
その音は徐々に大きくなり、振り返ると想像以上のものがそこにあった。
ツリフネの身長ほどある高い木がまるで壺の様な巨大な植木鉢へ植えられ、ワゴンに乗せられている。また更に後ろには、数段の棚をおすチアキとタツヤがいた。
「木?!」
「やっべー、ついに来たか」
「花だけじゃないのか!?」
「縛りないんすよねー」
「よっしゃお前らー! 昨日印つけた位置掘るぞー!」
「おー!」
「ぇえぇえ!!」
「確かに人手がいるな……」
植える場所は温室の中にあり、植木鉢の木は立札のある場所まで運ばれてゆく。まずはツバメが土の状態を確認し、タツヤとキリヤナギがスコップを差し込むと、まるで耕されたように土が柔らかく砕かれた氷のようにスコップが刺さる。
「ここ、前にも木が植えてあったんすよ」
「ま、俺らがミスって枯らしちゃったんすけど」
「違う、ソメイヨシノを植えてたんだ」
「サクラ……?」
「ソメイヨシノは、挿し木で植えるとおよそ50年で寿命を迎える。俺のじいちゃん、ツリフネ家が植えてやつだったし大団円だよ」
「へぇー……」
「しらないのか? サクラのくせに」
「し、知らなかった……。挿し木はしたことあるけど……」
「木の寿命までは私も知らなかったな」
「じゃあツリフネ先輩、その木は?」
「これか? これは俺がこの大学にきてからずーーーっと植えたかった木なんだ。ババアが他の貴族に申し訳ないとか言って、唯一嫌がってた木でもある」
「そんなに!?」
「俺が入学した頃は花壇しかなかったこのサークルだが、五年かけて育てて育てて、パンフレットにもなって、やっと植えさせてもらえる事になったんだ。あー、絶対可愛がるからな。こいつに出会うためにローズマリーまでいって選んでさ、今日やっとご対面だぜ。よろしくなぁぉあ!!」
「……よかったですね。ツバメさん、俺らも手伝います!!」
「うっるせー、桜すらまともに育てらんねー奴らに任せられっか!!」
「俺らの所為じゃないって言ったじゃないっすか!!」
思わず拍手をしてしまうキリヤナギに、アレックスは呆れていた。木に近づいてよくみるとそれはキリヤナギにとってもかなり馴染み深い木でもある。
「橘……」
「流石に知ってるか」
「知ってる、確かに首都じゃ殆どみないよね」
「おぅ、稀に金持ちの家に植えてあるぐらいだな」
橘は『タチバナ家』の由縁があり、『王の力』を持つ貴族の広い家にはまず植えられて居ない。
宮殿にも一本しか植えられておらず、見にゆく機会も殆ど無かった。
「果実が実る木は、管理に手間がかかるんだ。虫もつきやすい、お前ら覚悟しろよ!」
「はい。がんばります!!」
「触らせてくれないんじゃなかったんすね!」
ツバメ・ツリフネのウキウキした態度がとても清々しく見える。
彼は橘の木の葉を一枚一枚丁寧に見て虫がついていないか確認しているようだった。
嬉しそうな彼の傍で、キリヤナギは交代しながら掘り進め、休憩時間はポリポットの植物を植木への鉢植え替え作業を行って作業を進める。
夏も近い気候は、太陽の光だけでも気温が高く感じ、気がつけば全員がインナーのみになっていた。
「王子、水を買ってきたぞ」
「ありがとう……」
「お前ら授業は?」
「僕は二限からだから大丈夫」
「私も問題ない」
「案外体力あるんだな。見直したわ」
ツバメがタツヤへ目を向けると、チアキとバテて動かなくなっていた。藤の木の影ですずむ彼らをツバメは気にもせず作業を続ける。
「ツリフネ先輩もすごいね」
「慣れてるからな、でも俺ら4人じゃここまで早くできねー、助かるわ」
「こういう作業なら得意だから」
「ふーん。なら植え替え始めるか」
「はい」
ツバメ・ツリフネは、丁寧に植木鉢を倒し、キリヤナギに支えさせながら鉢を外してゆく。根鉢と穴の深さを確認し、肥料を撒きながら土を戻していった。
まだキリヤナギの背にも届かない小さな橘は、少し緊張しているような雰囲気があり思わずまじまじと見てしまう。
「大丈夫だぞぉ、俺が見てやるからなぁ……!」
「せ、先輩」
「まるで恋人だな……」
「やっと終わった」
「小さいのまだだろ、さっさとやるぞ」
「か、勘弁して下さい……」
人使いが荒いが、穴掘りよりも数倍楽でキリヤナギはリラックスしながら作業ができる。
「ツリフネ先輩は『タチバナ家』に興味ある?」
「当たり前だろうが、つーか原点はそこだ」
「原点??」
「ウェブでファンサイト作って情報集めてんだ。何年か前に本職が来てさ。アドバイスしてくれたんだよ。すげーだろ」
「本職??」
「どういう意味だ??」
ツリフネのデバイスには、『タチバナ』に関する情報がまとめられたサイトがあり、そのサイトはキリヤナギも検索で何度もヒットして見たことがあった。
しかし、ここの情報は殆どが合っているようで間違っていて、あくまでファン運営のものだと言う認識だったが、個人サイトの中ではかなり大きく見応えがある。
「ツリフネ先輩のサイト?!」
「そうだ! ここ以上に情報密度の高いサイトはないだろ?」
木ならまだしも、武道『タチバナ』のサイトはここしかなかった。掲示板もあり、議論された形跡やタチバナ本家や分家の職場まで追った履歴もある。
「ここに本職が来た?」
「5年前のこの俺の記事さ。【服従】が無敵すぎてどうしようもない、タチバナさん助けてほしいって切実な気持ちで書いたんだよ。そしたら、解答が来たんだ」
読んでみると、【服従】は命令に抵抗すると動けなくなる為、従うことが重要だと書かれている。一度命令に従い、脳が完遂したと解釈すれば解けると解説されていた。
コメントの書き込み主の名前は『黄色いみかん』と名乗っているのを見てキリヤナギは意表をつかれる。
タチバナの木は、ミカン科に属していて、黄色の果実をつけるからだ。
「ツリフネ先輩、僕サークルで『タチバナ』やってて」
「らしいな。でも負けてるんだろ。そんなん『タチバナ』じゃねーよ」
「そうじゃなくて……」
「その本家『タチバナ』がくるぞ」
アレックスのボヤキにツバメの目の色が変わった。彼はしばらく固まって30秒ほど意味がわからないと言う顔をしてキリヤナギを見る。
「は?」
「ジン・タチバナって言うんだけど、僕の幼馴染で護衛騎士だから……」
「うっそ、マジ??」
「うん、その『黄色いみかん』さん? 本物なら多分ジン……かな?」
「騎士なのは知ってっけどなんで大学くんの??」
「僕を迎えに……」
「ガーデニア大使館だろ? ほら、3年ぐらい前に外国に配属されたって」
「一昨年に転属になったんだ。今は宮殿にいて僕の親衛隊になってる。もし興味あるなら、会う?」
ツバメは、小さく震えていた。そして震えたままキリヤナギの両腕を掴む。
「お願いします!!」
膝をついて頭を下げられ、キリヤナギは釣られたように正座をしてしまった。
*210
空が淡く橙に輝く頃、自動車の行き交う車道に面した歩道にサーマントを下す1人の騎士が歩いていた。小さな手帳を見る彼は、ペンで書き込んだり、消しゴムで消したりしながら、向かいから歩いてくる人々や、段差などを綺麗に交わし信号は正しく止まる。
その軽やかな様子に目線を集めながら、歩いてゆく先は桜花大学だった。彼は大学が目の前に差し掛かった時、ようやく手帳を懐へしまいため息をつく。
「わかんねぇ……」
思わず口から出た言葉だが、間をおかず彼はスラックスのポケットの懐中時計で時間を確認していた。
グランジと2人で遊んでいるキリヤナギの時間割推理ゲームは、彼が2回生の頃に比べて格段に難易度が増している。
2回生の頃は、彼の登校時間と下校時間、時々立ち寄った時から休憩時間を割り出し、ジンもグランジもほぼ正解に近い時間割を割り出す事に成功していたが、今季のキリヤナギは、二回生の頃とほぼ同じように登校し、帰宅時間が時々ズレるだけでまだ殆んど割り出せてはいない。
春の初めの時期のわずかな情報と、ウェブひ公開されている3回生の時間割例を参考に推理するが、そもそも3回生で受講する授業はかなり減り、空き時間も多いことから履修していない授業の割り出しがかなり難しい。
また毎日早朝から登校していることで、単位を落とした授業も履修しなおしている可能性を考察にいれるが、それでは春の初めにお昼から通うわけがなく、混乱を極める。
今回はキリヤナギも参加し簡単には当てられないとも話していたが、本当にキリヤナギが勝ちそうで、グランジと二人で焦っていた。
そんなことを考え、3分ほど時間を置いたジンは、大学の閉校15分前にキリヤナギへとメッセージを飛ばす。
彼は大学の隅の温室にいるらしく、ジンは他の騎士へ頭を下げながら敷地の壁に沿って指定された場所を目指した。
キリヤナギがデバイスを確認しないときは、いつも足で探しておりジンももうある程度施設の場所は覚えているが、中庭の隅にある温室は遠目でしか見たことがなく、今日は初めて足を運ぶ。すると、温室前にはすでにキリヤナギがいて手を振ってくれた。
「ジン、お疲れ様」
「お待たせしました。待ちました?」
「ううん。それよりも来て」
腕をがっしりと掴まれ、ジンは温室へ引き込まれた。
美しく整えられた風景に目を奪われながら歩を進めてゆくと、藤の木の根本に座る数名の学生がいる。
その中の初めてみる学生の1人と目があってジンは全身がぞわぞわとした『何か』を感じた。彼はこちらを見失わないよう早足で歩いてきて、ジンをじっと何かを確認するように凝視する。
「銀目、茶髪、勲章はーー」
「す、すいません。今日はつけてなくて……」
「お名前は?」
「えっと……宮廷騎士団、ストレリチア隊所属のジン・タチバナです」
「マジじゃねーか! 貴方が黄色いみかんさん?」
「みかん??」
キリヤナギが、デバイスでウェブサイトを見せてきてジンは「え??」と声がおどける。
ハンドルネームとして使っていた「黄色いみかん」は、他のゲームで特定されないようこのサイトのみで使っていたものだったからだ。
「なっつかし……」
「このサイト、ツリフネ先輩が作ったんだって」
「マジ? 管理人さん??」
「はい! アドバイスありがとうございました! 貴方のアドバイスのおかげで俺は今こうしてここに居るんです!!」
「そんなに沢山書き込んでなかったですけど……」
「ほんっとう、救われたんです!! だから俺、この温室に橘を植えようってきめてて」
「橘の木って、首都だと人気ないから売ってないんじゃ?」
「ローズマリーまで行きました」
「マジ??」
「僕もツリフネ先輩と知り合ったばっかりだけど、『タチバナ』のファンみたいで」
「去年の集団戦の試合? 俺チケット取れて見てたんです。二丁めちゃくちゃかっこよかったですよ! もうやらないんすか!?」
「あれは、切り札って言うか禁じ手なんで……」
集団戦のタイラー戦で使った二丁目の銃は、タイラー前の直前に安全装置を外した状態で持ち運び、奥の手として忍ばせていた。
しかし、いつトリガーに布が引っかかるか不安ではあり、試合に集中できずパフォーマンスが下がった為、使うのはやめた。
「『タチバナ』なら、殿下がやってますけど……」
「僕のは真似事だから興味ないんだって……」
「えぇ……」
睨んでくるツバメにキリヤナギは苦笑する。
ジンはツバメがファンであるとわかった上で、一応は自分が時期タチバナ家当主である事を念頭におきつつ口を開いた。
「タチバナ家としては、興味もってもらって嬉しかったので、書き込ませてもらってました」
「この大学は学生が『王の力』を持ってるせいでみんな好き勝手やるんすよ。特に【服従】持ってるやつは傲慢で、掛かる前に逃げるしかなかったんですけど、あんたがそれをどうにかしてくれた。ありがとうございます」
「俺はそんなつもりもなかったですけど、対策できたならよかったです」
「へぇー」
「……ツリフネ組へ『王の力』が効かないと言う噂はそう言うことか」
「先輩も知らなかった?」
「触れたくなかったからな。探ってもよかったが後回しにしていた。まさか『タチバナ』を会得していたとは」
ツバメ・ツリフネは、ジンのまわりをぐるぐる周りノートにサインをねだっていた。ジンは、サインなど初めてでよく分からず縦書きで普通に名前を書いている。
「あのよかったら生で見せてくれませんか?」
「え?」
「映像でしかタチバナさんの動きを見た事ないので」
「良いですけど、どうしたらーー」
「僕が相手する?」
「殿下は、異能持ってないから意味なくないです?」
「私も今は無能力だからな……」
ツバメは何かを考える仕草を見せると、木陰で寛ぐタツヤへと目線を向けた。目があった3人組はさぁっと青ざめて木の裏へ隠れる。
「勘弁してください! ツバメさんも持ってるじゃないっすか!」
「俺のは喧嘩にどう使えばいいかわかんねぇし」
「あの人達は?」
「植物サークルの友達で、異能もってるから貴族?」
「あいつらは、俺に習って異能借りてきた平民」
「そうなんだ??」
「おう、だから取られたらめんどいんだよ」
『王の力』は、正規国民ならば平民への貸し出しもある程度許されており、建前上は誰でも使うことができる。
しかし、又貸しはできず、使用できる異能の種類が限られるのと騎士階級以上の人物からの保証人が必要で敷居が高い。また継続手続きも必要で、更に希望した異能の貸与を受けるためにも該当の領地へ自費で向かう必要があり平民で持っているものは珍しい。
「ババアがローズマリーの市場見てこいって言うから、俺の橘の木とコイツらの異能もついでに借りに行ったんだよ」
「ウィスタリアにも行ったけど、あこの騎士めちゃくちゃ怖くてさー」
「お使いだから交通費タダだぜ。楽しかったなー」
「【認識阻害】と【未来視】ですか?」
「うぉ! バレてる……なんで??」
「領地言ったらそりゃ……」
ジンは、タツヤも観察していて彼はみじろいでいた。ツバメもしばらくみて目線を逸らす。
「お、俺はわかります?」
「タツヤさんのは、まだわからないです。ノーヒントは唯の勘なので」
「つーか、俺もツバメさんも使ったらばれるんすけど……」
「それなら、【認識阻害】、【服従】、【細胞促進】で絞れますけど、まだ多くてわからないですね」
「【身体強化】も除外?」
「殿下の言う通り【身体強化】の可能性ありますけど、タツヤさんは細めなんで【身体強化】特有の筋力が強化されたような体付きではないし、運動が苦手なら【細胞促進】か【服従】? って考えてます」
「あ、当たってる……」
「すっげ、プロじゃないっすか……!」
ジンは、ツバメのガタイの良さから【身体強化】の可能性もみていたが、彼の異能は【細胞促進】であると話され、何故か当てた事にされていた。
ツバメ・ツリフネは、ジンへ当ててもらったと喜び、近くの鉢植えをもってくる。そこには、まだ芽が出たばかりの可愛らしい双葉が生えており綺麗な艶を放っていた。
「これ、今朝芽が出たんです。見ててください」
ツバメは、液体肥料が刺さる鉢植えに棒を一本据え、大きな手をそっと添える。するとまるで鉢が温められるように双葉が育ち、添えられた棒へと蔓を伸ばした。
絡まるように伸びてゆく蔓は、次第に大きな葉をつけてゆき、赤く鮮やかな朝顔が花開く。
「どうっすか! これ!」
「すごい……!」
「これは、……俺も初めて見ました」
「そうなんすか?」
「理論上は可能なんです。でも人間と植物じゃ細胞のプログラムが違うからできるようでできないって」
「それはわかります。俺も初めてやった時は枯らしてたし、でも丁寧にやったらちゃんと咲くことが分かって今では生育が遅めの奴に使ったりとか」
「へぇー、僕が見たのは何年か前、庭師の人が木の剪定を失敗して【細胞促進】貸してくれって話になったけど、初めてで力加減効かなくて、木を一本ダメにしてた時かな」
「木?!」
「大樹になったとか?」
「逆で、痩せ細って枯れたって……」
「木を成長させるための栄養や水分が土地に足りなかったんだ。本来なら時間をかけて吸い上げる養分を【細胞促進】で一気に吸い上げたらそうなる。このアサガオも肥料さしてるだろ」
「た、たしかに」
「綺麗に成長させる人、初めて見ました。騎士団に報告していいです?」
「え、マジっすか!! 照れちまう……」
「ツバメさんが宮廷庭師!?」
「そんな、ツバメさんが居なくなったら俺らどうなるんすか!」
「まだ行くとは言ってないだろ。まぁ考えるけどさ」
「そんなー!」
王宮の庭師は外部発注している事を、キリヤナギは何故か言えなかった。ジンは、できないとされていた事が実証された事を報告したかっただけで、スカウトのつもりではなく後悔する。
「殿下、そろそろ大学も閉まるし帰りません?」
「あ、帰る帰る」
「キリヤナギだっけ? 久しぶりに楽しかったわ、また連れてきてくれよ!」
「え?」
思わず振り返ってしまった。
ニコニコとするツバメは、3人の部員に青ざめながら見られているが、キリヤナギは名を呼ばれた事が嬉しくなる。
「わかった。また来るね、ツバメ先輩」
「おぅ!」
アレックスはその様子を見て笑っていた。
日が暮れゆく首都の片隅で、キリヤナギは宮殿に戻った際、セシル・ストレリチアに相談がある事を持ちかける。
ジンが連絡取るとセシルは残業の手を止め、早々にリビングまで足を運んだ。
「ご機嫌麗しゅう、殿下。お呼びに預かりセシル・ストレリチア。ここへ参りました」
「セスナ・ベルガモットもここへ」
「2人ともありがとう。少し相談したいことがあってーー…」
「なんなりと」
キリヤナギから口にされた言葉を、ジン、グランジ、セオの3人は黙って聞いていた。
その衝撃的な内容に、皆はかなり驚いたがセシルは、まるで周りを気にも留めないように笑みを見せ、必要な手続きのみを説明しその場を後にする。
*
次の日も、キリヤナギは早朝から大学へと登校していた。普段通り何も変わらず、掲示板をみてスケジュールを確認し、屋内テラスへと向かう。
その道中、二号館へと向かう渡り廊下にて、中庭でドッチボールをして遊ぶ学生達が目に入った。
しかし、そのゲームの様子がおかしい。
生徒同士が姿が見えなくなったり、ボールが避けようとする生徒をわかっていたように当てたり、回避して絶対に当たらない生徒や外さない生徒がいる。
楽しそうに声をかけながら、ボールも消えているその場へ、キリヤナギがゆっくりと歩み寄った。
「王子じゃん」
「おはよう。これは何をしてるの?」
「『王の力』ドッチ。かなり熱いんだ」
「へぇー」
【認識阻害】で消えた生徒に命中すれば、拍手が起こったり、【未来視】の生徒が回避すれば口笛が響く。
荷物を投げて乱入してくる生徒もいて、皆がとても楽しそうだった。
「王子もやる?」
「んー、僕はいいかな。と言うか、そんな風に使わないで欲しいから『返して』」
「え??」
「-桜花の王子、キリヤナギの名の下に……」
唱えられる言霊に、その場の全員が動きを止める。投げられて受け手を失ったボールが宙へ舞う中でキリヤナギはさらに続けた。
「貴殿らの異能を返却せよ!!-」
直後、その場にいた十数名の生徒達の『異能』が奪われ、天へと帰って行った。
*211
「王子、これはどういうことだよ!」
1日開けた金曜日の朝だった。
寝坊して朝食を取り損ねたキリヤナギは、セオが包んでくれたサンドイッチを頬張りつつ登校してきたヴァルサスと向かい合う。
まるで何かに駆られたように焦り、頬へ汗を流すヴァルサスは、校庭で配られていたらしい号外新聞を屋内テラスのテーブルへ叩きつけた。
その記事には「王子、強権を発動」とかかれ、およそ1日で30名以上の生徒から異能を奪ったと書かれている。
「別に返してもらっただけだよ?」
「『返してもらった』のレベルじゃねーだろ! こんなん大量の強奪だろうが!」
「なんでヴァルが怒ってるの?」
少し面倒な態度で返すキリヤナギへ、ヴァルサスの怒りは収まらない。
「変な事しねぇか見張るっていっただろ。すぐ辞めてみんなに返してやれよ!」
「返すって、元々は僕か父さんの力なのに……」
「それでも使ってるのは皆だろ?」
「僕のなんだけど……?」
「いつからそんな偉くなった??」
「元々?」
ヴァルサスは、唇を食いしばって睨む。
隣で叫ぶヴァルサスへうんざりしていたら、屋内テラスへアレックスも姿を見せる。
「叫び声が聞こえると思ったら、予想通りの反応をしているな。貴様は」
「あ”??」
「先輩、おはよ」
「ご機嫌よう。王子、やっと動いてくれて私も嬉しい」
「は?? どう言う意味だよ、アレックス」
アレックスもまた号外を手に持ち2人へと見せてくる。彼はとても楽しそうに続けた。
「この王子の行動は私が望んでいた事でもあるからな」
「なん……」
「先輩も? でも僕はやりたい事やってるだけだけどね」
「やりたい事が間違ってるだろ!」
「何が間違っている? 異能によって発生していたトラブルがあるのだから回収されるのは当たり前のことだ」
「トラブルじゃねえ、こいつは何も悪さもしない連中からも奪い取って無能力にしてんだ! 誇りだったのにって泣いてた奴もいる?」
「何の問題が?」
「は??」
「意味わかんない……」
泣かれたのは事実だった。
キリヤナギは昨日の朝から1人で大学を周り、『王の力』を使う生徒を見つけるたびに回収していたら、絶望したような顔をして泣き崩れた生徒もいたからだ。
そんな出来事もあり、授業を挟みつつほぼ休憩なしで回っていたら1日で30名前後の回収ができた。
回収した生徒はリスト化し、すでにノートの1ページを埋めていて、そのリストをみたヴァルサスがさらに絶句している。
「こんなに……、新聞部は正しいんだな」
「僕が直接話したし? 人数書きたいなら好きに描いていいよって」
「はぁ??」
「ヴァルが忖度いやがってたからね」
度し難いヴァルサスの表情へ、キリヤナギも顔を顰める。これ以上話しても埒が空かずキリヤナギは席を立つ事にした。
「じゃあ僕、用事あるから……」
「どこ行くんだよ」
「異能回収」
ヴァルサスは、条件反射のようにキリヤナギの腕を掴んできた。キリヤナギをまるで敵のように睨む目は、絶対に行かせないと言う強い意思を感じる。
「ヴァルはどうして僕を止めるの? 君は誰よりも異能による支配を嫌っていた筈だ」
「そうだよ。でもこれは間違ってる。いい方向に使ってる奴だっている! 前のハイドランジア会長だってそうだろ」
「シルフィは、そうだね。持ってるけど使ってるのは見たことないかな」
「回収するのは悪いやつだけでいいんだよ。悪用してる奴だけにしたらいい」
「ならヴァルは、僕に君の基準で相手を悪か正義かを決めて回収しろと言うのかい?」
「は……」
「この王家の力を、好き勝手に使う学生に対し、友達の君が、異能が必要かどうか決めるの?」
「そんなんじゃ……」
「ヴァルも大概『偉い』ね」
その皮肉に、ヴァルサスは黙ってはいられなかった。思わず手がでてキリヤナギは咄嗟に彼の右腕を掴む。
「王子は、話ができる奴だと思ってた」
「……!」
「でも最近は、何を話してるのかもわかんねぇ、何言ってんのかもわかんねぇ、結局王子も貴族なのかよ!!」
「ヴァルサーー…」
「そう、僕は貴族だ。僕は何も変わってない。もしそこに違いがあるならーー」
「……っ!」
「今が、本来の僕だよ」
「ちっ」
舌打ちと共に足が出てくるのをキリヤナギは一歩下がって回避した。そして、さらに殴りにくる彼の腕を掴み背負って投げる。
「くっそー……。見損なったよ」
「……」
「何が貴族だ。何が平民を守るだ。結局自分基準で、気に入らない奴を好きに利用してるだけじゃねーか」
「……好きに言えばいい。何を期待されていたかは分からないけど、唯一言えるのは、僕はヴァルの思い通りにはなれないってことかな」
「っ! もういい、お前なんて友達でもなんでもねぇ……」
「……!」
「もう来ない。じゃあな、王子様」
ヴァルサスは、荷物を掴み振り返ることなく出て行った。
キリヤナギは少しだけ呆然としていたが、アレックスに声をかけられ、ヴァルサスと入れ違いで入ってきた女子生徒3人組と対面する。
「あの、王子。突然きて、ごめんなさい。あの……」
「こんにちは、どうかした?」
「こんな事、無礼かもしれないんですが、話の友達が【細胞促進】を大切につかっていて、とてもいい子だったんです。でも昨日、たまたま王子に出会ってとられたって……」
アレックスが大きなため息をついている。キリヤナギは微笑のまま話を聞いていた。
「あの、悪い子じゃないんです! だから、もどしてあげてくれませんか!」
「そうか。悪い子じゃないなら良かった。それでその子がもってたなら、君達も持ってるのかな?」
「えーー…?」
「-桜花の王子、キリヤナギの名の下に……」
呆然としている生徒は、何を言われているのか分からない。
ここ数年の検証によると王族の言霊には、『王の力』を持つものに対して強力な支配権が存在し、その言葉が発されようとした時、聞かずにはいられなくなる現象が起こる。
本来の持ち主の言葉へ逆らえず、言葉を聞いた時点でその力は持ち主から離れる。
「貴殿らの異能を返却せよ!-」
「いやぁぁあ!!」
体から離れて行く力を、女子生徒達は見えなくなるまで追っていた。
そんな彼女達を蔑むように睨むアレックスへ、キリヤナギは小さく笑う。
「先輩もそんな顔するんだ?」
「私は王子の寛大さに感心しているぐらいだが、よく耐えられるな」
「あるのが当たり前だったら普通じゃない?」
「そうか、私もあんな顔をしていたんだな……」
キリヤナギは、「あ」と意表をつかれたように目を逸らす。
「そう言う意味じゃなかったけど……」
「これは続けるのか?」
「そのつもり」
「ならしばらく付き合おう、護衛がいるだろうからな」
「いるかな? でもありがとう」
キリヤナギはアレックスと共に午後になるまで異能の回収を行なっていた。
週末を挟むために出来るだけ沢山回収したいと学内を回る中、サークル棟へ向かう途中、およそ20名以上の生徒が人だかりを作って行手を塞ぐ。
その筆頭にいるのは、ツバサが立ち上げた『王の力』サークルの皆であり、部長のリク・アキノキの後ろには外部の生徒らしい人々が控えていた。
「アキノキ先輩、こんにちは」
「王子、ここにくると思っていました」
アキノキの率いる部員達は、皆顔見知りで『タチバナ軍』は、彼らに数ヶ月負け越している。
「今日どうしたの?」
「彼らから、王子に話をしたいことがあるので取り持って欲しいと頼まれました。我々も丁度話したいことがあってここへ」
「アキノキ先輩から? なんだろう?」
その場にはとても緊迫した空気が漂っていた。後ろの生徒はまるで陰に隠れるように戦々恐々と場を伺っている。
「単刀直入に言おう。我がサークルのOBツバサ・ハイドランジアの意志のもと、王子、またはオウカ家よりお借りしている『王の力』を返却したい」
「はーー…」
一番驚いているのは、後ろの生徒達だった。キリヤナギも意表をつかれ「え?」と戯けた声がでる。
「我々のこの能力は、あくまで王家より借り受けたもの、王子が回収するのであれば返却するのが当然だと考えています」
「……それは、ツバサ兄さんの意思?」
「初めはそうでした。でも、冷静に考えれば当たり前です。『王の力』は国を守るべきもので、学生の力ではない」
部長の彼は、模造刀を床へ置き膝をつく。サークルメンバーの皆が続いている様子に後ろの生徒は絶句していた。
「今までお貸しいただきありがとうございました。心からの敬意を、また『王の力』を持って互角に戦えた事はとても光栄でした」
「……」
目をつむり言霊待つ生徒へ、キリヤナギはツバサへ思いを馳せずには居られない。ツバサはきちんと『王の力』を持つ覚悟を教えていたのだ。
この力は借り物であり、自分の力ではないことを、リーダーとして共に戦う学生達へと教えていた。
昔から全ての上を行く兄であったが、ここでもまた「勝てない」と感じる。
「こんな敬意払われたら、奪取できないな」
「はい?」
「君達はこの力を大切に運用してくれてる、返してもらう理由がないよ。その気にさせてごめんね」
「いえ、その、私たちは、返却をーー」
「僕の気分だから、気にしないで」
「は……」
「でも後ろの人たちからは、返してもらおうかな?」
「ひっ、」と声を上げ逃げようと足をもつれさせた生徒達をキリヤナギは見据える。
「ここで叫べば、こちらのサークルにも影響が出ないか?」
「大丈夫」
奪取の力は、意識を向けた相手が声を聞く事で発動する。この曖昧な「意識を向けた相手」を限定する為、本来なら剣や模造刀で指す事で他に向かないようにするが、生まれてからずっと使ってきたキリヤナギには、既に必要もなかった。
逃げ出した生徒達を見据え、キリヤナギはその日出会った『王の力』サークルの彼らを除いた全ての能力者から異能を回収していた。
二日間が一瞬で過ぎ、王宮へ戻ってきたキリヤナギは、リビングにてセシルに頼まれていた回収した生徒の名簿をジンへ渡す。
「多っ?!」
「すごいよね」
セシル・ストレリチアは、キリヤナギへ異能を回収の際にその人物の名前と性別をリスト化して欲しいと頼んでいた。
これまでは安易に奪取すると、ストレリチア隊の仕事が増える為に控えていたが、聞いてみるとリスト化さえ出来れば、あとは数え直すだけでいいので手間は少ないと言われ、全て控えることにしたのだ。
しかし、キリヤナギが想定していた以上に異能力者が多く存在し、いくら回収しても終わりが見えない。
「こんなに居るんすか……」
「ドン引きだよねー。返してもらった生徒から『戻して』って言われて意味わかんない」
「戻して???」
「……多分返して欲しい? のだろうけど、できないし、そもそもオウカ家のだって……」
「学生の管理の杜撰さが露呈しておりますね。目に余っておりますから全回収でいいのでは?」
セオの言葉が辛辣に響くが、彼の言葉は正解でもあった。
『王の力』のプロとして育てられる騎士は、その異能はあくまで借り物であり敬意を払うべきであると教育されるが、貴族や学生、平民は、貸与の際に返却方法を教わる程度で「貸し出されている物」と言う意識が薄い。よって私物化が起こり学生が学生を支配すると言う環境ができる。
「なんかめちゃくちゃ反発されてさぁ、ヴァルには絶交されたし」
「マジ??」
「うん……」
少し目線が下を向くキリヤナギは、下校時から元気がなかった。ジンは触れないようにしていたが、「絶交」されたのなら納得もできる。
「ヴァルサスさんって、貴族にもある程度理解ありましたよね」
「あると思ってたけど、最近はちゃんと話せてなかったと思う。僕は信頼してたから、理解も求めてなかったんだけど……」
話す必要がないほど信頼関係があると考えていた。しかし、ヴァルサスにとってはそうではなく、言葉にはできない複雑さがある。
「全部説明しないとダメだったのかな……」
「どうなんすかね……」
リビングのテーブルに座るグランジは、セオが剥いたおやつのリンゴを黙々と食べている。
キリヤナギは、グランジとジンが話しているのをあまり見たことがないが、この2人は、どちらもキリヤナギよりも信頼があって少し悔しくもあった。
あまりにも会話の少ない2人の信頼は、どこで根付いたのかわからず羨ましい。
キリヤナギから目線を向けられているグランジは首を傾げ、ジンに「聞いていなかった」と目で訴えている。
「ヴァルサスさんに絶交されたって」
グランジは、しばらく何も答えなかった。そして、口の中のものを飲み込んでから話す。
「その言葉を、簡単に口にする奴は信頼ができない」
「……!」
キリヤナギは、胸へまるで矢のような物が突き刺さる感覚を得た。グランジの言葉は、決してキリヤナギに向けられたものでない。しかし「そうではない」と否定したくなる気分に陥る。
「でも、感情のまま失言しちゃうことってあるんじゃ?」
「ジンがそれ言う?」
「セオ、わかんねぇけどさ……」
「……」
ヴァルサスの言葉を受け入れられていないのは、自身の未熟さだとキリヤナギはわかっていた。
改革を行う為の痛みは、必ず周りへ跳ね返り、その恩恵に預かっていた誰かが犠牲になる。アレックスやツバサは割り切り、その全てを受け入れていたが、キリヤナギはまだ気持ちの整理ができていなかった。
「これは続けるんですか?」
「続ける。決めたし、僕しかできないから」
「応援しております。桜花大学の生徒の異能問題は長く黙認されていた事ですから」
「根深いっすね……」
かつては必要とされたのだ。
使って欲しいと願われた貴族が人々に許されルールが変わった。しかし今はもう世代が変わりキリヤナギは不要だと考えている。
「土日、何かあったっけ?」
「スケジュールお持ちしますね」
初夏は催事も少ないが、公務は普段通りにあって忙しく殆ど休めないままに週末は終わってゆく。
*
一限の無い週明けもキリヤナギは朝から登校するが、その日から生徒達のキリヤナギを見る目は少し変わっていた。
怖いものを見るような、申し訳無さそうに礼をしてくる生徒もおり、納得もすれば感心もする。
「王子」
歩いていたら、声をかけられて振り返った。話したことのない名前も知らない生徒だ。
「おはよう」
「おはよう。あのさ、『王の力』回収してるんだろ」
「え、うん」
「返すよ。【身体強化】借りてんだ。仲間を守るために持ってたけど、最近使ってなかったしさ」
「どうして?」
「え?? まぁ、王子が全部回収してくれんなら、要らないだろ……」
「……僕、全部は回収するつもりはないんだ。独断できめてるだけで」
「そうなのか?? てっきりーー」
「抑止力として持ってるなら別にいいかなって」
「はぁ!?」
声を上げたのは、横で聞いていた生徒だった。女性の彼女は、あえて皆に聞こえるよう声を張り上げて叫ぶ。
「じゃあ何? 何もかも王子の気分??」
「そうだけど、悪い?」
「陛下の命令とかじゃないのか?」
「うん」
ざわついている空気に、キリヤナギは表情すらも変えない。新聞が事実だと知れた事が皆には衝撃的に映ったようだった。
キリヤナギは、そんな生徒を無視して目の前の彼に向き合う。
「どうしても返したいって言うなら、回収するけど」
「いや、その……それなら、王子が、一区切りついたらでいいか?」
「わかった。宮殿に連絡くれたら対応するしまた言ってね」
「待てよ! なんでこんな事するんだよ!」
何ごともなかったように立ち去ろうとするキリヤナギだが、皆の目線が向いていることに気づき足を止めた。
「なんでって言われても、具体的な理由はないかな。でも強いて言うなら、『貴族に苦しめられる生徒』を助けるホウセンカ君の後押しがしたいと思ったのはある」
「ホウセンカ……!?」
「彼は僕の支持者だ。わざわざ僕の元へ来て僕の後継になりたいとも言ってくれるほどにね。そこで僕は彼が本当に善良な貴族なのか調べた」
「……」
「彼の行動に間違いはない。本来なら何の権力もない筈の学生貴族がここまで傲慢になったのは紛れもなくこの『異能』のせいだ。僕はホウセンカ君の行動が無駄にならないよう、この大学で異能を持つべき人たちは選ばなければならないと思ったんだよ」
生徒達が凍りついた。引き留めた女子生徒は絶句し、登校してきた全ての生徒達は足を止める。
「ホウセンカ君は、この大学を本当の意味で平和にしてくれる。だからみんな異能なんてなくても安心して学べるようになるし期待しててね」
誰も王子の言葉に異論を唱えられず、無言で立ち去る彼を見送っていた。
*
「上手いな」
午後に突然出された号外の記事を見て、アレックスが感嘆する。月曜日の今日はククリールもいてキリヤナギは少し上の空だった。
「王子らしいお手前ですね」
「クク、それ褒めてるの?」
「そのつもりですけど……」
自身を王子の後継だと言うイツキ・ホウセンカは、これまで正義の貴族として振る舞い平民を利用していたが、キリヤナギがその立ち回りを逆手にとり、異能の回収を行う事でイツキがキリヤナギの異能回収を容認しているように比喩したのだ。
この事により、王子が生徒たちから強引に異能の回収を始めたのはイツキ・ホウセンカの指示であると憶測される可能性を秘めている。
「僕は嘘ついてないよ」
「そうだな。異能の回収は、この大学に最も必要な改革でもある。王子を支持する生徒は返却にきているからな」
「まぁ、その人達は回収しないんだけどね」
「王子に認められたものだけが異能を持てる社会か、実に美しい」
「選民思想に近いですが、いい薬になるでしょう」
「生徒会長ならできなかっただろう。王子に許された『王の力』を持つ王子の派閥ができるな」
「派閥はいいかな。好きにしてるだけだし」
「何もしなくてもできるさ。そのうちな」
念を押すアレックスにキリヤナギは目を逸らしていた。
三限を控えるキリヤナギは、早々に昼食を済まそうとお弁当へ手をつけるが、入り口の方から騒がしい足音が聞こえてくる。走ってきた彼は、扉を勢いよく開け放って叫んだ。
「王子、貴方はなんて事を……!」
「ホウセンカ君。こんにちは」
「くっ」
走ってきた彼は息を切らし、キリヤナギを睨みつけている。後ろには彼に問い詰めにきたらしい生徒が大勢いた。
「僕は、王子がこんなことをするのを想定して支持していたわけじゃない!」
「こんな事? 僕は何も変わらないよ」
「なっ……」
「前々から無い方がいいって思ってたし、この異能に困ってる生徒は沢山いたからね。ホウセンカ君の仕事を減らすためにも『異能』はない方がいいって結論に至った」
「それなら何故、全員から回収しない! 公平ではないじゃないか!」
「オウカ家の力を持つ人物を、僕が選んで何が悪い? 言ったじゃないか、ホウセンカ君には感心してるって。僕は君が守る生徒の為に行動しているに過ぎない。この力の支配を拒む彼らが、恐怖に怯えないよう人を選んでるんだよ」
「……っ!」
後ろの生徒がざわつき、イツキ・ホウセンカは明らかに動揺していた。王子は堂々とイツキの『手助け』をしている、つまり、イツキ・ホウセンカの意思を汲み取った上での行動だと明言したのだ。
「詭弁だ。これは王子が勝手にやってる事で、私は関係ない!」
「君に助けられた生徒達は、みな貴族を怖がっていた。怖がられても生徒を助けるホウセンカ君に、僕もしっかりしなきゃって思ったかな」
「嘘だ!!」
「ひどくない?」
必死に後ろの生徒を説き伏せようとするイツキは、話せば話すほど距離を置かれていた。
徐々に収集がつかなくなるその場で、生徒達に道を開けられながら現れた1人の女子生徒がいる。
「ごめんなさい。少し王子と話しがしたいのです」
「シルフィ……!」
現れたのは、長い金髪を下ろしたシルフィ・ハイドランジア。ハイドランジア公爵家の長女で、去年生徒会長を務めたキリヤナギのいとこだ。
「ごめんなさい。王子、少し耳障りかも知れませんが、聞いてくださいな」
「……いいけど」
「今の王子の行いはとても素晴らしいと私は思います。かつてお兄様が行おうとし、なし得なかった本当の意味での公平への課程でしょう。ですが、あまりにも突然すぎます」
「……」
「皆、怖がっているではないですか。当たり前の物が突然奪われ、喪失感を感じてしまった生徒もいるでしょう。改革は、生徒会を通して緩やかに行うべきです。たとえその自分の世代でできなくても、貴方の意志を注いだホウセンカさんのような方がやってくれる。だから、今は落ち着きその手を止めて話し合えませんか? 王子」
ククリールは、シルフィへ見向きもしなかった。呆れたため息を落とし、うんざりしているように見える。
「確かに、ホウセンカ君ならやってくれそうだね……」
え? とアレックスとククリールが顔を上げ、シルフィの表情が明るくなる。
その場の誰もが、親戚となるハイドランジア公爵家の言葉に納得したように見えほっとしていた。が、
「でも、シルフィ。『王の力』の回収ができるのは、この大学で僕だけなんだよ」
「……っ!」
「僕にしかできない。だから後の彼らの為にも、僕は続ける」
「……王子!」
「-桜花の王子、キリヤナギの名の下に……」
生徒達が走って逃げ出し、将棋倒しが起こる。キリヤナギは構わず続けた。
「貴殿らの異能を返却せよ!!-」
シルフィを含めた、他の生徒達の異能が一気に回収され、皆が阿鼻叫喚する。
警護にまわっていた騎士達も倒れた生徒達が駆けつける中、イツキ・ホウセンカのみが回収されず愕然としていた。
「ホウセンカ君。君には期待してる」
呆けているイツキを置き、キリヤナギもパニックになった生徒やシルフィの救護に入り、倒れた生徒の皆を医務室へと連れて行った。
あわや事故になりかけた事でキリヤナギも指導室へと呼び出され、「回収は構わないが穏便に」とだけ釘を刺されて返された。
そもそも不可抗力で納得もいかないが、派手にした自覚はあったため反省していた。
*
「大学で派手にやっているそうだな」
王宮へと帰宅したその日、夕食の席で突然発された父の言葉だった。
連絡が行くとは聞いており、セオ辺りから話されると想定していたが、まさか父から発されるとは思わず、キリヤナギは「うっ」と、えづいてしまう。
厳しい目で睨んでくる父は、その瞳の奥へ不安も見え隠れし、父シダレなりの心配であると理解するが、向かいの母はすまし顔で聞いているのか、いないのかわからない。
この態度の母ヒイラギは、叱るべきか黙認すべきか決めかねていて、言動によっては強烈に相手を攻め立ててくる。
その相手が父かキリヤナギかは、内容によって代わり息が詰まるような緊張があった。しかし嘘を言っても意味はなく、事実を話すべきだと考えていると父シダレの方から口を開く。
「学生の異能を回収しているのは何故だ?」
「……桜花大学は今、生徒が生徒を支配すると言う本来あってはならない環境になっていて、平民生徒達が貴族の支配下でなければ安全に勉学に励めず、それならもう回収してしまおうかと……」
「……! そうか。異能を持つ生徒は居るだけでトラブルを防げると考えていたが……」
「正しく運用する生徒もいますが、全員とはゆかず、三日間で既に60名近く回収しているので自衛だけでなく殆ど私欲で、本来の運用がされていないと判断しました」
「……」
「シルフィの異能も回収したと聞きましたが……?」
「シルフィは僕を止めにきましたが、彼女の言葉は僕には響かなかった。回収は僕にしかできない事だからです」
「そうか。確かに『我が力』は、使い方を間違えれば重大な事故につながるものも多くある。昨年度の体育大会でのツバサの暴走を見て以来、私も懸念をしていた所だ」
「父さんも……?」
向かいのヒイラギは、鋭い目でシダレを睨んでいた。キリヤナギは何も言えなくなり、首を絞められているような気分になる。
シダレは、そんなヒイラギの感情を察しツバサに対しての言及は控えた。
「あぁ、だがルールの改正には数年かかる。キリの在学中には無理だろう。理由は理解したが、程々にな」
「す、すみません」
人を選んでいる事は聞かれず、キリヤナギはほっと肩を撫で下ろしていた。しかし、大学で指導室に呼び出しともなれば、家庭へ連絡へゆくと分かり情けなくも思う。
気疲れした中で、ジンと共にリビングへと戻るとセオがお茶を入れて待っていた。
「叱られました?」
「叱られてないし、理由聞かれただけだし、」
「私の父が、久しぶりに焦ってましたがそれならよかったです」
「焦る?」
「元々心配性なので」
王室周りの事務を総括するセオの父サーシェスには、大学からの連絡など真っ先に話が行くため伝わったのは想像には容易いが、彼ら使用人にとっては「王子が呼び出された」こと自体が、何かしらの不安要素になる。
「何か問題起こってる?」
「伯爵家からは、問い合わせも来ているようですがそのぐらいですね。圧力をかかるならやはり週刊誌でしょうが、週刊誌もまた王宮を叩く為に大学の異能問題を取り上げた事例がありますので大々的にはできないでしょう」
「かわいそう」
「さ、策士……」
ジンが調べると、丁度キリヤナギの入学へ合わせた時期に取り上げられて、大学の問題点を羅列され王家にはその責任があると好き勝手かかれていた。
休学時も責任を放棄したように書かれおり、言葉にできない面白さが込み上げてくる。
「ヴァルサスさんとは……?」
「わかんない。テキストグループ抜けちゃったし……気にしないようにしてる」
「……そうっすか」
「ジンは連絡とってる?」
「先週ぐらいまでは、『タチバナ』の指導できる日とか聞かれてましたけど、俺もなかなかタイミングがあわなくて」
ジンは、ストレリチア隊へ正式に加入した事で、事務室では隊の仕事もやるようになっていた。
副隊長に当たるセスナ・ベルガモット隊では、主に異能の数を数える事を業務としており、毎月各領地から送られてくる膨大な異能の貸与状況をチェックしていて、ジンはこの業務関係から、キリヤナギが回収した異能の数え直しを任されていた。
具体的な作業は、据え置きの端末から生徒をデータベースから呼び出して奪取を行った事とまた貸主の異能の貸与個数が一つ減った事を記録するが、専用のデータベースがかなり便利に作られており、項目を『奪取』へ切り替えるだけで、自動で貸主も減りとても助かっている。
またこの作業の手軽さから、ストレリチア隊があらゆる面で雑用をしている理由も理解した。
「数えるのジンがやってるんだよね? 大変?」
「クリックしてるだけなので、特には?」
「クリックだけ?」
「ジンは訓練に行ってるだけですよ」
「挑戦者多いんです」
「……ほんと好きだよね」
呆れたキリヤナギの言葉にジンは困っている。
宮廷騎士団でもストレリチア隊は、他の隊よりも業務が『軽く』時間があるとも噂されていて、その隊へジンが所属したとし知れば、異能使いとして実力を試したい能力者が殺到するのは目に見えていたからだ。
ジンは戦う事はかなり好きで、他にも「見たい」ものもあるらしく断らず受けている。
「前言ってたのは見えた?」
「それが、全然……、フュリクス君の時が最後ですね」
キリヤナギは半信半疑だが「遅く」見えた事実を聞いていた。ジンの説明がかなり抽象的で全くわからないが、ジンがもう一度観たいというその景色には少し興味がある。
「よくわからないけど、頑張って」
「え、は、はい」
話していたら「タチバナ軍」の事を思い出し、キリヤナギは徐にデバイスを立ち上げた。
ヴァルサスは、キリヤナギ、アレックス
、ククリールのいた4人のグループからは抜け『タチバナ軍』のグループのみ残って居る。
明日は集合日だが、顔を合わせるべきかとても悩んでいた。
「明日サークル日だけど、どうしよう」
「『タチバナ軍』? 部長は確かヴァルサスさんですよね?」
「うん。……僕行っていいのかな?」
「話したいなら行っていいと思いますけど」
何を話せばいいのか、今は思いつかなかった。
キリヤナギの行動がヴァルサスの考えと真逆なら会話は否定のみで、どちらかが折れるまでそれは終わらない。
キリヤナギは、お互いに受け入れられないことがあっても友達でいられると思っていた。
それは『学生』を演じるキリヤナギではなく、本来の『貴族』のキリヤナギでも友達で居たいと思ったからだ。
キリヤナギは、「タチバナ軍」のテキストグループへしばらく見ていると、いつの間にかテキストの入力欄の色が変わり書き込めなくなっている。
いくら押しても反応せず、首を傾げているとジンが興味深くこちらみていた。
「どうかしました?」
「……わかんない。明日先輩に聞いてみる」
「……?」
よく分からないまま、キリヤナギは次の日も朝から登校する。
*
よく眠れて体調は万全だったが、送ってくれたグランジと別れると何故か一気に緊張がほぐれてゆく。
ぼーっと掲示板をみて、その日は平常通り授業がある事を確認していると、その後ろからゆっくりと近づいてくる影があった。掲示板には、テスト期間のスケジュールや夏季休講、成績配布の時期などがかかれ、キリヤナギがデバイスでメモをする。
近づいてくる生徒は、無防備にデバイスをいじる王子を狙い、気づかれないよう木製の野球用のバットを携えていた。
その様子に周りの生徒達は止めるか止めないかをひそひそ声で相談する中、キリヤナギは今だにデバイスを見ていて気付いた様子はない。
バットを持つ生徒は必死だった。
王子さえ居なければ、異能が取られることはなく再び平和が訪れると。
当たらなくても、また大学へ来なくなればそれでいいと。
そしてそれが実現できれば、自身は英雄になれる。そう信じていた。
その考えに至ったのは、絵に描いたような学生生活を送る王子が羨ましく、また憎くて仕方がなく、大学のコミュニティサイトで王子の行動の全てに批評を行っていたことから始まる。
誰も見ないと思い、好きに書いていた自分だけの日記だった。批判ばかりされていたその文面は、王子が異能回収へ動いた事でまるで掌を返したように絶賛されるようになり、初めて自分の価値を見出せたように思えた。
自身は正しく、王子が間違っている。
彼は居ない方が良かった。
ならいっそ消してやればいいと、生徒は踏み込んでゆく。
完全に気が抜けていたキリヤナギは、後ろの生徒の足音に気づいて振り返るが、目前に迫ったバットは無慈悲にも振り下ろされ、鈍い音が響き渡った。