ホワイトデーの当日。騎士棟では、休憩時間に男性側から女性へチョコレートのお返しをする空気で賑わっていた。
物陰でこっそり渡すものや、他の部署へ渡しにゆくもの、大きな紙袋を持つ女性もおり、ジンは思わずその雰囲気に呑まれそうになってしまう。
しかしジンもまた、そんな彼らと同じように手にはお返しのチョコレートを持っていた。
貰ったチョコレートの約3倍の価格のものを選んだジンは、ここまで道中でラグドール・ベルガモットへとお返しを渡してきた所でもある。
久しぶりに会った彼女は、その日は財布を忘れて困っていたらしく、ジンが持ってきた大きめのチョコレートの箱にとても喜んでくれた。しかし、ジンは少し気の毒にも思い、売店で適当に買った昼食も渡して別れてきた所でもある。
この後はヒナギクの元へと足を運ぶつもりだが、その前にジンはミレット隊の部署へと足を伸ばしていた。
三つ目の匿名チョコレートは、誰からの物なのか確信がなかったものの、ここ数ヶ月で絡んだ女性も限られ、かつローズマリー出身なら1人しかいないと、ある程度の目処をつけて足を運んだ。
賑やかな廊下を歩く最中、ミレット隊のフロアではそこまで顔が知れていないのか変な視線も感じない。しかし事務所を回っても彼女みつからず、途方に暮れてしまっていた。
「ジンさんですか……?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには見知った人物が、初めて見る男性と共に顔を見せる。
凛とした表情を見せる彼は、先日護衛任務で同行したシズル・シラユキだ。
「珍しいですね。ここでお会いするとは」
「シズルさん、どうも。ちょっと人を探してて……えっとーー」
「俺は、ミレット隊所属のカルム・リップです」
「ストレリチア隊嘱託のジン・タチバナです。……リップって、チューリップからですか?」
「え、は、はい。そうですけど」
ジンの感心する表情に、カルムは複雑な表情をみせていた。
「私の同期です。一般からのとても優秀な方ですよ」
「へぇ、よろしくお願いします」
「そこまででは、……ってタチバナさんって、あのタチバナさん?」
「多分?」
「はい。名門タチバナのジンさんです」
「騎士大会みてました! めちゃくちゃ強いっすね!」
「ふ、普通です……」
「はは、ご謙遜を。ジンさん、人を探しておられるのですか?」
「はい、リーシュさんってここですよね?」
リーシュ・ツルバキア。ミレット隊だと話していた彼女を、ジンは探していた。
彼女とはカレンデュラ領でも訓練に付き合ってもらった事もあり、きっとチョコレートを用意してくれたのだろうと思えたからだ。
「ツルバキアさんですか……。確かに私もミレット隊と伺っていてお会いしたいと思っていたのですが、こちらに戻ってからまだ一度もお見かけしていないのです」
「みてない?」
「はい」
「ツルバキアって大隊長の?」
「えぇ、リーリエ・ツルバキア閣下の妹さんと以前の任務でご一緒したのです」
「そうなんですね、でもツルバキアさんなんて、うちの隊にいましたっけ?」
首を傾げているカルムにジンだけでなくシズルまでもが困っている。ミレット隊ならば休日でない限りこのフロアのどこかに居るはずだが、「見た事がない」というのがよくわからないからだ。
「隠密見習いっていってたし、隠れてるのかも?」
「隠れる? 事務所で??」
「カルムさん、ツルバキアさんは恥ずかしがり屋なのです……」
カルムの意味不明な表情は無理もないと思える。シズルとカルムは、2人でジンに付き添いフロア内を一緒に探してくれたが、彼女が隠れそうな場所には姿が無く、休日を疑ってしまう。
「ジンさん、少し個人的なことを伺って構いませんか?」
「なんです?」
「ジンさんはタチバナですが、『異能』はお持ちにならないのでしょうか?」
王宮勤務になってもう数回聞かれた質問にジンは少し困ってしまった。ジンは『タチバナ』だが、リュウドが『異能』を持っているように「持たない理由もない」からだ。
「『タチバナ』が異能使ってたら本末転倒じゃないです?」
「それは、リュウドさんが覆してますから、個人的な興味です」
「それ、聞いていいんですか?」
「ジンさん、失礼でしたか?」
「いえ、別によく聞かれるんで……、『タチバナ』と異能って相性が悪くて、そもそも一緒持つ意味がないんですよ」
「意味がない?」
「普通に鍛えれば強いのに、そこに意味のない動きが追加されるだけなので」
「意味のない動き??」
「えーっと……」
説明をしていたら、休憩時間も終わってしまいそうで口を噤んでしまう。シズルはジンのそんな話したくない雰囲気を察したのか苦笑で流してくれた。
「なるほど、そうなのですね。実は伺いたかったのも、今週中には貸与希望の異能を決めなければならないので参考にさせて頂きたかったのです」
「それは、すいません……」
騎士団へ入った新人は、約1年間無能力で過ごし、2年目でようやく異能が貸与される。おのおので好きな異能が選べるが、【読心】と【服従】に至っては、乱用されないよう適正を見る為、例外を除いて2、3年の下積みが必要となる。
「『タチバナ』さんから見て最強はどれなんですか?」
「最強? 【細胞促進】……かな?」
「え? なんで!?」
思わず詰め寄るカルムに困ってしまう。
【細胞促進】の詳細な仕組みを聞いたカルムは目を見開いて驚いていた。
「盲点すぎる……。だから、うちの隊長は【細胞促進】なのか」
「【細胞促進】は、触るだけでアウトなのと、対面で持ってるかも分からないので、『タチバナ』としては怖いですね」
「カレンデュラにてこの目で見ましたが、確かにあれは知っていないと恐怖ですね……」
「タチバナさん、もっと教えてくれません? 選んだら一年は変えれないみたいなので」
「色々使って、合うの探してもいいと思うんですけど……」
異能貸与の流れは、この時期に新規申請や変更希望をだし、許可が降りれば異能をもつ領主の元へ一カ月の研修に赴く。そこで公爵から【異能】を借り受け、専門的な講習を受けることで能力者へ認定される。
つまり異能は、奪取されるか、返却をしない限り一年ごとに固定されるため、よく考えなければならない。
「一度返したら次の年まで借りれないって……」
「俺、持ってないから詳しく知らないんですけど……」
「確かに年ごとに変更は可能ですが、お借りする異能をコロコロ変えるのも不敬だとも思うので、やはり慎重に考えたいと話していたのです」
「そうなんですね」
それでもジンは『タチバナ』であり、その異能をうまく紹介できるとは思えない。知識は豊富だが、あくまで『タチバナ』から見た対策でしかない為、どれがどう良いのか解説しろと言われてもよくわからないからだ。
「ある程度決めてます?」
「はい、俺は【身体強化】希望です」
「私は、【未来視】か、【認識阻害】でしょうか? どちらか決めかねおります」
「よかったら俺の知り合いに繋ぎましょうか? 俺より詳しいと思うし……」
「いいのですか?」
「タチバナさんは、詳しくないんです?」
「俺は、しくみを知ってるだけで何が良いのかはよくわからないので……」
「それは、長所短所をわかってるってことじゃないんですか?」
「どっちかっていうと、短所を見つけるのが専門なので……長所がよくわからないんです」
カルムは理解できた様子もなく首を傾げている。分かりにくいことを言っているのはジンも自覚はあるが、「そう言うもの」としか言えず、反応に困ってしまった。
「そう言う事でしたらご紹介はとても助かります。お願いしてかまいませんか?」
「はい。じゃあこの後連絡とるので、返事もらえたら連絡しますね」
「ありがとうございます。それでしたら、もうこの足でリーシュさんの所属部隊を直接ミレット閣下に伺いに参りましょうか?」
「シズルさん、いいんすか? 気まずくない?」
「厳しいイメージが先行しているミレット閣下ですが、実はそこまでではないので大丈夫ですよ」
肝が据わっているなぁと、ジンは感心してしまった。カルムもまた同意見のようで、ジンは2人に手を引かれるようにクラーク・ミレットの執務室へと向かう。
休憩が終わりかけの執務室にて、すでに部屋へ戻っていたクラーク・ミレットは、バインダーの書面を確認しながらノックに答えてくれた。
「タチバナか……」
「失礼します……」
クラークは席を立ち、ジンの顔を間近に見にくる。何だろうと身じろいでいると、彼はふっと身を翻した。
「綺麗に治癒したな」
あっ、とカレンデュラ領でのことを思い出し、納得した。爆破に巻き込まれ顔に酷い切り傷を負ったが、クラークに治癒してもらったからだ。
「ありがとうございました」
「治癒したならいい……」
「ミレット閣下、リーシュ・ツルバキアさんを探しているのですが、彼女はミレット隊のどこの部隊へ所属されているのですか?」
「あ”? あいつは宮廷騎士じゃないぞ?」
「はい??」
質問をしたシズルだけでなく、ジンとカルムも絶句した。宮廷騎士団ミレット隊と名乗っていた彼女が、「騎士ではない」と否定されたからだ。
「宮廷騎士学校卒の、宮廷騎士の資格だけを持っとる『学生』だな。私の旧友の娘で時々遊びにくるだけだ」
「遊びにくる??」
「少し語弊があるな。カレンデュラ領では『傭兵』として扱っていたが……そう言う奴だ」
「お、隠密見習いって言ってました、けど?」
「桜花大では、適当にそう言っとけと通しておいただけだ。異能もっとるし、殿下が絡むと対応が面倒だからな」
コメントができずジンはしばらくフリーズしていた。たしかにただの『学生』が、王子を勝手に護衛しているのは怪しまれかねないが、「宮廷騎士団ミレット隊」と名乗っておけば、一応関係者として話は通るからだ。セシルはおそらくその事情を把握していて、ジンにも分かりやすいよう話を合わせて「見習い」と称した。
クラークは、自分の言動があまりにも突飛推しもなかったことに気づいたのか、返答に困っている3人へ続ける。
「ツルバキアならもう1人いるし、そっちを頼ったらどうだ?」
「いえ、その、それは、難しい、と言うか……、すいません……」
「ふーん。なら私から連絡をとるか?」
「大丈夫です。すいません、大したことでは、ないので……」
「そうか? まぁ、殿下の学友だし、そのうち会うか」
「はい。その、色々お気遣い、ありがとうございます……」
「タチバナはいいが、お前ら2人はさっさと異能申請だせよ。今週までだぞ!」
「は、はい! 申し訳ありません。急ぎます」
「失礼します! ありがとうございました!」
クラークは、逃げるように執務室を出てゆく3人を見送り、呆れたため息をついていた。
いまだ動揺が落ち着かない3人は、上手く事実が受け入れきれずしばらくは呆然とする。
「漫画でも設定盛りすぎじゃないです?」
「カルムさん、漫画ではないです」
「居ないの当たり前だったんすね……」
想定外すぎて上手く理解できないが、『傭兵』と言われれば確かに理解はしやすく納得した。「遊びにくる」のは訳がわからないが、確かに宮廷騎士学校の卒業資格があれば、宮殿までは行かずとも騎士棟には出入りもできるからだ。
「ジンさん、すみません。お力になれず」
「いえ、大丈夫です。ちょっと想定外すぎて……」
「『傭兵』なんて概念あったんだ……」
「はは、私も初めて聞きました」
落ち着いていると、間も無く休憩も終わりでジンはリーシュの捜索をその日は一度諦めることにする。騎士棟にいないのなら、外を探すしかないからだ。
「あの、それじゃ今日の定時のあとに……」
「はい。タチバナさん、是非よろしくおねがいします!」
ジンは嬉しそうに業務へと戻ってゆく2人を見送り、1人午後の常勤に就く為に宮殿へともどる。
宮殿へと戻る帰り道に解説してくれそうな3人へメッセージを飛ばすと、3名とも快く受けてくれて、ジン、シズル、カルムの3名は、定時後に再合流してシラユキ隊のフロアへと向かった。
帰りの準備をする騎士達とすれ違う中、簡単な休憩スペースで合流したのは、金髪の彼だ。
「リュウド君、サンキュ」
「こちらこそ、シズルさんもお疲れ様!」
「リュウドさんでしたか、わざわざありがとうございます」
カルムも自己紹介をして、四人は飲み物を用意してしばらくは雑談を楽しんでいた。
リュウドは、シズルとカルムと同い年だが、騎士学校で飛び級し19歳で宮廷騎士として配属されている。また、配属されたその年に特殊親衛隊として抜粋されたため、特例としてからその年に【異能】を貸与の研修をうけていた。
「めちゃくちゃエリートっすね……」
「俺は、強そうだったから安易に【身体強化】選んだんだけど、初年度からガッツリ鍛えられて正直トラウマかなぁ、今はもう慣れたけど」
「トラウマ?」
「【身体強化】の研修だよ。カレンデュラ領でだったんだけどさ。一カ月間、毎日【身体強化】を限界まで使わされて、もう毎日筋肉痛。初日は激痛で全員動けないし、二日目で心折れてる人もいたかなぁ」
カルムが真っ青になっていて引いている。
【身体強化】は言わば、自身の筋肉量から限界を突破させて効力を発揮するため、使用すると筋肉の繊維がボロボロに破壊される。つまり繊維が再生する事で筋力の強化が望めるため、新人にはひたすら使わせる事が研修となる。
また、使う事での反動は避けらないことから、反動を恐れないメンタルを鍛えると言う意味でも効率がいいが、都会暮らしの新人騎士達は、騎士学校での基本的な体力作りしかしていない為に、初回発動の反動は軽微であれど、とんでもなく重くのしかかる。
「やっべ、怖くなってきた」
「慣れたらどうってことないさ! 痛みが気持ちよくなるぐらい」
「めちゃくちゃドM発言っすよそれ!!」
気さくに話すリュウドは楽しそうだった。ジンは黙って聞いていたが、異能の研修は受けた事がなく新鮮さを得る。
「はは、でも辛いだけじゃなくてさ。使いこなせるようになってくると出力も自分で調整できるようになるんだよ」
「出力?」
「毎回全身に発動させてたら反動がキツいけど、腕だけとか、足だけに少しだけとか、腕に100%、足に30%とかに出力を抑えたりできるようになると、最低腕が上がらなくなっても走れるようにできたりとか。あとこれは裏技なんだけど、人によって痛みを感じにくい筋肉ってあるみたいでね。そこを狙って強化するとか出来るようになると、反動もコントロールできるかな」
「へぇー!」
「けど、痛みは避けられないし、そこは覚悟がいる異能かもね」
「きっつー……」
ジンは考えたこともなかった意見に、感心すらしていた。【身体強化】はただ反動があるものだと捉えていたが、それがどの程度のものなのかは、考えても居なかったからだ。
「参考になりました。ありがとうございます」
「よかった! 俺も語れて楽しかったから【身体強化】に決めたらまた連絡してよ」
「いいんすか、よろしくお願いします!」
リュウドとカルムは、連絡先を交換していてジンはハッとしていた。リーシュとも交換しておけばよかったと今更後悔してしまう。
「リュウド君、そろそろ俺らヒナギクさん所にいってくる」
「わかった。じゃあ今日はもう帰るね」
「お疲れ様です、ありがとうございました!」
リュウドは楽しそうに手を振り、荷物を持って帰って行く。そんな彼を見送りジンは二人を連れてストレリチア隊のフロアへと足を運んだ。少しだけ残業をしていたヒナギクは、ジンが現れたのをみて荷物をまとめながら話をしてくれる。
「タチバナさんから来てくださるのは珍しいですね」
「ヒナギクさん。遅れてすみません」
「いえいえ、私もやる事がありましたから」
シズルとカルムが、ヒナギクへ自己紹介をする中、彼女はシズルが【認識阻害】を希望していると聞き、嬉しそうにしていた。
「【認識阻害】は、その名だけで見ると相手の視界を阻害するような名称ではありますが、この異能はあくまで相手ではなく【自分】に効果があるものです。そこは誤解をなきように」
「はい」
「その上でこの異能は、あくまで【見えづらく】するもので完全にそこから消えるわけではありません。しかし、【見えづらくなる】事は、対面戦闘においてこれ以上優位な事はないとお分かり頂けますか?」
「えっと?」
「【見えづらくなる】ことは、まず相手に武器を悟られる事がないと言うことにもなります。また、相手が銃の場合、見えなければそもそも【狙うこと】ができない。あ、どこぞの影を見て当てに来るタチバナさんは例外ですよ。この人は化け物ですからね」
睨まれて思わず生汗をかいてしまう。しかし、確かに影のみの敵を銃で狙うのは難しく、大前提として敵は「止まってはくれない」からだ。
「近接戦闘でも大変有利です。それは、こちらがどう言う構えをしているか、何を狙っているかが相手に悟られないのです。何をしてくるかわからないプレッシャーを与えられるので、まず負ける事はないですね」
「なるほど……!」
「もっと話すのなら、【認識阻害】は、衣服など肌に触れている部分には作用するので、こうして手にもつ武器も【認識阻害】の効果を受けて活用が可能です。わかりますか? これは、相手に武器を悟られず戦う事ができると言うことです」
ヒナギクは事務用のペンを回し【認識阻害】を発動させてみせてくれる。その得意気な様に、3人は釘付けになっていた。
「私は、相手に何を使うか悟られない為、銃だけでなくサーベル2本と弓も使用してます。相手に合わせて戦う為なのと、近づけは近づくほど、相手に影を見る余裕はなくなるので攻める時は二刀ですね」
「珍しいですね」
「ふふ、宜しければご教授致しますよ。代わりにストレリチア隊へお越しください。歓迎します」
「二人は、ミレット隊なんですけど……」
「なら尚更親和性が高いとおもいますが」
二人がコメントに困っているのを、ヒナギクは楽しんでいた。リュウドもそうだったが自身の異能について楽しそうに語る二人は、やはり能力者であることへ誇りを持っているようにも見える。
「ヒナギクさん、あの……」
「タチバナさん、如何されました?」
「バレンタイン、ありがとうございました。これ、お返しなんですけど……」
「あら」
差し出された箱に、ヒナギクは少し驚いていた。何も言わずに受け取ってくれてジンはホッとする。
「美味しかったです。ありがとうございます」
「特殊親衛隊の皆様に渡させて頂いているのに、うれしいですね、ありがとうございます」
「じゃあ俺は、これから宮殿に戻ります」
「えぇ、お話させて頂き楽しかったですわ」
「ありがとうございました」
「ご機嫌よう」
ヒナギクは優雅に身を翻し、その場から去って行く。
ジンはその足で二人を宮殿へと連れて行き、特殊親衛隊の事務所へと向かった。グランジだけを呼び出すつもりが、彼はキリヤナギのリビングの前で待機していて何故か中へ招かれてしまう。
「……殿下」
「ジン、異能レクチャーしてるって本当?」
何故嬉しそうなのだろうと困惑してしまう。セオも招かれた二人へお茶を出てくれて、雰囲気が完成されていた。
「は、初めまして殿下」
「こんばんは、シズルのお友達?」
「はい。私の同期のカルム・リップさんです」
「リップってチューリップから? かわいい……」
「……」
カルムが必死に何かを堪えている。ジンは彼に無理をさせないよう話を進めることにした。
「グランジさんに【未来視】について解説してもらいに来たんですけど」
「へぇー」
「……」
グランジは、何故か黙っていた。キリヤナギが目線を向けても反応を示さず目を合わせる。
「グランジ、【未来視】だって」
「……?」
首を傾げていてジンは察した。グランジは、「深く考えていない」。
「使い勝手とか、教えてくれたら嬉しいんですけど……」
ふむ、というような仕草は珍しいが、期待しているシズルとカルムに、ジンは不安で仕方なかった。
「未来が見える」
「うん」
「……数秒先」
「ほ、他には?」
「……」
考えている。
1分ほど経ってようやく向き直った彼は堂々と二人を見た。
「以上」
「も、もうちょっとないっすか? ほら、【ラグ】あるし……」
「音で判断すればいい」
「それはシズルとカルムには無理があるんじゃ……」
案の定、訳がわからないという表情の2人に、ジンは人選を間違えたと後悔しかなかった。そもそも普段から寡黙で殆ど話さず、感覚的に使っているグランジに言語化を求めるのは無理があったのだろう。
「グランジ、【未来視】の良さとかを話すのがいいんじゃないかな? 性能とかじゃなくて……」
「良さ……」
「何かないですか?」
「先の動きがみえる」
「そうっすね……」
何もわからない。ヒナギクとリュウドの高度なコミュニケーション力を実感し、ジンは何も言いようも無かった。しかし、代わりにキリヤナギが熟考し、口を開く。
「【未来視】はそうだね。相手より先に攻撃できるから、限りなく優位というか。ジャンケンで言うなら相手の手を見てから後出しできる感じなのかなって、想像だけど」
グランジがうなづいていて、ジンは救われた気分になる。
「あと持ってるかも分かりにくいから【タチバナ】でも後手に回ることになるし、初見ならまず負けないんじゃないかな? 理論上は弾丸も避けれるから」
「なるほど、たしかに」
「でも、身体が追いつかないと厳しいので、反応できる体の柔軟さを得る必要があるかもしれないですね」
グランジは無表情で場を観察していた。眼帯の彼をカルムは珍しそうに眺め、ふと口にする。
「目が悪いんですか?」
「片方の視力がない」
「厳ついですね……」
「グランジは生まれつきなんだよね。義眼はいれてるんだっけ?」
うんうんと、無言でうなづいていてジンは普段通りのグランジに何故か呆れを超えて安心していた。
「でも、なんで今更異能のレクチャー? 春に研修があるよね?」
「リーシュさんを探すのに手伝ってもらったのと、どれにするか迷ってるって話だったので」
「お恥ずかしい限りですが、【未来視】か、【認識阻害】のどちらにしようか決めかねおりました」
「へぇ、シズルはどっちも似合いそう。カルムは?」
「【身体強化】のつもりだったんですが、研修が怖くて……」
「そんなに……?」
「相当痛いらしいです、リュウド君の話だと」
カルムはげんなりしていて、シズルに背中を摩られていた。【身体強化】だけでなく、他の異能研修も優しくはない為に、この時期の新人は皆が切磋琢磨しているとも言える。
「ジンは研修どうだったの?」
「俺はそもそも希望しなかったし?」
「『タチバナ』の研修あるのかなって」
「専門の隊が解体された時点で、研修もなくなってますよ」
キリヤナギはがっかりしていた。今宮廷騎士団で『タチバナ』はもう学べず、やるならば個人の範囲と言うことになるのだろう。
「話戻しちゃうけど、ジン。結局リーシュは見つかった?」
「いえ、結局どこにも居なくて、と言うか騎士じゃなかったんすね、リーシュさん」
「僕も騎士だと思ってたんだけど、クラークの知り合い? 履歴書には『傭兵』ってかいてたから、ちょっとびっくりしたかな」
げんなりしているジンをキリヤナギは眺めつつ続ける。
「僕、リーシュの連絡先知ってるからメッセージ送っとこうか?」
「た、助かります……」
「ジンさん、よかったですね」
「一周回って殿下に頼むんですか? タチバナさん、すごいっすね……」
カルムの率直な感想が最もで、ジンは何も言い返せなかった。
しかし、用意したチョコレートが無駄にならないのはありがたいとも思え、ジンから見るとクラークよりも、キリヤナギの方が頼みやすい本音がある。
一通りのレクチャーを終えたジンは、2人を宮殿の出口まで送り、普段とは少しだけ違った一日を終えてゆく。
そして次の日の午後、リーシュは昼休憩にあわせ、宮殿のエントランスへ足を運んでくれた。
多くの人々が行き交うエントランスホールで、隠れられることを覚悟していたジンだったが、あらゆる人の視線を気にした彼女はエントランスにある一番大きいソファの裏に隠れていて一目で見つかる。
「じじじじじんさん!! お久しぶりです!!」
「リーシュさん、わざわざありがとうございます」
「いえいえいえいえ、そそその、きょ今日は、お姉様に、お弁当を届ける日だったのでだだ大丈夫です!!」
震えている彼女に申し訳ない気持ちが芽生えてしまう。半パニックに近いリアクションの彼女にジンは手に持っていた紙袋を丁寧にさしだした。
「あの、一日遅れですけどこれ……」
「は、ひ?」
受け取ったリーシュは、中に入っていた箱に驚いていた。チョコレートだと気づいてさらに真っ赤になってしまう。
「えぇぇぇっ! い、いいいんですか!?」
「カレンデュラ領で、訓練に付き合ってくれたのもあったので……ありがとうございました」
「そそそ、そんな、わ、私も、たのしかったので、ありがとうございます!」
受け取ってもらえて一先ずはほっとする中、ジンは顔を真っ赤にする彼女を不思議に思う。単純なお返しを受け取ったにしては、反応が顕著すぎるからだ。
「わ、わたし、バレンタインに何もしてないのに、す、すみません、た、たいせつに、たべます!」
「えーー……」
「それではジンさん! お姉様がお腹を空かせているのでこの辺りで! ありがとうございました!!」
リーシュは目を合わせることもままならず、逃げるように去ってしまった。残されたジンはまるで反響するように頭の中へ「バレンタインに何もしていない」と言う言葉が響き、項垂れる。
「ジン、何かあった??」
リビングにて頭を抱えていたら、キリヤナギが心配そうに覗き込んでくる。お返しをする相手を間違えたなど、死んでも話すことはできない。
「なんでもないです……」
「本当に? 顔色悪いよ?」
「ジンは働きすぎてるから、休んでもバチ当たらないんじゃない?」
そう言う問題ではないと、ジンはその日しばらくは凹んでいた。
一方で別れたリーシュは、実姉のリーリエ・ツルバキアの執務室へお弁当を届け終え、自身もジンから渡されたチョコレートに釘付けになっていた。
バレンタインはカレンデュラ領へ赴き、誰にも用意ができず諦めてはいたが、まさかジンから渡されるとは思ってはいなかったからだ。
「ホワイトデーのチョコレートか、我が妹ながら流石だな」
「うぅ、予想外の殿方から渡されて、これからどう顔を合わせればいいかわかりません……」
届けられたお弁当を楽しむリーリエ・ツルバキアは、妹が男性騎士へ好意を持たれている事が誇らしいのか、得意げにそう話す。
「リーシュも、それだけ魅力的な女性になったと言う事だろう。堂々とすればいい」
「は、恥ずかしい……。お姉様は今年のバレンタインは用意されていたのですよね?」
「あぁ、興味がもたれなくともアプローチは大切だからな。彼が出張に行っている間、こっそり使用人へ届けてもらった」
「それは……?」
「孤独に生きてきた彼に、味方がいると知ってもらえるだけでいいと思い、匿名だが受け取ってもらえただろう」
「気持ちをお伝えした方がいいのでは……」
「リーシュ。本当の愛とは見守る事でもある、彼がそれに気づいた時、彼の方から来てくれると私は信じているさ」
「情熱的です、お姉様……!」
「そうだろう!」
リーリエは、最後までリーシュのチョコレートが誰からのものなのか聞くことはなかった。それは例え姉妹であったとしてもお互いの交友関係には深く口は出さないと言う暗黙の了解があるからだ。
「甘くて美味しい……です」
「うむ。今日の弁当は出来がいい、いつもありがとう」
すれ違いはありながらも、ホワイトデーを終えた王宮は、今日も平和な日常が続いていた。