第四十六話:ひと時の安息

 冬も終わりに差し掛かる季節は、徐々に日差しも暖かくなり、人々はようやく春と訪れに安堵していた。
 間も無く春一番が吹くであろうと予告されるオウカ国、首都クランリリーでは、王子がようやく公務の書類提出を終えてホッと息をつく。

「終わった……」
「お疲れ様です」

 量にして20ページにもなった報告書は、カレンデュラ領における人口が一定以上の地区を視察したレポートだった。
 各地域の評価とも取れるこれは、都市の状況や、騎士団が機能しているか、市民の反発はないか、経済格差など詳細な土地の状況を報告せねばならず、この報告書が今後のカレンデュラ公爵家の進退を決めると言っても過言ではない。
 またその上で、王子と令嬢のスキャンダル報道もあった事から、議員達との間で王子との忖度が起こるのではとも心配されていて、キリヤナギは普段以上に情報を詰めて書く必要があった。

「これだけ詳細に書かれましたら、もはや誰も文句はないでしょう。問題はこちらの方ですね」
「うーん……」

 視察の報告書とは別に、カレンデュラ領にて起こった事件も報告書としてまとめている。
 15年前、ジギリダス連邦国家で起こった内戦により難民達が国境の柵をを破ってカレンデュラ領へ雪崩れ込んだ。
 当時の公爵クリストファー・カレンデュラはそのあまりの人数に暴徒化の可能性も見たことから、一次避難民として独断で受け入れる判断を下す。この決定は他の貴族達の反感を産んだが、領内の治安は一時維持され、公爵は新たな町を作って公爵は彼らの保護を行った。しかし、一部の待遇に不満、不平を感じた避難民が街から離脱し、周辺の村を襲うなどの被害が出る。
 これに対して公爵は、被害にあった市民だけでなく難民達の救済を行うと言う名目で、難民達との『共存』を測ると共に、そこへ紛れ込んだ工作員達を領内から出さないよう、騎士団へ勧誘する事で抱え込んだ。

 この事実に関してシダレ王は、難民達の受け入れまでは把握していたが、まさから工作員を自ら抱えていた事までは知らず、キリヤナギの口から聞いた時はとても驚いていた。
 結果的に10年以上かけて調査された騎士団は、潜んでいた者を全て炙り出しが完了していて、王子が現れた事をきっかけに一掃された。

「対処のためとはいえ、騎士団へあえて工作員を採用した事実を陛下を含めた議員の方々がどう思われるかが争点ですね。殿下も襲撃されたのでしたら難しいのでは?」

 クラーク・ミレットに、襲撃された事を黙ってはおけないか相談もしたが『忖度』だと言われて聞き入れてはもらえなかった。それは騎士団に入り込んでいた敵へ『異能』が与えられていた事が大きく、解釈的には「敵と知りながら異能を配っていた」とも言えるからだ。

「何処から取られたのかわからない異能の殆どは、カレンデュラからだったと言っても差し支えはないのでしょう」
「でも一応は定期チェックされてたって言うし……?」
「騎士長が絡んでいたのなら意味がないのでは?」

 その通りでキリヤナギは溜め息をついてしまった。異能の貸与状況を管理するセシルによると貸与の数は書面で管理されているが、貸与できる『数』の計測は、各々の騎士団で任せていて、報告される以上のことは流石に把握ができないと言う。
 騎士長が敵であったのなら、工作によって10貸与出来るものが5だと報告されれは、セシルは5としか知り得ないからだ。

「殿下、差し支え無ければお伺いしたいのですが」
「なんだろ?」
「先日陛下と口論をしておられましたが……何があったのですか?」
「あぁ、あれは父さんがクリストファーさんのベース壊したのに意地張ってたから、仲直りしたいならギター送ればいいって話しただけだよ」
「は、はぁ?」
「父さん、誤魔化そうとして反省してなさそうだったし、母さんに言いつけるって言ったら折れてくれた」
「妃殿下……ですか?」

 カレンデュラ領から戻った後、キリヤナギは、母ヒイラギにも事の顛末を報告していた。その際に、ヒイラギは学生時代に最も信頼していたと言うクリストファーの事を少しだけ話してくれたのだ。
 武家であり地主の家に生まれたクリストファーは、当時クレマチス家の二番手であることにコンプレックスを抱えていたが、シダレと出会う事で軟化し、コピーバンドを通じてさらに親睦を深めていたと言う。
 ヒイラギは、責任感と自身の使命を大切にするクリストファーへの信頼は熱く、今回も考えがあり王族と距離をとっているのだろうと推察していた。
 一連の事件においては、襲撃はされたものの無事に帰宅し、かつキリヤナギのおかげでカレンデュラの家族が救われたなら、それは母からも礼を言われなければならないと逆に褒められて戸惑ってしまった。

「僕知らなかったんだけど、クラークって母さんと宮殿にきたんだね」
「えぇ、ミレット卿は、もとはハイドランジア騎士団の妃殿下の護衛騎士ですね。妃殿下がご成婚された際に宮廷へと転勤されております」

 結婚をきっかけに自領地から信頼のおける騎士をつれてくるのは珍しくはない。制度的な唯一の例外枠とも言え、キリヤナギはクラークがいかにシダレとヒイラギに信頼が厚いかを再確認もしてしまった。

「ずっといるから宮廷だと思ってた」
「ミレット閣下は、学生時代のヒイラギ殿下の護衛もされていて、キリヤナギ殿下がご誕生される前から首都へおられますからね」

 クラーク・ミレットは、カレンデュラ領に赴く際、ヒイラギからの言伝を預かっていた。クリストファーに当てられたその言伝は、自らの息災と困りごとがあれば頼って欲しいというもので、その信頼の厚さが伺える。
 
「噂によると当時から『タチバナ』へ興味を持たれていたとか……」
「そうなんだ?」
「詳細には存じませんが……」

 アカツキの噂を聴いて首都に現れ、アカツキの技を全て習得し、騎士長たるアカツキの補佐を努めているのは、まるでファンのようにも思えてしまう。
 宮廷騎士団は、隊によって受け持つ仕事も違う為、明確な副隊長と言う地位はないのだが、アカツキが口を開くと必ずクラークが突っ込みにきて、側から見るとまるでコンビのようにも見える。

「久しぶりのクラークの護衛だったけど、相変わらずで安心した」
「色々ありましたが無事に戻られて何よりです。私からもカレンデュラ邸でのご警告ありがとうございました」

 セオの感謝の言葉に、キリヤナギはしばらく考えたが、思えばカレンデュラの屋敷にはこず別宅で待っていて欲しいと話していた。
 カレンデュラ邸では小競り合い所ではなく、サフランが自爆したばかりか、ホールの貴族達も狙われたため、セオは難を逃れたと言っても過言ではない。

「僕もあそこまで大変なことになるとは思ってなかったけど、セオが無事で良かった」
「てっきり予見されていたのかと、まさか現場へ向かわれているとは思いませんでしたが……」

 睨まれて思わず目を逸らした。たしかにセドリックにもいい顔はされなかったが、彼はキリヤナギの意思に沿うように隊を動かしてくれた事もあり、それはとても感謝はしていた。
 帰りの列車に乗り込む前、準備をしていた彼へお礼を言うと、セドリックは少し呆れつつも許してくれたようにも見えた。

 仕事がおわり、大きく伸びをしたキリヤナギは、明るい外の景色を眺め頬杖をつく。
 カレンデュラ領は緑豊かで視界には常に山が見えたが、首都はどこまでも続く建物のジャングルで「帰ってきた」と言う感覚が芽生える。

「この後は何かあったっけ?」
「そうですね。今年の誕生祭で使用する衣装のデザインが届いておりますが、ご覧になられますか?」

 う”っ、と息が詰まり、もうそんな時期かと焦ってしまう。言われれば去年の今頃は補講を終えて進学できるかできないかの瀬戸際だった。

「今年は、どんな感じになるの……?」
「まだ決まっておりませんが、国民向けのものはご挨拶ぐらいではないでしょうか? 昨年度は区切りでしたので大規模でしたが、今年はパレードも行いませんので、儀式と騎士大会と夜会ぐらいでしょう」

 それでも多いなと項垂れてしまうが、去年の誕生祭は、様々な意味でキリヤナギには忘れられない誕生祭でもある。マリーやヴァルサスとの出会い、アレックスとククリールとの再会など、思い出せばキリがないが、もういない彼女の良心は、未だ心へと焼き付いていた。

「今年は必ず安全を確保致します。ご安心ください」
「そう言うのはいいんだけど……」

 催事は嫌いではなく、騎士大会はむしろ少しだけ楽しみでもあった。毎年30歳未満の若手がトーナメントで勝ち上がり、『王の力』の使い方を見せてくれるからだ。
 今年はどうなるのだろうと考えていると、リビングからノックでジンが顔を出す。

「殿下、作業どうっすか?」
「終わったよ」
「お疲れ様です」

 人がいると気が散る為、キリヤナギは作業中は、リビングで一人にさせてもらっていた。提出したいとセオを呼び出したが、彼がなかなか返ってこないので様子を見にきたのだろうと察する。

「ジンは今年の騎士大会出るの?」
「騎士大会は、もう俺出れないんすよ」
「出れない?」
「殿堂入りだよね」

 キリヤナギは言われて思い出した。騎士大会・個人戦は、若手に優勝枠を行き渡らせる為、2回優勝すると『殿堂入り』となり、参加権を失う。
 つまりジンはすでに二連覇していて、今年からはもう出場できない。

「グランジさんが、殿堂入りするんじゃないすか?」
「グランジまだなんだ?」
「俺が宮廷に入る前に一回取ってる見たいですけど、やっぱり歓声が大きいとキツくて簡単には取れないとはいってましたね」

 グランジは、音に弱い。それは彼が盲目の方向を音で知覚しているからだ。故に雑音が多いと自ずと察知力が下がってしまう。

「グランジが優勝したら何もらうんだろ」
「……興味なさそうじゃないです?」
「確かに……」

 グランジは、戦闘こそが享楽でもあり、それがまるで全てのような戦い方をする。本人は無口だが、何かを考えているのか聞いてみると、視界に入った男性を見て「鍛えている。戦ってみたい」と話されてジンは絶句した。

「お菓子一年分とかじゃないすかね?」
「ジン、グランジのこと馬鹿にしてない??」
「いえ、殿下。食はグランジの数少ない趣味なのであり得なくは……」

 話していると、グランジが入ってきて三人は思わず口を注ぐんだ。彼は聞いていなかったのか首を傾げている。

「ジン、リュウドが来ている」
「リュウド君?」
「最近仲良しだよね。僕はグランジに遊んでもらうから、気にしないで」
「わ、分かりました」

 グランジと入れ替わりで、ジンはリビングをでて事務所へと戻った。そこには書類を確認するリュウドがいて、にっと笑ってくれる。

「ジンさん。出張お疲れ様!」
「リュウド君……。今日はどうかした?」
「あのさ、ジンさんって彼女いる?」
「え”、唐突……」
「今度やる合コン。カイエン先輩がもう一人欲しいみたいで、彼女いないならジンさん来ない?」

 一気に話されてついてゆけず、ジンはゆっくりとリュウドの言葉を分析した。合コンとは、合同コンパの略で、男女が同じ人数で集い、出会いの機会を作ることを言う。

「何で俺?」
「彼女いなさそうだったし? ジンさんって、女の子に距離取りがちじゃん。ツルバキア大隊長の焼き肉も断ってたし」
「え、不味かった?」
「気づいてないの?」

 リュウドが絶句していて、ジンは困惑していた。彼は少し困ったように続ける。

「ジンさん、全然だめじゃん。殿下の事好きすぎだよ」
「す、好きってわけでもねぇんだけど……?」
「じゃあ尚更合コンこない? カイエン先輩は顔が広いから一般の女の子連れてきてくれるみたいだし」
「それ、付き合う前提とかじゃない?」
「ないない。会うだけだって、実は俺も合コンは初めてなんだよね」

 そもそもカイエンとは誰なのだろう。名前だけ聞くとミドルネームのようにも聞こえるが、リュウドの先輩なら年上なのだろうと推察する。

「酒、飲めねぇけど……」
「大丈夫大丈夫。俺が代わりに飲むし! じゃあ、カイエン先輩とのグループメッセージ作るから返事してね!」

 リュウドはそう言ってジンの肩を軽く叩いて出て行った。ジンは何故かリュウドに気を使われている空気も感じ、複雑な心境も持ってしまう。
 昼休憩もおわり、ジンもまたカレンデュラ領での活動報告のまとめ、業務を終えてゆく。
 キリヤナギは、グランジと中庭へ遊びにゆき、夕方にはクタクタになって戻ってきていた。

 ジンが定時明けに自室へ戻ると、デバイスに新しいグループメッセージができており、そこにはカイエン・コガネもいる。彼はメッセージで簡単な自己紹介をし、2人の休日に合わせて場をセッティングしてくれることになった。
 週末の夜に控えた合同コンパに備え、ジンは久しぶりに雑誌を買い、流行の衣服を選びにゆく。服やアクセサリーを買いにゆくのも久しぶりで、日が近づくことに少しだけ楽しみにもなっていった。

「あれ、ジン、この時間から出かけるの?」

 自室の鍵をかけていると、リビングへ戻ってきたキリヤナギと鉢合わせする。思わずギョッとしてしまったが、確かにジンが夜から出かけるのは珍しい。

「おしゃれしてる」
「ちょっと飲み会に」
「この時期に飲み会あるんだ? 楽しんできて」

 キリヤナギはそれだけ言ってリビングへと戻っていった。合コンは言いづらいなぁと考えていたら、グランジから詳細をメッセージで聞かれていて、正直に話すと何故か応援されていた。

「ジンさん! こっちこっち!」
「リュウド君……お疲れ様」

 駅前には既にリュウドが待っていて、彼もまたメッセージでカイエンを待っていた。夜の駅前はまだまだ冬の気候で冷え込んで息が白く濁る。

「カイエン先輩、もう女の子と合流してるってさ。今こっち向かってるみたいで」

 話していると地下通路から4人組が現れ、リュウドが手を振って迎える。髪をギリギリまで切った彼は長身で、三人の女性をつれている。

「リュウド、早えな」
「当たり前ですよ! 今日はよろしくお願いします」
「そっちが従兄弟の?」
「ジン・タチバナです。多分同期?」
「おう、カイエン・コガネだ。詳しくは店でいいな。みんな行こうぜ!」

 全くわからない顔ぶれに、ジンは何を話して良いか分からず緊張する。
 カイエンによって連れてこられた店は、少し特徴的な雰囲気のある居酒屋で、六名は予約席へ案内された。

「それでは、我々騎士から自己紹介をいたしましょう! 宮廷騎士団、シラユキ隊所属のカイエン・コガネです。以後お見知り置きを、騎士たる『王の力』は、【千里眼】です!」
「異能も言うの!? えっと宮廷騎士団、シラユキ隊、特殊親衛隊所属のリュウド・T・ローズ! 異能は【身体強化】!」

 肩を叩かれジンがハッとする。

「えっと、宮廷騎士団。ストレリチア隊嘱託、特殊親衛隊所属のジン・タチバナです。異能は、ないかな?」

 騎士の三人男性側の自己紹介が終わり、三人の女性が拍手してくれる。カイエンは、少しだけ照れているメガネの女性に自己紹介を促していた。

「わ、私はココア・ツユリです。大学生です」
「フタバ・タケノです。ココアと同期」
「クラリス・ヒメノ。まだ学生とフリーターの両立中」
「クラリスちゃんすげーじゃん」

 持ち上げようとするカイエンに、クラリスは楽しそうに笑っていた。全員が学生だとも言われ驚くが、自分達の年齢も考えると違和感もない。

「騎士さんもこういう合コンに参加するのね」
「クラリスちゃんは意外? わりとおおいんだぜ」
「カイエンが例外だとばっかりさー」
「カイエン先輩は、ヒメノさんと知り合い?」
「そそ、いまハマってるゲームで知りあったんだ。テキストメッセージでやりとりしてたら、丁度彼氏いないっで言うから誘った」
「へー、今時ゲームでも出会いとかあるんだ」
「めちゃくちゃあるぜ、ココアちゃんもだろ?」
「え、はい。私は、クラリスさんと同じチームと言うか……」
「ギルドってシステムがあって、そこで一緒に遊んでるんだ」
「クラリスさんとは、あそんでるというか、引っ張ってもらってる感じですけど……」
「フタバちゃんは?」
「私はココアの付き添いです。顔も知らない人達の所に一人で行かせられないじゃないですか」
「あはは、ガードが硬いねぇ」
「そのゲーム? 面白そうだし、俺もやらせてよ」
「良いぜリュウド。デバイス見せてみろよ」

 どうしようと、ジンは焦っていた。
 皆が雑談に花を咲かせているのに、どこから入ればいいかもわからない。目の前のフタバは、話題に入ってこないジンを横目で睨んでいて、尚更緊張してしまう。

「貴方も騎士さん、なんですよね?」
「え、は、はい……」
「証拠とかあります?」
「フタバちゃん、そこから?」
「ジンさんはすごいよ。なんたって『タチバナ』本家だしね」
「リュウド君もだろ……」

 フタバの疑いの目に、ジンはデバイスと財布から顔写真付きの証明書を取り出した。リュウドとカイエンもそれに倣うように三人の女性にむけて掲示する。

「これ、本物?」
「本物だぜ。特にこの二人は、オウカの名門『タチバナ』の二人だ」
「何それ? 木?」
「ただの苗字ですけど……」
「王族に支える騎士の家系があって、そこの長男って意味だよ。タチバナが本家。ローズは分家な」
「なかなかの人材じゃない」
「だろ? だから損はさせねぇって言ったんだよ」

 クラリスが感嘆する横で、フタバは『タチバナ』をデバイスで調べて驚いていた。ココアも感心していて目が輝いている。

「そんな高貴な身分の方がなんで合コンなんてされてるんですか?」
「え、だめ??」
「名門にも息抜きさせてやれよー」

 なかなか喋らないジンを、フタバはひたすら疑っている。信じてくれないなら、それでも良いかとも思えたが、場を盛り上げてくれるカイエンとリュウドを見ると何もしないのは良くないと判断する。

「俺、前に殿下の護衛としてカレンデュラ領に行ってきたんですよ」
「え、そうなんですか?」
「ジンさん、それ言って良いの?」
「機密とは言われてないし?」

 宮殿の公式サイトには、キリヤナギの公務の一覧にカレンデュラ領の視察が乗っている。ジンはそのページを見せた後、カレンデュラ領の景色や、別宅の写真などを三人へと見せていた。写っているのはなんら変わりのない風景だが、時々セオやシズル、フュリクスやカミュもいて、当然キリヤナギも写っている。

「キリヤナギ殿下じゃん。ほんとに?」
「殿下が写ってるのは、コピーできないですけど見るだけならまぁ?」
「王族って普通の服も着るんだ……」

 思えばキリヤナギがメディアに出る時は、大体スーツか礼装で、私服ではまず表には出てこない。夏の旅行では水着が話題にされていたらしいが、当たり前に関わってきた故に新鮮な感想だった。

「騎士さんも、合コンするんですね」
「やっと信じてくれた?」
「まだ半々です」

 意外と頑固なフタバに、ココアは困っていた。結局疑いは晴れないまま合コンは進行してゆき、各々の異性の好みの話題へ移ってゆく。

「俺はクラリスちゃんかなー?」
「あはは、カイエンはあからさま過ぎるでしょ!」
「俺は俺の事好きになってくれる人なら、誰でもいい」
「リュウド君……」
「タチバナさんは?」
「お、俺は……ゲーム許してくれる人なら?」
「ジンさんのそれも似たようなものじゃん」

 少しだけ笑われて安心する。うまく話せているだろうかと戸惑っているとフタバがふと口を開いた。

「ゲームされるんですね……」
「え、は、うん……」
「ジンさんめちゃくちゃ上手いんだ。大会行ったんでしょ?」
「それは、結構前だから?」

 フタバが興味深くみてきて、ジンは部屋に飾っているトロフィーの写真を見せた。これは学生時代に自分がどこまでやれるかを試した時期があり、他にも地区体のものが実家にかなりある。

「やべー……聞いてた以上じゃん。リュウド」
「だから言ったじゃん」
「これは、ココアの言うゲームの?」
「格ゲーですけど」
「違う違う。私のはRPGだよ……」
「ふふ、奥手なのになんでもできるのね」
「クラリスちゃん、俺も俺も、宮廷騎士!」
「はいはい」

 カイエンは、クラリスへずっと構っていて分かりやすいとも思っていた。ココアは少しだけ恥ずかしがり屋なのかリュウドに促されるように話し、こちらも楽しそうに見える。

「もっと自慢、されないんですか?」

 フタバの言葉にジンは少し返事に迷ったが、心に抱いた素直な言葉を続ける。

「まぁこれよりも大切なものは、他にもあると思うんで……」

 少し驚いているフタバに、ジンはまずいことを言っただろうかと不安になる。彼女は途端に目を合わせてくれなくなり、尚更どうすればいいかわからない。

「そうですね……」
「フタバちゃん。グラス空いたみたいだけど何がいいー?」

 カイエンが微妙な空気を濁してくれてジンはほっとしていた。その後も、六人でカラオケに行ってみたりゲームセンターや、ボーリングなど、カイエンが各々の得意分野を見せれる場所へ連れて行ってくれる。
 飄々としているようにも見える彼の気遣いに、ジンは徐々緊張もほぐれ話せるようになってきていた。

「楽しかったけど、そろそろお開きだなぁー」
「もうすぐ終電だしね」
「じゃ、俺はクラリスちゃん送って帰るし、お前ら勝手にしとけよー」
「先輩相変わらずだなぁ!」
「あはは、ココア、大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です。クラリスさん! 帰れます!」
「なら、ツユリさんは俺が送るよ。レンゲ町だっけ?」
「ローズさん……き、気にされなくても……」
「遅いし暗いからついてきてもらいなさい」

 面倒見のいいフタバを、ジンは少しだけ俯瞰してみていた。夜の街や駅へ消えてゆく彼らを見送り、駅にはジンとフタバのみが残される。

「疑ってごめんなさい。今日はありがとうございました」 
「え、こちらこそ」
「それじゃ、また機会があればーー」
「いや、その、送るんでどうですか?」
「どうですか?」
「いえ、すいません。俺もタケノさんが心配なので」

 フタバは、返事に迷っているようにも見えたが、次の瞬間には吹き出して笑っていた。

「意外と素直な方なんですね」
「そ、そう見えます?」
「はい。送迎は嬉しいですけど、私の住んでる場所は田舎なので、多分もう列車にのっても間に合わないです」
「え……」
「最初からタクシーで帰るつもりでいたので、気にされないでください」

 つまり彼女は、ココアの為にこの時間まで残っていたのだ。想像していた以上に優しいフタバに、ジンはしばらく黙ってしまう。

「今日はとても楽しかったです。ありがとう」
「……あの。よかったら、付き添います」
「え」
「騎士なんで……」

 少しだけ恥ずかしかったが、ジンはフタバを護衛するように付き添い、共にタクシーへと乗り込んだ。
 その車内では特に喋らず、お互いに無言ではあったが何故か雰囲気が悪くはなく。自動車はシラカシ町の住宅街へとたどり着く。

「ありがとうございました。タクシー代いいんですか?」
「はい、俺もこのまま乗って帰るので、お疲れ様です」
「あの……」

 再び乗り込もうとした直後、フタバは頬を染めていた。そして、ポケットからメモを取り出し、紙に何かを書いて渡してくれる。

「連絡先です。よかったら……」
「……! ありがとうございます。車内で登録しときますね」

 彼女は頷き、タクシーが見えなくなるまでジンを見送ってくれていた。
 初めての合コンだったが、うまくやれたらだろうかとジンはIDを登録しながら帰路へとつく。

 夜の街へ消えたカイエンとクラリスは、クラリスが乗るつもりだった最終バスを逃してしまい、仕方なく近場のホテルへと入っていた。必要最低限の設備しかないホテルの一室は、ベッドが一つしかなく妖艶な空気で満たされている。
 部屋に常備されていた酒で飲み直しをしていカイエンは、ソファの上で酔いが深みへ達していた。

「ねぇ、本当に何もしなくていいの?」
「騎士たるもの、純潔のお嬢様に手を出すなどもっての外、今日はこっちで我慢するって」
「私は別に、純潔でもないのだけど」
「そういうのは関係ないんだなぁ、これはプライド、お嬢様のご要望なら聴きますけどね」
「ほんとに?」
「お、何がご入用ですかい?」

 カイエンは泥酔し、今にも寝てしまいそうな空気を見せている。クラリスはそんな彼に美しい笑みを見せて口にした。

「なら、【千里眼】を頂戴」

 紡がれた言葉にカイエンは、うーんと唸るような声を上げる。クラリスがさらに酒をグラスへ注いでいると、彼は続けた。

「すまねぇー」
「あら、ダメかしら?」
「俺、違うんだよなぁ……」

 途端、見たことのない淡い光がクラリスの体へ入ってゆく。すると目の前のカイエンの心の声が聞こえてきて驚いた。

「起きたら返してくれなぁ……」

 下心ばかりの心の声が途切れると、同時にカイエンは意識を失うように眠る。
 【千里眼】だと聞いていたカイエンの『王の力』は、【読心】でクラリスは少し戸惑っていた。しかし彼女は決意を固めたようにカイエンと二人だけの部屋を後にする。

『え、カイエン先輩が【読心】?』
「ぽい? わかんねぇけど……」

 帰りのタクシー内で、ジンはお互いに帰り道となったリュウドから音声着信を受けていた。初めての合コンで手ごたえを知りたいと言うリュウドだったが、ジンはカイエンのあまりの気遣いの厚さに、異能を【読心】ではないかと考察している。

『【千里眼】っていってなかったっけ?』
「多分気を使わせないためじゃねーかな? 読めるって分かると警戒させるし?」
「ジンさんは、なんでわかったの?」
「なんとなく? ほぼ勘だけど、話題の振り方上手いのは【読んでる】からかなとか」
「……」
「リュウド君?」
「なんというか。ごめん、ジンさん。……引いた」
「え”っ」
『合コンまで『王の力』の事考えてるんだ、って……』

 ジンは返事に困り、話題を続けることができなかった。どうしようかと唸っていると、デバイスにメッセージの通知がくる、これは先日つくったグループ通信のカイエンからでホテルで泥酔して動けないので、クラリスを代わりに送って欲しいと来ていた。
 場所も詳細にかかれていて、不思議にも思う。

「俺タクシーだし、このまま向かえるけど……」
『俺も心配だし列車で二駅ぐらいだから、合流してもいい?」
「わかった。じゃあさっきの駅で」

 ジンはそのまま駅に戻ってきたリュウドと合流し、カイエンの言う場所へと向かう。しかしそこは進めば進むほど街灯が減り、薄暗い住宅街が続いていた。

「ヒメノさん、こんな所に?」
「わかんねーけど……」

 住宅の殆どは、すでに灯りが落とされ、住民は寝入っているのだろう。二人は迷惑にならないよう足音に気を遣って歩いていると、街灯が輝く公園で、人を待つように立つクラリスを見つけた。
 声をかけにゆこうとするジンをリュウドが引き止める。

「誰か来てる」

 ジンが手を引かれ植木の影に隠れると、クラリスはスーツの男性と共に公園から立ち去ってゆく。嫌な予感がして2人が後を追うと雑居ビルの入って行き、二人は明かりのついた一階の窓から中を伺った。
 カーテンが閉められ分かりにくいが、窓際の席なのか、声がはっきりと聞こえジンが懐に隠し持っていた小型拳銃を確認する。

「【千里眼】と聞いていたが、【読心】か」
「はい。報酬は……」

 紙をやり取りする音が微かに響き、ジンとリュウドは顔を見合わせた。しかし、クラリスがカイエンから奪ったのなら、それ以上は貸与できない筈だと考察する。

「じゃあ、これからの話だが……、この契約書にサインを」
「……え?」

 何を見せられたのかは分からないが、クラリスが驚いているのがわかる。

「こ、こんなの聞いてない!!」
「異能を持ってきた時点で『共犯』だよ。それとも、使い方が分からないか?」

 しばらく間をおいて、クラリスの逃げ出す音が聞こえる。ジンとリュウドは、クラリスの生命に危険が及ぶと考え、窓を突き破って中へと侵入した。
 敵は五人、女の子一人に本気だと呆れ、名乗ろうと態勢を立て直すが、突然の侵入者に驚いた手前の男が向かってきてジンが相手の勢いを殺さないままカウンターで返す。

「宮廷騎士団。リュウド・T・ローズ! 異能売買容疑が有ります。大人しくしてください」

 冷静なリュウドの言葉に一旦は場が硬直したが、クラリスが入り口の鍵を開けて逃げ出し、男が後を追う。
 二名追い、残った三名に足止めにくるが二人倒したリュウドが叫んだ。

「ジンさん! 追って!」

 ジンは敵を見失う前に走り出し、銃を一旦しまって後を追った。黒いスーツの男達は、街灯の少ない深夜の街ではひどく見けずらく、かろうじて目立つクラリスの金髪を頼りに追う。しかし男達の速度にクラリスが勝てる訳がなく、先に捕まってしまうとジンは焦っていた。
 間に合えと速力を上げていると、目の前の二名が、突然何かに弾かれるように止まって驚く。
 道の先からまるで立ち塞がるように現れたのは、先程メッセージをよこしたカイエンだった。

「コガネさん!?」
「よ、『タチバナ』。やっぱ信頼できんじゃねーか!」

 挟み撃ちになった二名の男は、焦ったのか懐から銃を抜き、ジンは即座にクラリスとカイエンの前へと滑り込む。
 身構えた二人だが、ジンがベルトに下げる『魔術デバイス』のオートガードが発動し、防御。敵は手薄になった逆側から逃げ出した。

「コガネさん。耳」
「マジかー」

 カイエンが、クラリスの耳を塞いだのを確認し、ジンは懐から銃を取り出した。そして腰を落とし、街灯の下を通り過ぎようとした敵の足を狙撃し命中させる。

「流石、名門」

 さらに手前の男を撃ち抜き、ジンはほっと息をついた。唐突に響いた銃声に周辺の住宅へ灯りがついてゆく。

「クラリスちゃん、大丈夫」
「ごめんなさい。ごめんなさい、私……」
「何言ってんだよ。俺らの捜査に協力してくれたのに謝る必要なんてないよなー」

 こちらを見られ、ジンは思わず「え?」と思うが、カイエンは笑いながら続けた。

「でも悪い、『王の力』は返してくんねぇかな。俺もう一回とられちまってて、次やったら没収なんだ」

 クラリスはしばらく呆然としていたが、返却方法をレクチャーするとすんなりと返してくれた。

「じゃ、俺、クラリスちゃんを送ってくからあとは頼んだぜ」
「え、聴取は……」
「人の恋仲に水を差すなよ。リュウドによろしくな」

 カイエンはそう言って、ジンを残してクラリスと去ってゆく。何事もなかったかのように肩を抱く様は、正に恋人のようで思わず呆然と見送ってしまった。
 結局ジンは、応援が来るまでリュウドと朝方まで敵を抑え、捜査に付き合ってからタクシーで帰宅する。

 深夜に起こった異能盗難は、カイエンが【読心】でクラリスと顔を合わせた時点から把握していたことであり、彼はそれを知りながらあえてクラリスをホテルへと誘った。
 彼女は、両親の離婚によりこのままでは大学の学費が払えないと困っていて、ウェブで見つけた高額バイトを受けて今回の合コンへ参加していたのだ。
 結果的にそのすべては【読心】をもつカイエンに知れていて、彼は彼女を利用する形で、敵の居場所をつきとめ、ジンとリュウドで確保した。
 
「タチバナ! 馬鹿正直にはなしてんじゃねぇよ!」
「先輩……」

 事務所にて先日の事件の報告書を書いていたら、突然カイエンとリュウドが飛び込んでくる。後ろのリュウドが苦笑し抑えてくれるなか、ジンは困惑していた。
 カイエンが戻った後、ジンとリュウドはクランリリー騎士団と合流し、ことのあらましを話していた。
 カイエンは、異能を売買している集団をあらかじめ知っており、クラリスの協力の元で異能盗難グループを捉えたと報告すると、彼は敵の存在を報告しなかった事と民間人を巻き込んだ事に責任を問われてしまったと言う。

「無断でやったことになって一週間謹慎だよ、裏切りモンが!」
「先輩ごめんって! でも俺らもいい言い訳が思いつかなかったんだ!」
「不満ならせめて別れる前に提案してくださいよ……」
「うるせぇ! 信頼した俺がバカだったわ!」

 ジンは、何故彼が怒っているのか理解出来ず困っていた。責任を押し付けたと取られたのは申し訳ないが、クラリスへ異能を貸与した件は伏せていた為、リュウドとこれで納得してくれるだろうと妥協したからだ。

「どうしたらよかったんすか……」
「テメェで考えろ!」
「先輩……」

 どうしようかと困っていると、事務所がノックされ正装のキリヤナギが顔を出す。カイエンは、キリヤナギが現れたことに姿勢を正し真っ直ぐに向き合った。

「ご機嫌よう! 殿下!」
「お客さん? こんにちは、ジンいる?」
「なんすか?」
「これから儀式なんだ。人足りないみたいだから呼んで欲しいってセシルが」
「分かりました」
「殿下、殿下。この人、異能犯見つけた人」

 キリヤナギは真っ直ぐに立つカイエンをしばらく見ていた。そして、普段通りの笑みを見せてくれる。

「捕まえてくれてありがとう」
「恐縮です!!」
「行きますね」

 ジンはそう言って、サーベルを差しキリヤナギと出てゆく。カイエンはバツ悪そうにそれを見送り呆れていた。

「なんなんだよ、アイツ」
「そう言う人なんだ。すいません」

 騎士の三人が出会った彼女達は、心の隅に彼らを止め、平和な日常へと戻ってゆく。カイエンはその後、クラリスと正式に交際する事となり、リュウドから賛美を贈られていた。

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