朝の日差しがガラス越しに降り注ぐ空間は、外の庭園にはなかった植物が植えられていて多くの緑に染まっていた。
水も通されていた屋内庭園には、水草なども栽培されていて、小さな池には金魚などの淡水魚が泳いでいる。
見たことのない、まるで別の世界へ来たようなそこへ三人は一歩踏み入れた瞬間から見入り、しばらく動けずにいた。
「どこここ?」
「大学だぞ」
「温室ってレベルじゃねーだろ。なんつーかもう庭園じゃん」
「誇るだけはあるな」
歩を進めて行くたびに風景は変わり、雛壇には生育途中の苗木や芽の出ていない鉢などもあって興味深い。
最奥には、大きな東屋があって藤の木が支えられるように伸びていた。そして、その東屋の奥にはカフェテラスのような場所があり、人の影を見た。
長椅子の肘掛けに足を乗せる彼は、男性にしてはセミロングほどの長い髪をハーフアップにして、無防備に昼寝をしている。
余裕のあるジャージは泥だらけで、脇には新たに耕されたのだろうと思われる花壇があった。
キリヤナギは、眠っているようにも見える彼を見た後、アレックスを見る。アレックスはうなづき、彼がツバメ・ツリフネだとわかった。
「起こすの申し訳ないな……」
「そこ気にするとこか?」
キリヤナギも、起こされるのは好きではない。二人が急かす中、キリヤナギは藤の木を潜って歩を進める。
「何しにきた?」
突然発された言葉へ、思わず足を止める。ツバメ・ツリフネは、重そうな体を起こしゆっくりとこちらを向いた。
「マグノリアか」
「ご存知とは、光栄だ」
「こんにちは。ツリフネ先輩」
ツバメ・ツリフネは4回生だ。年齢も高く学生とは思えない雰囲気を纏っている。
「真ん中はどっかで見た事ある顔だけど、左は誰だ?」
「アゼリアだよ。ヴァルサス・アゼリア。騎士貴族」
「ふーん、わざわざ名乗るってびびってんの? 俺は肩書きなんて気にしないぜ。どうでもいい」
「無礼だな、ここにいるのはーー」
アレックスが話そうとした言葉を、キリヤナギは止めた。
「ツリフネ先輩は、ここがお気に入りの場所?」
「あ”? 自分のサークルの部室にいて悪いか?」
「サークル?」
「植物愛好会だよ。俺のサークル」
「え、じゃあここツリフネ先輩が?」
「そうだよ。ついでにうちのババアのコレクションの面倒みてんだ。ーーっとに、次から次へと新しいの買ってくるし、おっつかねぇ……」
理事長をババア呼びしている事にアレックスは絶句していた。よく見ると耕された花壇の周りには、植え替えが終わっていない植物が沢山並んでいる。
「よかったら手伝う?」
「あ”、マジ?」
「はぁ?! 話にしに来たんじゃねーのかよ!」
「大変そうだし……」
「お前、授業は?」
「僕は二限からだから、一応は時間あって……」
ツバメは、大量に並ぶ鉢と三人をしばらくみて口を開いた。
「まぁいいか。部員は午後からしかこねーしな。その騎士貴族はダメにしそうだから帰れ、マグノリアは許す」
「は??」
「まぁまぁ、ヴァルは見てて」
「何故私が入ってるんだ?」
ツバメは、物置棚から軍手と小さめのスコップを持ってきた。自身も大きめのスコップを肩にのせ、まるで指導するように告げる。
「いいか。植物はデリケートだ。女を触るように優しく丁寧にやれ、葉が少しでも切れたら追い出すからな」
「わ、わかった」
「こいつらはここにきて一週間。やっと環境に慣れたとこだが、ポリポットのままだと生育に限界がある。この花壇に植え替えるぞ」
「はいっ」
「載せられてないか??」
ツバメは、キリヤナギとアレックスに植物の植え替えの手順をみせ、自分も作業を始める。
キリヤナギもまた、繊細な根を傷つけないよう、軍手で丁寧に土を払い、肥料を混ぜながら植えていった。
「これ、札が見当たらないけどなんて言う植物?」
「俺が知るか、ババアが札をなくしやがって、咲かないとわかんねぇ」
「咲いた状態で買うのが花ではないのか?」
「そうだよ! でも直接市場で仕入れたらこうなる」
「な、なるほど……」
ヴァルサスは一人ガーデンチェアでデバイスを触っている。気にしている様子は見えずキリヤナギは安心していた。
作業は少しづつ進み、全て植え替えだところでほっと息をつく。
「なかなか骨が折れるな」
「大変だったけど、かわいいね」
「苗で言うやつは初めてだわ」
「え??」
「まぁいい。助かった」
ツバメはスコップを投げ出し、再びガーデンチェアへと寝転んでしまった。新聞部から聞いていた彼のイメージとは真逆でキリヤナギはしばらく呆然と眺める。
「話すんじゃないのか?」
アレックスに言われ、キリヤナギはもう一度彼の前へ歩を進めた。
「あの、ツリフネ先輩の仲間が平民生徒をいじめてたって新聞記事になってて何かしらない?」
ツリフネの目つきが変わり、ヴァルサスがギョッとする。彼は体を起こしつつ、手元の水を飲んで口を開いた。
「さぁ、俺はしらないな」
「本当か?」
「ま、うちの部員は派手なやつ多いし? 歩いてたら分かるだろうよ」
「そっか……ホウセンカ君の事は知ってる?」
「ホウセンカ? あぁ、最近うちの部員とよく絡んでるみたいだが、俺はしらねぇ」
「そっか、先輩ありがとう。植え替え楽しかったから、また手伝いにきていい?」
「はぁ? 面倒じゃねーの?」
「こう言うの嫌いじゃなくて」
「ふーん」
ツバメは、しばらくキリヤナギを見て再びチェアへと身を預ける。
「なら次は水曜日に新しい奴が来る。やりたいなら同じ時間に来いよ」
「明後日だね、わかった」
ツバメ・ツリフネは見送らず、三人は何ごともなかったかのように庭園を後にする。最後まで名乗らなかったキリヤナギへ、横の二人は不満そうにしていた。
「名乗ればもう少し情報を引き出せたものを……」
「多分それだと庇われると思ってね」
「つーかもう庇われてるだろ、ホウセンカ知ってたし」
「生徒会なら名前ぐらいわかるんじゃない?」
「生徒会に興味があるなら、王子を知らないわけがない。ホウセンカを知る時点でグルの可能性がある」
「僕の事はわかってそうな雰囲気だったけど……あと不良ってイメージもなんか違ったし」
「それは同感だ。疑われているとわかった時点で何かしてくるかと思っていたが……」
ツリフネとの会話に違和感はなかった。貴族だとも聞いていたが、嘘をついている気配はなく、堅実さすら感じたほどでもある。
「ツリフネ先輩、僕が初めて出会うタイプの貴族かもしれない」
「本来の貴族は不良など相手にしないからだろう?」
彼らの関係性がキリヤナギは興味深くて仕方がなかった。
ツバメ・ツリフネとの対面の後、三人はその道中で、大学の隅に溜まる大量の新聞紙が目に入る。
故意に集められた様子がなく見にゆくと、新聞部が連日ばら撒いた号外だと気づいた。
「こんなに溜まってるんだ」
「最近はゴミ箱も常に一杯だからな。捨てる場所が無くなっているのだろう」
「……まだ時間あるよね」
「片付けんの? 生徒会の仕事だろ?」
「今の生徒会忙しそうだし?」
「はは、それはそうだな。どれ事務所で袋をもらって来よう」
「先輩ありがとう。ヴァルは先に教室いってて」
「俺だけサボれるかよ。しゃあねぇな」
「ありがとう」
三人は、時間ギリギリまで新聞ゴミを拾い小さく圧縮して片付けていた。
*
4回生のルーカスは、月曜日。自身の研究室の課題提出の為、数日ぶりに大学へと登校していた。
水曜日に開かれる生徒会の会議にて、役員達は会長の処遇を決めると言うが、参考人としてイツキ・ホウセンカのみが出席を認められていて複雑な心境を得る。
ルーカスは、生徒会へ言いたいことがある訳ではない。生徒会長として管理を怠ったことは認めるが、実行犯として断定されることは不本意でもあるからだ。
理性的な結論が出ることを祈る中、廊下の先から歩いてくる貴族がいる。彼はルーカスをみるなり「ふっ」と鼻で笑って見せた。
「ダリア会長。おはようございます」
「ホウセンカ……」
「資金の横領、まだ認めませんか?」
「それは私の所為ではない。ホウセンカこそ冷静になれ。私を辞めさせても生徒会へ汚点が残るだけだぞ?」
「すでに汚点になってますよ。やはり平民、地位を得ればすぐに本性を現す……」
「なんだと……」
「冷静になるのはどっちかな? ダリア会長こそ、釈明文でも早く考えてはどうです? 発表次第では、案外みんな許してくれるかもしれないよ」
ルーカス・ダリアは、手が出そうになるのをグッとこらえ、イツキ・ホウセンカを睨んだ。
彼は遠回しだが「認めれば生徒会へ残してやる」と言っている。
「私は、横領などしていない。ホウセンカ、それがお前の本性なのか?」
「本性? 何の話かな?」
「目的はなんだ? 私を下ろして何がしたい?」
「別に何も? 強いて言うならこの学校の生徒会が、遊びのように運用されるのは勿体ないとおもった、かな?」
ゾクリとルーカスの中へ悪寒が走った。そして、対等に会話してくれたキリヤナギとアレックスの言葉が脳裏へと浮かぶ。
貴族は本来、平民の言葉へ耳を貸すことはない。
社会を俯瞰してみる貴族からみれば、平民の問題など小さなトラブルに過ぎないからだ。
たとえば、教室の席が足りなくなり立って聞いている生徒は平民ばかりで、ある教授は貴族生徒と忖度し、栄誉を得る。
他にも、貴族生徒の蛮行は見逃され、平民は厳しく処罰される。
とても平等ではなく対等とは言い難い中で、貴族達はその年に生徒会長となった人物を見極めながら立ち回りを決めてゆく。
ツバサ・ハイドランジアの時代は、マグノリアと対等に話す為、貴族が平民生徒を保護し、支持を奪い合う社会を作り上げた。
シルフィ・ハイドランジアの時代は、皆が対等に助け合おうと呼びかける中、反対する貴族達は「執行部の王子」と言う存在によって萎縮し、下手に手を打つことができなかった。
そして今季、ルーカス・ダリアは、平民の生徒会長であり貴族達へ権力ではなく感情にしか訴えることができない。
生徒会と言う枠組みからモラルで作るしかないと考えていたが、このホウセンカはそれを「ごっこ遊び」として一蹴し、理性的な運用の全てを否定したのだ。
「私は、信じていたんだぞ。ホウセンカ……」
「その信頼に応えよう。だから、早く認めたらどうだい?」
ルーカスは唇を噛み、何も言い返せなかった。自分の心情の全てを否定されたような気分に悔しさが込み上げてくる。
選挙と言う一つのルールから、貴族を信じてはいけなかったのだろうか。結局平民は平民で、何もできないのか?
絶望し、ルーカスが膝をつきかけた時、後ろから足音が聞こえた。ルーカスの後ろから来ていた光が、その足音の女性によって遮られて陰る。
「あら、ルーカス・ダリア会長ではないですか。ごきげんよう」
トートバッグを肩にかけるワンピースの彼女は、研究室へ向かう為に現れたククリール・カレンデュラだった。
*
「ククリール、嬢」
「お二人ともそんな場所で立ち止まらないでくださる? 通行の邪魔ですよ」
「ククリール・カレンデュラ嬢。おはようございます。ちょうど良かった。生徒会の事を話していたのですが、ご意見を賜れませんか?」
「生徒会……? 確かに貴方は生徒会の方ですね」
「えぇ、イツキ・ホウセンカと申します。副会長ですよ。生徒会が今現在、この会長の愚行によって揺れていることはご存知でしょう。僕はこのダリア会長が、今回の不祥事の責任をとり会長を辞任すべきだと考えているのですが、貴方はどう考えておられますか?」
あまりにも断定的な言葉にルーカスは言葉を挟めない。貴族達の筆頭となる公爵家は、政治へ最も近しい貴族達であり、その意見はこの大学のどの生徒達よりも影響力がある。
また政治に近しい彼らは何よりも現実的で論理的な結論を好むために、ククリールに言われれば、この状況でルーカスは飲まざる得ない。
つまり、ルーカスがやったかやらないか以前の「会長としての責任」を持ってこられれば結論は変えようもない。
必死に言葉を考えるルーカスだが、ホウセンカがそう発した直後、ククリールは突然吹き出すように笑い腹を抱える。
高い声は可愛らしく、広い廊下にも響いてゆくなか、ルーカス・ダリアとイツキ・ホウセンカは、その笑いの意味がわからず呆然としていた。
「たかが学生の運営する生徒会で辞任?、大変楽しそうですね。でも生憎、私はそのような事には興味ありませんの」
「楽しそう? だと?」
「えぇ、政治家なりきり生徒会。良いではないですか。今までにない。平民らしい生徒会だと思いますよ」
「カレンデュラ嬢! 僕はこの大学のことを真面目に考えてーー」
「真面目? 真面目ならもっとこの大学の事を考えてくださいな。生徒会はどうでもいいですが、学習の邪魔をされては困りますので」
「はーー…」
「そうですね。まずはここ最近毎日配られる号外新聞を廃止して下さいませんか? 廊下や中庭、ゴミ箱に大量に詰め込まれていて不快です。以前は生徒会の執行部や学内生徒の気遣いで片付けられていましたが、最近は多過ぎて回収も間に合っていない。生徒会でどうにかして下さい」
「なん……」
「校内すら美しく保てないなら、こうして遊んでいる暇などないのではなくて?」
しどろもどろしているイツキ・ホウセンカをククリールは睨みつけている。
ルーカスは意表をつかれ、しばらく固まっていたが、笑いが込み上げてきていた。ククリールの言葉は、貴族も平民も関係なく、誰もが持ち得る意見だからだ。
「すまない。ククリール嬢、それは会長である私の不備だ」
「政治家ごっこも結構ですが、役割を見失いませんよう」
「遊びではない!!」
突然声を張り上げたホウセンカに、ククリールは更ににらむ。
「僕は、ちゃんと考えている。この大学がどう運用されるべきなのか、生徒達とどう向き合うのか、真面目に考えてるんだ! それを遊びだと?」
「遊びではないですか」
「は……」
「この大学の『生徒』でしかない貴方に、何か変えられるとでも? 去勢はご自身の土地だけにして下さいな。『侯爵様』」
ククリールは、楽しそうな笑みで何ごともなく歩き去ってゆく。絶句しているホウセンカの向かいで、ルーカスはまるで何か思い荷物が降りたような感覚にも至っていた。
また自身が共感したククリール・カレンデュラの思想を改めて実感する。
彼女は、ルーカスが追いかけ出したその時から『貴族』も『平民』もなく、皆が学生でそれ以上それ以下でもないと一貫していたからだ。
そんな学生として振る舞う彼女に、まるで本物の政治家のような話題を投げたところで『ごっこ遊び』にしかならない。
「ホウセンカ。この論争に意味はない、大学に散らばったゴミを片付けよう」
「五月蝿い、そんなもの僕の仕事じゃない」
「一生徒の要望を聞かないのか?」
「は、会長の方がお似合いだよ」
ホウセンカは、踵返すようにすれ違い、研究棟を出て行った。ルーカスは一人、デバイスでククリールの秘蔵写真を眺め、涙を堪えつつ笑みをこぼす。
*
授業終わりに再びアレックスと合流したヴァルサスとキリヤナギは、「タチバナ軍」
のサークル活動へと参加し、部員達と『王の力』への対策について話し合っていた。
ジンから聞いた「型」に拘らない考えを共有し、アイデアを出しあっていると、体育館の入り口から、ラフな衣服を纏う学生が姿をみせる。
「おい、マグノリアがいるサークルはここか?」
男性の声の響きに皆の目線がそちらへと向く、三人組の彼らは髪を染めブレスレットやピアスなどアクセサリーなどもつけていて、異様な雰囲気を纏っていた。
「私に何の用だ?」
「ツバメさんにチクったのはお前らか? どう言うつもりだ??」
「ツバメ? ツリフネ先輩?」
「あぁ、ホウセンカは俺らと絡んでるだけでツバメさんは関係ねぇだろ!」
「それは、知っているけど……何でわざわざ?」
「その2人に関与しているつもりはないが……」
「はぁ? 俺らをどうにかしたい訳じゃねーのか?」
「? 何の話?」
全く話が読めず首を傾げるアレックスとキリヤナギへ、現れた彼らも困惑していた。ヴァルサスが一旦手を止めて彼らを見ると雰囲気に覚えがあり駆け寄ってゆく。
「おい、王子。こいつら平民イジメの奴じゃね?」
「イジメじゃねーよ。ったく、お前王子だろ、あんなくそみてぇな新聞に踊らされてんじゃねぇだろうな」
「新聞……ホウセンカ君の?」
「話が読めないな。悪いが後にしてくれないか? 今は無関係の部員もいる」
「ちっ、」
「ツリフネ先輩とは、今朝一緒に花壇の整えたところだけど……」
「は?? 花壇??」
「俺らも触らせてもらうのにかなりかかったのに……」
「そうなんだ??」
「とにかく2号校舎一階の隅にある屋内テラスで待っていてくれ。サークル活動が終わる30分後に向かう」
「お前らの都合なんてしらねぇよ。-俺の話を聞け!-」
途端、『声』による波動が響き、その場にいた全員が、彼らへと釘付けとなる。
唐突に響いたのは、『王の力』の一つ、【服従】だ。
「-俺たちの事は詮索するな-」
続けられた命令を全員が受け止める。一瞬驚いたキリヤナギだが、大きく深呼吸をしながら、堂々と言葉を紡いだ。
「わかった。君達の詮索はもう『終わった』」
「は??」
ヴァルサスとアレックスが驚き、続くと思われた『命令』が解除される。
【服従】は、命令が複雑になればなるほど、その解釈は受け手に委ねられる為、この場合、かかった直後に終わったことにすれば解除される。
「かかんねぇのか……!」
「【服従】は、命令が複雑だとかかりにくいからもっと単調な方いいと思うけど……」
「王子、アドバイスしてんじゃねーよ!!」
「じゃあ、-調べるな!-」
「……何を?」
「え??」
「タツヤ……」
主語がなく、物事がはっきりしない場合もかかりにくい。受けてが「調べる」と認識する行動には効力は発揮するが、学ぶなどの別の解釈へ切り替えが行われれば意味はなく解除される。
「やっべ、デバイスで調べ物できねぇ!」
「検索じゃないのそれ?」
「おい、【服従】をおもちゃにするな」
「何でかからねぇんだよお前ら!!」
「へー、『タチバナ軍』が『王の力』にかからねぇってマジなんだな」
「かからないって言うか、かかってるけど何とかしてるって言うか……」
「チアキ! 感心してんじゃねーよ!」
解説が必要か考えたキリヤナギだが、聞かれていない事を語る事へジンを連想し、じっと堪えていた。
「待てないなら、僕を連れ出してみなよ」
「あ?」
「【服従】を使うほど言う事を聞かせたいら、ぼくに勝って従わせればいい。もっとも僕もサークル活動が終わるまでは相応の抵抗はするけど」
「……王子」
「言ったな。俺らそう言うのは得意だぜ?」
途端、タツヤと呼ばれた後ろの生徒が消え、影のみが動く。しかしその影はキリヤナギを狙っていない事に気づき、動かなかった。
「舐めるな」
見えない事に甘え、アレックスの後ろを撮ろうとした生徒は、彼の模造刀の後ろへの攻撃を受けて転がる。
「は?」
さらにもう1人の生徒が、ヴァルサスへ向かってくる。異能が何か分からない中で、対面したヴァルサスは、武器らしい物を持たない相手が無防備に向かってくる事へ違和感を得ていた。
ジンが練習の時に話してくれたり武器をもつ者へ素手の者が襲いに行く」時、大体2パターンある。一つは錯乱した馬鹿か、もう一つは……、
「(確実に勝てる『何か』を持っている)」
ヴァルサスはギリギリまで相手を引きつけ回避をするが、回避の先へ追ってくる相手に【未来視】を推測。
上からの攻撃の振りを構え、隙を取ろうとした敵の足を引っ掛けた。
前への勢いを殺しきれず体育館へとひっくり返った生徒へその場は騒然とする。
「は……」
「まだやる?」
キリヤナギは何もしていない。
「タチバナ軍」の戦力は、ほぼキリヤナギが持っているのは間違いないが、秋からの数ヶ月、負け続けても素人には確実に勝てるように訓練してきた。
「ち、-とまっとけ!!-」
『声』を聞いた全員がその場で静止する。だが数秒後、キリヤナギは何ごともなかったかのように、前へ出た。
模造刀で殴りにゆく直後、さらに命令が続く。
「-止まれ!!-」
模造刀が肩のギリギリで止まった。が、それはタツヤを離れ、キリヤナギの軽い蹴りが彼を薙ぎ倒した。
【服従】が通用しない想定外に驚きすぎたタツヤは、更に動揺が重なって倒されたまま動かない。
「30分待ってて」
「は、はい」
体育館のベンチへ座らせ、三人は何ごともなくサークル活動を終える。
*
タチバナ軍のサークル活動中、唐突に表れた不良生徒らしき三人組に声をかけられたキリヤナギ、ヴァルサス、アレックスは、『王の力』を使って来た彼らをタチバナを使用することで撃退する。
30分待てと言われた彼らは、タチバナ軍のサークル活動終了後に少し絶望した雰囲気で屋内テラスへと案内されていた。
「それで、何のようだ?」
「俺らより不良してんじゃん、本気だしてくんなよ引くわ」
「自覚あるのか??」
「つーか、『タチバナ』使うってわかってんのに何で向かってくるんだよ。【素人】の癖にさ」
「お前ら『王の力』サークルにボロ負けしてるって聞いたし、そもそも『タチバナ』なんて知らねぇよ!」
「確かに負け越してたけど……」
「舐められたものだな」
対話を拒んできたのタツヤであり、キリヤナギは自分の要望を通すために黙らせたに過ぎない。
話を聞くと言いながらも、デバイスから目を離さない王子にタツヤ達は戦慄していた。
「とにかく俺らは悪くねぇんだよ」
「さっきから主語がない。何の話だ??」
「王子が新聞の話を鵜呑みにしてんだろ?」
「してないけど……」
「じゃあなんで、ツバメさんに会いに行く必要があるんだよ」
「ツリフネ先輩は、ホウセンカ君の友達なのかなって」
「関係ねぇよ、イツキさんは俺らが関わってるだけだ」
「悪い平民生徒を痛い目に合わせてくれって頼まれてやってんだよ。忙しいあの人の代わりにさ」
「痛い目??」
「あの温室を荒らしにこようとする平民がいるって教えてくれたり」
「図書室の本を返されねぇ生徒がいるから、取り返してくれとか」
「それ、まさか演劇部も?」
「え、あぁ、衣装取り返してくれって言われた。依頼料も出されたし」
絶句するキリヤナギにタツヤを含めた三人は逆に驚いていたようだった。
「依頼料だと? 金額は?」
「色々やったら五万だったな」
「な、王子。俺ら悪くないだろ??」
「その前に何で王子にこだわってんだよ……」
「そりゃお前……」
「没収されたくないし『王の力』……ツバメさんのも勘弁してくれよ」
「へぇー」
イツキ・ホウセンカに聞いた通りで感心してしまう。
思えばアレックスの時もツバサの時もかなり公衆の目の前で奪取していて、その力を恐れられていても不思議ではない。
「ツリフネ先輩ももってるんだ?」
「持ってるぜ、【細胞促進】。人には使わねーけど」
「植物育てるのに使ってたな」
花壇を植えた時には確認できずにいたが、ツバメ・ツリフネの異能と聞き納得がいくものもあった。
【細胞促進】は、人間への運用が主だが細胞を持つ動物や植物にも利用ができると言われているからだ。
「今回は僕から吹っ掛けたし、返してもらうつもりはないよ。ツリフネ先輩も悪用してるわけじゃなさそうだし」
「本当か? 助かるぜ」
少なくとも彼らは、新聞部に生徒の敵のように書かれていた。
キリヤナギは鵜呑みにはしていなかったが、去年の執行部の活動から王子に「生徒へ迷惑をかけている存在」だと認識されれば奪取されるのは免れないと考えたのだろう。
ツリフネの元へ顔を出した事で、それが確信的になったのなら「王子に言う事を聴かせる為」に勝負に乗ってきたのも理解できた。
「少し聞きたいけど、ホウセンカ君は、温室に荒らしに来る生徒が誰だか知ってた?」
「誰かは分かって無さそうだったな……。俺らには、そう言う奴がいるから、近づかせないようにしろって言われただけだし」
「図書室の本は?」
「それは、本はもう生徒会が買い直すからって脅せるぐらいめちゃくちゃにしてもいいってさ。もう来ないでほしいからって、汚れ役だしって2万渡された。思ったより守られて取り返せなかったけど……」
「結局本は諦めるし、新聞部には生徒会の手柄にするから口止め料一万」
「口止め料もらってんのに、めちゃくちゃ話してくれんのな……」
「異能とられる方が困るんでね。俺らの生命線だし」
「そんなに僕が怖い……?」
「王子よりも他の貴族だろう? 普段から恨みを買っていれば、異能がなくなった時点で袋叩きに合う」
「マグノリアは話が早いな、そう言う事。新聞にあんな書かれ方したら、俺らを倒した貴族は平民に賞賛されて大人気になるだろ? お前の時みたいにさ」
皮肉のように睨んでくるタツヤに、アレックスは目を背けた。平民生徒からの支持を得る為、対立する貴族を蹂躙してきたのは間違いないからだ。
「でも、先輩は新聞部に嫌われてた気がしたけど」
「だろうな。奴らには自由にかかせた事はない。でもホウセンカよりかなりマシではあった筈だ」
「お前も工作してたのかよ!!」
「むしろ何故やっていないと思ったんだ?」
ヴァルサスが頭を抱えたが、ヴァルスはそもそも学内誌には興味がなく殆ど見ていなかった。その結果、噂で広まっていたアレックスの悪評のみが印象づけられ関わりたくないと距離を置いていたのがある。
「異能とられないなら安心したわ。疑いもはれたし、俺ら帰るぜ」
「うん。怖がらせてごめんね。でもーー」
「お?」
「今度、ホウセンカ君の言う事聞いたら返してもらうね」
さらっと述べられた言葉に、タツヤと2人は顔を真っ青にしていた。
「何、イツキさんに何かあんの?」
「色々? まぁ、僕の話を聞きたくないなら気にしないで、僕も好きにする」
さぁっと青ざめている3人組をキリヤナギは気にもしていなかった。タツヤはまるで何も聞かなかったような態度で帰ってゆき、姿が見えなくなった後ヴァルサスが口を開く。
「王子、容赦なさすぎね」
「別に縛ってないよ?」
「そうだな。『タチバナ軍』のいい宣伝にもなりそうだ」
「宣伝って……」
「そのうち分かるさ」
雑誌を広げたキリヤナギにヴァルサスは戦慄していた。ヴァルサスは、王子が平民にとって悪さをしないか監視すると言ったが、貴族に対しては何も縛りを付けていない。
それはヴァルサスにとって貴族こそ平民を侍らせ、時には圧政を強いるものだと思っていたからだ。しかし貴族もまた、さらに上の貴族から縛りを受ける存在でもあるのだと理解する。
「それは、間違ってねぇ……?」
「間違ってる?」
「いや、なんつーか。うまく言葉にできねぇ……」
「……」
ヴァルサスの言いたい事を、キリヤナギは少し考え、口を開いた。
「僕は、僕の基準でその人が『父さんの力』を持つべきに相応しいか判断してるかな」
「……っ!」
「ヴァルはそれが不満?」
「え、それは……」
「『王の力』は、王家の物だ。その考えに間違いはない。むしろ『勝手に又貸し』しているのは、我々貴族だ。王子が相応しくないと言うなら取り返されて当然だと思う」
「アレックスが言うのかよ」
「あぁ、王子の部下だからこそ言える事だろう?」
「僕は先輩を尊敬してるけど」
「なら勝手に言わせてもらう。そもそも借りている立場で『取らないでくれ』など、おこがましい。学生貴族はまずそこからだな」
「先輩ってさ、僕と闘って僕に勝っても部下にするつもりはなかったよね?」
「そうだな。王子を侍らせる事に意味はない。だが『王子』として担ぎ上げれば、その支持を得たとして不動のリーダーにはなれただろう。その『奪取の力』でな」
ヴァルサスは考えたときにゾッとした。
異能を持つ貴族達が蔓延るこの学園で、唯一能力者の完全無力化が行える『王子』が味方につく事は、本当の意味で逆らえない環境が完成するからだ。
「この大学の問題が全部解決するじゃん……」
「立場の差における問題は解決するな。もともとこの大学の状態は、平民達が貴族へ助けを求めたことから始まっている。平民同士で発生した問題を諌めた貴族達は、いつの間にかそれを当たり前に行うようになり、何年も続けた事で暴走した」
「何年もって……?」
「私の父の世代では、校則によって『異能』の使用は禁止され、貴族は平民達と対等に向き合っていたが、平民生徒同士のとのいざこざを収める為その校則を破った者がいたらしい」
「……!」
「そしてその使用が正当であった事を立証した事で、外部の貴族達は大学へ多額の融資を行い「王の力」を禁止事項から削除、校則を変えさせた」
「元は禁止だったんだ」
「冷静に考えれば、当たり前だと思わないか?」
アレックスの意見は正しいと、キリヤナギは納得せざる得なかった。とくに『読心』や『服従』は、人間関係に大きく影響を与えかねず、授業にすら支障がでる可能性すらある。
「『王の力』を持って派閥を作るにまで至ったなら、壊さなければ本来の状態には戻らない。ハイドランジア卿はそこへ風穴を開けようとした、数少ない貴族だろう」
「そこで貴族の敵になってた先輩を僕が支持すれば、『異能』を奪われる恐怖から、逆らう貴族もなくなる。もしかして校則も変える気だった?」
「その先は会長になってから考えるつもりだったな。ハイドランジア嬢は、平民と貴族、両方の支持に厚く、勝てるかどうかも五分五分だった。ルーカスが後ろへついていたククリール嬢の支持を得られれば間違いなく勝てると踏んでいたが、何度説明しても支持を得る事はできなかったな」
「ククはそう言うの嫌いそうだもんね」
「あくまで学生と言う立場を貫く彼女へ、学生レベルの政治を持ち出す事がお門違いだった。だがそれでは今回のホウセンカ卿のように無関係の平民に何が起こるかわからない。私はそれを踏まえ行動を起こしていた」
戦う力には抑止力が必要で、それは異能力の存在によって力関係がはっきりしているこの国特有の問題でもある。
「まぁ、今はホウセンカ卿だろう、どうする?」
「駒は取ったし、一旦は様子見かな」
「私なら使うが」
「僕は上から行くよ」
「ほぅ、楽しみだ」
「僕、大学だと強制はしない縛りつけてるからやりたい事やる」
「ははは、よく言う……」
「めちゃくちゃ圧かけてたじゃねーか」
「命令してないからノーカンじゃない?」
意地悪く笑うキリヤナギをヴァルサスは困ったように見ていた。
日が長くなりつつある大学で、間も無く閉館時間も迫り、ジンが姿をみせる。
「どうも、お疲れ様です。殿下ここだったんですね、サークル活動かと思って体育館いってました」
「今日早めに切り上げたんだ。ジンもお疲れ様」
「ジンさん! 王子、『王の力』を奪えるからって生徒に圧かけてるんすよ」
「そうなんすか?」
「え、うん……」
「騎士的にどうなんすか?」
「騎士的に? 怖がられるぐらいがちょうどいい気はしますけど……」
「……マジすか?」
「はははは、騎士ならそうだろうな」
勉強道具を片付けるキリヤナギは、ヴァルサスがの言葉など気にもしていないようだった。しかし、彼もまた騎士と同じように戦う力を持ち、それを奮って身を守ってきたのをヴァルサスはよく分かっている。
「まず、話できるか試すもんじゃねーの?」
「僕もそれは同意見かな。話に来てくれたならちゃんと応じるよ」
「こっちからは……?」
「僕からは行かないかな、好きにやりたいし?」
「迷惑だったらどうするんだよ!」
「えぇ、うーん。まぁ考える」
渋々話すキリヤナギだが、ヴァルサスもまたどう言えば伝わるか説明できずにいた。今まで彼が、平民にとって不利なことは一切やってきていないを知っているが、それでも今回の件は不安が拭いきれないからだ。
「あんまり調子のんじゃねぇぞ……」
「そんなつもりは無いんだけど」
「……」
アレックスは、懐疑的なヴァルサスの言葉へ聞こえないフリをしていた。
*
2人と別れ、王宮への帰り道を無言で歩く中、キリヤナギの隣には手帳に何かを書き込むジンがいる。
信号で立ち止まり彼が前を見た瞬間、手元にあった手帳を取り上げると案の定時間割考察を行っていた。
「何するんすか!」
「うーん。まだ半分ぐらいかなあってるの。グランジと見せ合ってる?」
「え、まぁ、今夜は中間報告ですね。見せ合いは一回だけです」
「前見た時はグランジの方があってたよ」
「マジすか……」
「ちゃんと授業あるの、来月上旬までだから、頑張って」
ジンは絶句して言葉を失っていた。
ジンはグランジから、キリヤナギも参加していると聞いていたが、まさかヒントを出されるとは思わなかったからだ。
「僕が勝ったら、正答率低い方が僕にもゲーム奢るんだよね」
「そ、そうっすね……」
ジンかグランジが勝てば、ゲームを片方に奢って2倍で済むが、キリヤナギが勝てば三人分奢らねばならず3倍になる。
よってジンとグランジは必死になりつつあり、どちらが迎えに行くか奪い合いとなっていた。
「頑張って」
この王子は楽しんでいる。
庶民派だと思っていたキリヤナギは、いつの間にか貴族らしい遊びもするようになったとジンは、言葉がでなかった。
*
「や、タツヤ君」
温室の外、王子との会話から庭園に戻ってきたタツヤは、2人の仲間と一緒に花壇に生えてきた雑草の草むしりを行っていた。この庭園の花は、育成が難しく雑草が生えれば育ちが遅くなる植物もある為に、毎日除去するのがタツヤ達の仕事となっている。
そんな手入れがされ殆ど草も生えない花壇の元へ現れたのは、笑顔を崩さない貴族。イツキ・ホウセンカだった。
「イツキさん……」
「今日もご苦労だね。また、やってもらいたい事ができたけど頼んでいい?」
「いや、その悪い。やっぱそう言うのいいわ」
「は?」
「あんまりいい事ないっつーか。やっぱりやめる」
ゆっくりと紡がれた言葉へ、イツキ・ホウセンカはしばらく固まっていた。そしてため息をついて口を開く。
「どうしたんだ? 僕と君らの仲だろう? また依頼料だすしさ」
「金の問題じゃねーんだよ。王子に目をつけられたら厄介だしさ」
「王子?」
「陰で治安守るって確かに聞こえはいいけど、あんな新聞を撒かれたら王子が見にくるじゃん。異能を取られたらたまったもんじゃねぇ」
「王子がきたのか?」
「あぁ、俺達じゃなくツバメさんにな」
「ツバメさんには迷惑かけたくねぇ、だから悪い。俺ら降りるわ」
「……」
イツキ・ホウセンカは、明らかに不満な表情を見せる。目で訴えるような威圧にタツヤは尻込みしていた。
「ーーったく。わかったよ。【服従】は返す」
「いいよ、返さなくて」
「は?」
「誰か来てるとおもったら、お前がホウセンカか?」
温室の方からもう1人、新たな人物が現れた。セミロングの髪をハーフアップにする彼は眠そうな表情をしいるツバメ・ツリフネだ。
「ご機嫌よう。ツリフネ先輩」
「会計さんが何のようだ? 俺らは花壇の手入れに忙しいんだよ、さっさと帰れ」
「そうは行かない。君達は僕の大切なピースだ。ここで降りるなんて許さない」
「は?」
「ツバメ・ツリフネ、-僕の下僕になりさがれ!!-」
「ツバメさん!!」
タツヤを含めた全員が、その声へと釘付けとなる。ツバメはその言葉の意味を理解し、目の前のイツキ・ホウセンカを凝視して、動きが止まったかに見えた。
「このまま僕に利用されろ。悪役に徹し、僕の正義を知らしめるんだ!」
「てめぇ!!」
「……久しぶりだなぁ、この感じ」
場が、凍りついた。
イツキは、再びツバメを見据え首を鳴らす彼に言葉を失う。
「発言は許してないぞ! 下僕!」
「あーぁ、貴族さんは怖いね」
「は……」
【服従】が効いていない。
イツキは動揺しツバメへと再度命令を行うが、彼は膝をつかないばかりか止まりもしなかった。
「何故……」
「何年この大学にいると思ってんだよ。まぁ、褒められたことじゃねーけど……」
「ーーっ!」
「ツバメさん。もしかして『タチバナ』?」
「さぁな」
「お前……」
「その程度か? ハイドランジアの方がまだ話せたぜ」
「ちっ」
「帰るか? それとも聞きもされない命令を連呼して恥を晒すか?」
イツキ・ホウセンカは、顔を歪ませながらその場を後にする。残されたツバメは、感動した三人に抱きつかれて困っていた。
*
次の日、キリヤナギは朝から数日ぶりにククリールと顔を合わせていた。
屋内テラスへと現れた彼女は、少しだけ嬉しそうにほおの髪を耳裏へとかける。
「おはようございます。早いのね」
「おはよ、騎士の2人とゲームしてて……」
「ゲーム?」
「僕の時間割当て推理ゲーム」
「ふふ、変なゲームを考えるのね」
自然な笑みがかわいい。心の本音を口に出せず、何を話していいか分からずにいると、声をかけてくれたのはククリールの方だった。
「ここ最近は何かされているの?」
「最近は特に、でもダリア先輩からちょっと相談されてさ」
「ルーカス、……確かに先日ホウセンカさんに詰められてましたね」
「ホウセンカ君に?」
「えぇ、辞任を迫られているようでしたが、たかが生徒会の会長。遊んでいる暇があるなら校内の清掃をしてくださいとお伝えしておきました」
容赦ないなぁと、キリヤナギはククリールの言動を流した。しかしククリールの言う通りで、学内の清掃は業者には区分があり、ゴミ拾いやゴミ箱の清掃をしてくれる業者は校内のみで中庭などは管轄外となっている。
この為生徒会でもできるだけ屋外へゴミは出さないよう工夫していたが、ここ最近の号外の連続により、ゴミ箱が溢れ回収も追いつかなくなっているのだ。
「僕がこの前ちょっと片付けたけど、まだ目立つよね」
「生徒会でもないのに、律儀ね」
「汚いのは嫌だし? 雨に降られたら厄介だからね……」
ルーカスの事案で、生徒会は半機能不全だ。おそらく役割はあっても執行部は何をしていいかも分からず止まっているのだろうと考察する。
「ホウセンカ君に言えば何とかなるかな」
「すでに指摘しましたが、ご自身の仕事ではないと聞こえたのでダメでしょう。全くこれだから貴族気取りは嫌ですね」
「はは……」
アレックスなら、おそらく強権でやらせている事案だと想像できる。面倒な作業であっても、必ず誰かがやらなければならないことでもあるからだ。
「僕、今日は授業少ないしまた拾っておくよ」
「貴方こそ、自分の仕事ではないのに……」
「テスト期間までまだ時間あるし?」
ふふっとククリールは笑っていた。皮肉を言わず笑ってもらえるのは嬉しくて思わず眺めてしまう。
「では、今日は私もご一緒していいですか?」
「え?? 本当に?」
「私もこの大学の生徒ですからね」
ただのゴミ拾いなのに、キリヤナギは心が躍る気分だった。
その後、授業を受けた2人は、昼を済ませたのち、事務所からゴミ袋とゴミ鋏を借りて散らばった新聞を拾いに回る。
校内のゴミは片付けられているが、屋外となる運動場や校舎の隅などに散乱しており、風に飛ばされて木の上に引っかかっているものもあった。
木の枝に足をかけ、上に引っかかる新聞を取ろうとしている王子に、登校してきた生徒は思わず目に止める。
「王子様なにしてるんすか?」
「ゴミ拾いだけど、新聞引っかかってて、僕の身長だと届かないんだよね」
「踏み台になる?」
「それは悪いんだけど……」
手を止めて向き合うと、初めて顔を合わせる生徒だった。名前も知らずわかるのはキリヤナギよりも背が高い。
「君の方が高いから、足支えるし取れない?」
「え、まぁ確かにその方がいいか」
キリヤナギは、彼の片足を手のひらで受けゴミ鋏を渡して新聞紙を抜き取ってもらった。
遠くから興味深く眺めていた生徒は、何をしていたのか分からず首を傾げている。
「ありがとう、助かった」
「王子様って選挙落ちてましたよね。なんで?」
「散らかってるのやだし? 敷地内って業者にも頼んでないから片付ける人いないんだよね」
「マジ? ボランティアじゃん」
「そそ」
「もしかして、そっち姫も?」
「その呼び方はやめてくださる? 悪いですか?」
「す、すいません。とりあえず授業なんで」
「うん、ありがとう。またね」
駆け足で校舎へと入ってゆく彼との会話を通りがかった生徒は興味深くみていた。
2人はその後も、研究棟やサークル棟などを回り、新聞だけでなく朽ちたボトルなども回収してゆく。裏手にも回ろうとした時、サークル棟の上から声が響いた。
「王子じゃん、何してるんすかー?」
見上げると、オリバーがペンを持って手を振っていた。彼はキリヤナギが新聞を回収していると聞いて、大急ぎで降りてくる。
「庭って庭師が拾ってくれてるんじゃないんですか!?」
「うん。だから間に合ってないみたいで」
「それはめちゃくちゃ申し訳ない。ちょっと俺も手伝うんで待っててくれます?」
「ボランティアだし、忙しいなら良いんだけど……」
「いやいやいや、そう言う問題じゃないんで、元は俺らが撒いたし」
「それなら、ここの裏お願いしていいかな?」
「わかりました! 2人にも言っときます!」
オリバーは、全速力で部室へ戻り叫ぶ声が窓から聞こえてきていた。
「忙しい方ですね」
「げ、元気だよね」
キリヤナギは、何も言えないまま2人は更に学内の様々な場所を回る。しかしサークル棟に来た時点で袋は溢れかけ、これ以上詰めれば括ることができなくなるように見えた。
よって2人は仕方なく。今日集めた分をゴミ捨て場へと持ってゆく。
「流石に一日では終わりませんね」
「広いしね……」
2人では結局半分も回れず、まだまだ見える場所へ新聞が散らばっている。後数日はかかると2人で話していると、大学の隅にあるゴミ捨て場に先客が居た。
「ダリア先輩」
「……! 王子か。は、ま、く、ククリール嬢!!」
「ごきげんよう」
ルーカスは、ゴミ焼き場で燃やせる新聞紙を丁寧に燃やしていた。彼の足元には拾ってきたらしい大量のゴミ袋があり、集められたものだとわかる。
「ダリア先輩もゴミ拾い?」
「あ、あぁ、一応は生徒会だからな……。立場上、皮肉られてばかりだが……」
「……ありがとう」
「貴方がお礼を言うのは違う気がしますが……」
「そうだな」
はっとして、目を逸らしてしまう。
しかし、ここでルーカスと顔を合わせるのは、彼が誰よりも生徒会として活動していると言うことにもなる。
「今の貴方は生徒会の誰よりも会長に相応しいですね」
「……! それは」
「ククリール・カレンデュラは、一学生として貴方を支持いたしますわ」
ルーカスのメガネが砕け、キリヤナギは驚いてみじろいだ。全身を震わせまるで雄叫びを上げるように気合を入れて叫ぶ。
「うぉぉぉ!! ククリール嬢!! 私は、私は、会長としてこの責任と使命を果たす事を誓います!!!」
「う、嬉しそう」
「大袈裟ですね」
興奮して変なポーズをとるルーカスに、キリヤナギが思わず笑っていたら、彼の表情が突然凍りついたのがわかった。
ククリールと共に振り返ると、記憶に新しい彼がこちらへと歩いてくる。
「やぁ、とても仲がよさそうじゃないか、王子、そしてダリア会長。カレンデュラ嬢」
堂々と歩いてきたのは、現生徒会副会長、会計のイツキ・ホウセンカだった。