第四十九話:ツバキの花弁

 暖かな気候が覆い、花の香りが漂う春。
 王立桜花大学院の正門には、数多の桜が咲き誇り、在校する生徒達を迎え、去ってゆく生徒を見送っていた。

 その日この大学は、卒業式を迎えていた。
 講堂へ集った学生達は名前を読み上げられては起立し着席してゆく中で、第一王子キリヤナギ・オウカもまた従姉弟シルフィ・ハイドランジアと共に、後ろの席からその儀式を見守っている。
 そんな静寂が訪れるホールにて、中央の通路を堂々と歩く1人の男性がいた。
 この大学の生徒会にて深い爪痕を残し、また体育大会にて2年間の連続優勝を飾ったツバサ・ハイドランジアは、他の生徒が真似できない圧倒的な功績により、主席として舞台へと登壇する。
 卒業証書を受け取ったツバサは、学生生活での学びをと公爵家である自分の使命を高らかに語り上げ、人々へ大きな拍手を送られていた。
 退場の際、目も合わせなかったキリヤナギとツバサだが、正門前の広場にて改めて顔を合わせるとツバサはまるでキリヤナギを敵のように睨む。

「シルフィはいい、だが何故王子がいる?」
「だってサークルの最後は会えなかったし……ハイドランジアに帰るんだよね?」
「あぁ、明日には戻る」
「早くない?」
「残って何の意味がある?」
「お兄様、殿下のお気遣いですよ」

 キリヤナギは何も言い返せない。
 「タチバナ軍」を立ち上げてからサークル活動を隣で行っていたのに、突然いなくなってしまったのはやはり寂しかったからだ。
 ツバサは四回生だと聞いていたのに、再会が嬉しくて卒業することすら頭に入っていなかったのが恥ずかしい。
 キリヤナギはそんな本音を隠しながら、ククリールからの言伝を話す事にした。

「ククが、ツバサ兄さんの政治を気に入ってたってさ。ありがとうって」
「ふん、貴族が優遇される体制をとっていたのだから当たり前だ。カレンデュラ嬢はマグノリアの盾を利用しつつうまくやっていたからな」

 キリヤナギは思わず目を逸らしてしまった。公爵家であるにも関わらず派閥を作っていなかった彼女は、ツバサの言葉通りアレックス・マグノリアの後ろにいたのだ。
 その「うまくやっていた」状態を根本から破壊したことは、やはりキリヤナギには言い訳ができない責任とも言える。

「まぁいい。私は今日ここを去るが、私はここを『私を必要とする場所』にした覚えはない」
「それは?」
「残った者が継続させるか、破壊するかは好きにしろ。望むなら評価してやる」

 評価すると言われキリヤナギは、「らしい」と笑みが溢れる。ツバサは、キリヤナギに対して必ず成長する「課題」をくれるからだ。

「わかった。やれるだけやってみるよ」
「次は秋の騎士大会だ。それまでにハイドランジアへ来るのなら、何が一つでも私に誇れるものをもってこい。手ぶらは許さない」
「うん、楽しみにしてて」

 キリヤナギが手を差し出すとツバサは握ることはなく、軽く叩いて去ってゆく。シルフィもまたキリヤナギへ一礼し、彼と共に桜花大学から帰って行った。
 後ろに控えていたジンは、歩き去る2人を見送るキリヤナギの横へ並ぶ。

「青春すね」
「そうかな?」

 ジンの目線が後ろを向き、キリヤナギもそちらを向くとヴァルサスとアレックスが手を振って肩を並べていた。
 ヴァルサスは来ないと聞いていたキリヤナギは、嬉しそうに2人へと合流してゆく。

 そんな光景を散りゆく桜は見下ろし、桜花大学へ新たな季節の始まりを告げた。

@
 
 卒業式が終わり、大学は間も無く春学期が控えていた。既に必要単位を取得しているキリヤナギは、進学が危うかった去年の不安はなく平和な日々を過ごす。
 その最中で通信デバイスのグループ通信が少しだけ賑やかにもなっていた。それは間も無く控える生徒会の解散に備え、現生徒会の最後の仕事となる「選挙」について話し合いをしたいと言う打診でもあったからだ。

「まさか全員に来て頂けるとは、とても嬉しいですわ。ありがとうございます」
「当然です。会長」
 
 春学期が始まる前。現生徒会長のシルフィ・ハイドランジアは、春休み中に「選挙」の段取りを話し合いたいと生徒会の彼らへ声をかけた。
 シルフィは来れる人だけで構わないといい、誰も来なければキリヤナギと二人で段取りを考えようとしていたが、リーシュを含めた生徒会の彼や彼女達は、まるで当然のように集い話し合いの席へついてくれている。

「段取りを教えていただくよりも、参加する方が全容を掴みやすいと思ったのです」
「助かります。でも私達には数年前に生徒会が開発してくださったアプリがありますので、我々の作業は立候補者の募集やアプリの使い方を広報することですね」
「このアプリ、生徒会で作ったんだ?」
「はい。おもな運用はエンジニアサークルの方にお願いしています。初めは選挙だけのアプリだったのですが、引き継いだ新たなサークルメンバーの方々が、様々な機能を追加してくださって今では生徒の皆様になくてはならないものになっていますね」

 キリヤナギは選挙用のアプリだと言ってヴァルサスに紹介されていだが、投票だけでなく学生間でのコミュニケーションツールにもなっていて、日記を書けたり、グループを作れたり、スケジュールを公開できたりする。
 相手のページを見にゆくとログが残るのも面白く、誰が見に来たのかわかるのも便利だが、安易に見にゆくと「王子がみにきた」とコメントが書かれて恥ずかしくなり以来何処にも見にゆけなくなっていた。
 他にも文化祭でのダンス相手の募集とか、体育祭の所属チームを表示させれたりなど、痒いところに手が届く機能が満載でとても便利になっている。

「ミニゲームも面白いよね。畑のやつ」
「私は、コンセプトが少し違うと考えていたのですが……王子が気に入られたのでしたら無駄ではありませんね」

 畑を耕し、種を植えて毎日水をやって作物を育てるゲームが実装されている。
 生徒全体で4年間のスコアが競われているが、一日にできる行動数が限られていて、どれだけ遊んでも先人には追いつけず、ジンには「それはゲームではなくただのシミュレーション」だとバッサリ切り捨てていた。

「ゲームもいいですが、この生徒会も来月の選挙を終えれば新しいメンバーへの引き継ぎとなります。新人の彼らを生徒の方々が選べるよう準備を整えましょう」

 シルフィの号令に皆がうなづいて返事を返す。一応知名度のあるキリヤナギは選挙の広報を担当する事となり、早速チラシのデザインを考える事にした。
 絵を書くことが苦手なキリヤナギが、どうにかツールを使ってポスターを作成する日常で、セオもまた王子の見守りながら多忙な日々を過ごす。

 間も無く新年度の始まるこの時期は、衣替えや大掃除だけでなく、催事の企画や年度の締めの作業などやることが山積みだからだ。
 セオはその日も誰よりも早く起き、リビングの空調をつけ、朝礼へと参加。一日のスケジュールの確認を行う。
 平常ならば、キリヤナギの朝食を用意した後、リビングの掃除や週に一度、ジンとグランジの勤務状況を報告するぐらいだが、この時期は催事に備えて役割をきめる会議がほぼ毎日のように行われ、リビングには居られない日々が続く。

 今日も長い一日が始まると、宮殿の総括事務所にてスケジュールを確認していると、セオの後ろ側の窓の向こうに女性が一人現れた。
 セオと同じ髪色と同じ色の目を持つ彼女は、デバイスに何かを入力するセオを遠目で眺め、反応を伺う。振り返ったタイミングで引っ込んだ彼女にセオは首を傾げ、確認へ向かった直後、しゃがんでいた彼女が飛び出してきた。

「お兄ちゃん! おはよう!」
「ソラ! また無断で入ってきて……」

 楽しそうに笑う彼女に、セオは呆れてものも言えなかった。彼女、ソラ・ツバキは、オウカ町に住むツバキ宗家の娘でセオの実家で母と二人暮らしをしている。
 王宮には、一応規則として出入りの際の身分確認は必要だと考えてはいるが、半ば子供の頃からこうして定期的に現れる彼女を、守衛達は可愛がり使用人の同僚もまた娘のように慕ってくれていた。

「ソラちゃん、おはようー!」
「おはようございまーす」
「ちょうど昼用のパンが焼けたんだけど、食べてくかい?」
「いいんですか?」
「キッチン長?! 甘やかさないでください! ソラも図々しい!」
「あはは、お兄ちゃん、ごめーん!」
「沢山あるんだけどねぇ……!」

 ソラが遠回しに断る様は、週に数回ある宮殿の日常だ。
 ツバキ宗家とも言われるセオの家系だが、王族の衰退と共に核家族化していて、父の兄妹はみな独立していて宮殿には仕えてはいない。それも伝統を重んじる考えが極限まで薄れており、さらにキリヤナギが生まれてから多くの儀式が廃止されているからだ。

「お兄ちゃんどうしたの? ぼーっとして」
「……あぁ、ごめん。父さんにこの国のしきたりについて習った事を思い出してさ」

 15年以上前、セオはツバキの跡取りとしてこの宮殿に仕える為、ありとあらゆる儀式やしきたりなどを父から教わった。
 休日の全てを使って叩き込むと言われ、セオはツバキの人間として真面目に学ぼうと身を引き締めていたが、その時の父の言葉がいまだに忘れられずにいる。

「何を言われたの?」
「えーっとね……」

 父は初日、机の上へ沢山の本や資料を積んでセオへと見せた。その中身は王族としての価値の維持のため、日々の振る舞いから服の着方、礼の仕方だけに止まらず、儀式の詳細な方法、必要な道具の持ち出し方なども記され、セオはやりがいがあるとも思えていた。が、

「これが私達、ツバキとしての『目』を育てる為に覚えるもの全てだ。が……」
「が……?」
「これらの資料に書かれた9割以上の事柄は、既に廃止されていて行われてはいない」
「へ?」
「今実施されているのは、これだけだ」

 父が出してきたのは、その辺の文具屋で買えるノートだった。そこにはびっちりと文章が書かれているが、傍の資料と比べるとあまりにも量が減っていて驚く。しかし時代が変わった事で不要な儀式が削減されるのも理解はできた。

「このノートを参考にすればいいのですか?」
「いや、このノートの中身もヒイラギ王妃殿下の意向により、来年度から廃止が決まっている」
「は??」
「今からその残されているものについて教える。セオはそれらを自分のノートにまとめなさい」

 そう言って渡された真新しいノートへ書いたものは、余裕を持って書いてもページがあまり、酷く拍子抜けしてしまったのを覚えている。
 しかし父から学んだこの国のしきたりは、意味のないものもあれば、理にかなっている物もありセオは興味が尽きなかった。
 セオは父があえて解説を省いた資料を読み込み、廃止されているが考慮した方が良いものを抜き出してまとめていると、空いたページが埋められ自然と一冊分になり、そのノート現在でも儀式の前に使う大切な物となっている。

「そんな事になってたんだ……」
「僕は覚えるのが得意だから、聞いた当時はガッカリしたかなぁ」
「でもお兄ちゃん、楽しそうだよね」
「確かに楽しい。今は騎士の位ももらえて上手くやれてる気がするからね」
「私もそうなりたいなぁ……」

 空を仰ぐ彼女の夢は「歌手」だった。
 しかし、その夢はツバキ家としては応援がされず、25歳で叶わなければセオのように宮殿へ仕えると約束させられている。

「今度またオーディションがあるの。それをお兄ちゃんに報告したくて」
「そう言うことか……。なんて言って欲しい?」
「いじわる……」
「はは、ソラは僕より歌が上手い、きっとうまく歌える」
「……! ありがとうお兄ちゃん。行ってきます」

 21歳になるソラにとってオーディションは初めてではない。18歳からデビューを目指し、大学の歌唱サークルへ所属しつつ活動を行なっているが、今ひとつ芽が出ずセオは複雑な心境も抱いていた。

「殿下にもよろしくお伝えしてねー!」
「はいはい」

 一度立ち止まる彼女は、手を振って去ってゆく。セオもまたそれを見送り、宮殿の一日が幕を開けた。

 オウカ町から隣接するコノハナ町には、国内最大級のクランリリー駅が存在し、その周辺には観光客向けの宿泊施設や飲食店が多数存在していた。
 その中でも一際高く美しい外観をもつ建物は、コノハナ町の中でも一二を争う高級のホテルであり、数多のサービス店を系列にもつサザンカグループの本拠地でもあった。
 そんな、より高貴な身分の人々が利用するビルの最上階で、一人の初老の女性が送られてきた書類を眺めている。
 その資料は、サザンカグループがスポンサーとして出資している、とあるプロダクションのオーディション企画のもので書類選考を突破した者の履歴書も送付されていた。
 彼女、スズカ・サザンカはその一枚一枚を丁寧に眺め、そして、とある一枚の履歴書に手を止める。

「失礼します。理事長」

 ノックから現れた男は、このホテルの代表たるスズカ・サザンカの息子、キョウヤ・サザンカだった。彼は、スズカが見せてきた履歴書に思わず息を詰まらせる。

「懐かしいものが『釣れた』」
「……なるほど」

 二人はお互いに何が言いたいか分かっていた。当時憧れであった感情は、数百年の歴史によって僻み、妬みへと変貌し今は憎しみとなっている。
 ただ憎くて憎くて仕方のない彼らが、今現在も変わらぬ高嶺に咲き誇っているのが許せず、叶うのならその花を地より引き剥がし、共に奈落で枯らせたいと渇望を抱いていた。
 
「覚悟はありますか?」
「えぇ、我らサザンカ一門。連中に目にものを見せてやりましょう」

 キョウヤ・サザンカは深く頭を下げ、スズカと共に声を上げる。

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 意気揚々と迎えた春学期の初日は、爽やかな朝から始まってゆく。
 王立桜花大学院もまた、散りゆく桜吹雪で生徒達を迎え、まるで未来を祝福しているようにもみえた。
 春らしい洋装に着替えたキリヤナギ・オウカも多くの生徒達に紛れ、騎士のジン・タチバナと共に登校する。

「今日は早いんですっけ?」
「どうかな。オリエンテーションがいつ終わるかわからないからまた連絡する」
「分かりました。お気をつけて」

 ジンと別れ、校内へと入ってゆくと見覚えのある生徒達もいれば、新入生もいる。キリヤナギは早速掲示板をみて教室へ向かっていると、その道中で壁にもたれつつ通信デバイスを触る男性が目に入った。

「アステガ、久しぶり」
「王子か、去年の秋以来だな……何か用か?」
「特に用事はないんだけど、たまたま見つけたから?」
「律儀だな……。まぁ元気だぜ?」
「ジーマンは一緒じゃないんだ?」
「何で俺がアイツとセットになってんだ?」
「友達じゃないの?」
「ちげぇよ」

 思わず混乱して続ける言葉に詰まってしまう。アステガは、キリヤナギの気まずい雰囲気に気を使いポケットへデバイスを戻した。

「まぁ、同期だしそのうち会うんじゃね」
「……あ、ありがとう。よかったら一緒に席を並べるのはどうかな?」
「悪いが目立ちたくはない。他当たってくれ」

 アステガは何か見つけたような仕草をした後、後ろ手を振って先に教室へと入ってしまった。
 少し残念にも思うが、あらゆる場所から視線を感じるのは否めず、キリヤナギは一人で席を確保し履修登録の準備をしていた。

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「お久しぶりです、皆様。本年度からもよろしくお願い致しますね」
「きっちり帰ってきてんじゃん! 姫」

 午前のオリエンテーションが終了し、キリヤナギは以前のように人の少ない屋内テラスへと足を運んでいた。合流できなかったヴァルサスは、先にアレックスとも顔を合わせていて遅れてククリールも現れる。

「一時はどうなるのかと思っていたが、またこうして大学で顔を合わせられるのは光栄だ」
「グループからも退室してさ、もう帰って来ないのかと思ったぜ」
「あら、アゼリアさんも心配してくださったの?」
「は、あ、当たり前だろ。突然消えるんだからさ……」

 嬉しそうに話す3人の会話に、キリヤナギは思わず頬が緩んでしまう。ククリールは何も言わないまま目線をよこし、何か言いたい事はないか聞かれているようだった。

「つーか、お前ら結局付き合うの?」
「え”っ??」
「アゼリアさんは本当に無礼ですね。まだ『友達』以外の何者でもありません」
「ほぅ?」
「ま、まぁ、うん……」

 アレックスが睨んでくる。しかし、これはククリールともお互いに話し合って決めたことで、これからは世論の反応を見ながら関係を進めて行こうと決めたからだ。

「つまんねー……」
「ヴァルこそ、彼女とか……作らないの?」
「うるせぇ! 俺はもう一回決めてるんだよ!」
「ご、ごめん……」

 掴みかかろうとするヴァルサスを、キリヤナギはうまく交わしていた。アレックスはじゃれ合う二人を見ながら、ククリールの自然な表情にほっと肩を撫で下ろす。

「ところで、王子」
「? 先輩、どうかした?」
「来季の生徒会、会長になるのか?」

 突拍子もないアレックスの言葉だが、聞いていた三人は眉を顰める。1年間、生徒会の副会長として尽力したキリヤナギは、順当にゆくなら会長へ立候補する事へ違和感もないからだ。

「まだ、決めてないかな。他にやりたい人がいるならやればいいと思うし」
「その程度の気持ちでーー……」
「そういう意味ではないんだけど……、僕が何かできたかなって思うと、大体皆に頼ってたから、僕の功績とは言い難いと思って」
「……去年、執行部として愚行を働く生徒達を正した事で、我々四人を英雄視している層ができているようにも見える」
「英雄視?」
「何故私も入ってるんですか?」
「誰も解決ができなかった案件を解決し、不良な生徒たちへ正当な道を示した事で、王子と言う一つの抑止力を生んだのだろうと私は考えている」
「それは?」
「私は圧倒的な勢力でそれを行使し、貴族達の敵となる事で一体感を与えてきたが、善良な生徒達に『頼る先』ができた事で『何かあっても王子がどうにかする』と言う信頼を得たんだ。副会長と言う立場の元、この学園愚行を働けば、王子のいる生徒会に目をつけられるという抑止力だな」
「あえて言うのなら、一般生徒向けの施策ではありましたね。平民相手に威張れなくなった貴族達は不満を持ってはいるでしょうが、貴方に目をつけられる事の方が面倒なので何もできない」
「王子と言う立場だからこそ、成し得た環境でもあるな」
「それは結局、僕が会長になった所で維持されるだけだよね」
「何か不満か?」
「ツバサ兄さんは、マグノリア先輩が会長になる事で独裁的に全ての貴族を統制し、不良生徒を排除して平和を作るのを想定してたみたいだけど、……僕も大学と言う環境なら確かにそれは正しいと思ってて」
「王子。それ本気で言ってんのか?」
「政治思想ってどんな考えでもメリットとデメリットがあるんだよね。この大学はみんな学生で、ほとんどの生徒が22歳以下の若者だから、貴族って言う立場をかなり大雑把に捉えてる。この平等と言う建前の元、必要のない所で権力を振り翳す生徒が居たとすると、まず立場を同じにする為に権力を全て取り上げて行使させない事が重要になる」
「私はそのために【読心】を使いながら支配を行った。この大学での権力など、所詮は他の生徒達の【支持】でしかない。下につく生徒達へ根回しを行えば、相手は貴族という肩書きがあろうとも一人の生徒でしかないからな」
「結果的にツバサ兄さんは、個人の持つ貴族という概念を壊して、全ての生徒に【平等】
を強いていた」
「全然平等じゃねぇよ。貴族にヘコヘコしてるやつばっかりが優遇されて……」

 ヴァルサスはハッとした。ククリールは呆れていて、キリヤナギは苦笑している。

「そう。ヘコヘコさえしてれば、そこに階級の差別はないんだよね。貴族でも平民でも、誰でも仲間に入れて、頑張れば幹部にもなれる。本当の意味での『平等』をツバサ兄さんは作っていた」
「ちっ……」
「私の派閥に属しない貴族は、それぞれの思想を持って派閥を運営していたが、いずれ全ての派閥を傘下に収めようとしていた事実は認めよう」
「客観的にみると確かに皆の『敵』だけど、実現すれば独裁的な平和と実力主義の社会が実現する。みんなの憎しみの対象が先輩へ集中すれば、少なくとも下層の揉め事は減るからね」
「……」
「シルフィは優しいから、そんな誰かを憎む環境が嫌で、先輩の為にもツバサ兄さんとはまた違う『平等』を提案したいようには見えたかな」
「ハイドランジア嬢の『平等』は、誰もが手を取り合う共産主義的なものだが、これはどれほど努力しようとも見返りが一定となる慈善事業に近い体制となる。だがこれは逆を言えばに努力しなくとも功績は称えられ評価が一定になると言うこと、これを行ったことで生徒会ではハイドランジア嬢が一番初めに倒れた」
「つまり政治って、その時の環境や治世の状態によって適正な方法があって、この大学にとっては、ツバサ兄さんの方法が一番適正だった。って僕は評価してるかな」
「王子……、お前そんなんだったか??」
「え??」
「王子は元々こうだぞ? 隠していたようだが……」
「隠してたつもりは無いんだけど……でも、元々ある政治に口を出すのは野暮かなって思ってはいたかな」
「よく分析してるじゃない。誰からきいたの?」
「僕がツバサ兄さんと話した時、先輩の事をかなり気にかけてたんだよね。でも、その環境が僕に壊されても知らなかった事を咎めに来ただけで、壊した事は怒らなかった、だから多分会長になって本当の意味で孤独になる先輩を心配してたんじゃないかなって」
「なるほど、逆説的に察したか。確かにヘイトを向けられた王の行末は、断頭台か絞首台だからな」
「兄さんは、それを望んでいなかった。だから僕に壊されても怒らなかった。好きにすればいいってさ」
「王子……」
「僕は国民に生かされてるんだよね。あと、僕らがいないと『王の力』もなくなって、外国に何をされるかわからないから」
「オウカの王族は、本当の意味でこの国の生命線だ。たとえ圧政を敷いて引き摺り下ろされたとしても、その命までは誰も取らないだろう」
「わかんないよ。この力を憎んでる層、結構いるし……」
「その手の組織をマグノリアは国外追放にすべきだとも考えているが、シダレ王は寛大だな」

 笑いながら話すキリヤナギに、ヴァルサスが少し引いている。話が少しずれたが今は国ではなく生徒会の話をしているのだ。

「話してて決まったよ。やっぱり僕はこの大学の生徒会にもう少し責任がある」
「そうだな。ハイドランジア卿の治世は、適正ではあったが荒療治とも言える。その反動が今の形に抑えられたと思えば、王子の動きは必ずしも悪かったとは言えない」
「結局何が正しいんだ……?」
「正解はないんだ。その時々に適正な政治があって選挙って形で生徒の皆が選ぶ。これが『民主主義』」
「あくまで学生レベルの話だが、会長に立候補するならどのような生徒会にする?」
「僕が生徒会を作るなら、全員が執行部と兼業。学内の問題解決が最優先にして活動する」
「はっ。なかなか、ハードな生徒会だな」
「催事は大変だったけど、分担すればそこまで重くはなかったんだよね。協力すればこなせると思う」
「問題解決が最優先。つまり会長が存在するだけで抑止力か。悪くはない」
「全員が執行部になれば、生徒会のみんなもこの大学の問題点に気づく、そうなれば僕が卒業しても問題点を知る人が生徒会に残って解決もできる」
「悪くねぇじゃん。でも経験者居なくなったらどうすんの?」
「卒業後の人間に責任を求めるな。それは次の世代が勝手に決める」
「僕をOBとして迎えてくれるなら手は貸せるかなぁ?」
「王子……」

 アレックスが呆れる様子を、ククリールは小さく笑っていた。
 今のキリヤナギに、二回生の頃に見た不安そうな表情はなく、何かを決めた堂々した態度にヴァルサスは気圧されそうになっている。

「なんか王子変わった?」
「元々こうなのだろう?」
「え、うん」

 ヴァルサスは少し意味深な表情でキリヤナギを眺め、肩を組んでくる。

「しゃあねぇな! また応援してやるよ」
「ありがとう。やってみる」
「まず選挙運動の準備だな」

 キリヤナギは、自身の選挙の前に生徒会の選挙準備の話を皆へと相談する。そして暫定で見せられた酷い絵のポスターに3人へ絶句されていた。

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 その日。ソラは一人、コノハナ町にあるオフィス街へと足を運んでいた。午後の授業を休み、訪れたそこはオーディションが開催される事務所でもある。
 ソラは先程、審査を終えて一人お茶を飲みながら結果を待っていた。前日までトレーニングを怠らず、やるだけのことをやった審査は、思いの外よく声が通り、兄の言葉どおり上手くやれたからだ。
 きっと大丈夫だろうと思う心境は、反発する様に緊張を産んで手も震えている。それは25歳までという家が設けた制限時間もあり、もはや神に祈る思いでもあったからだ。
 残り四年と言う月日の中で、受けられるオーディションの回数は限られている。通りたいと切に願う最中、大人数が待機する控室へ、マイクを持った一人の女性が現れて述べた。

「では選考の通過者を発表致します。番号を呼ばれた方のみ残り、呼ばれなかった方は残念ですがご退室下さいませ」

 きた。と、ソラは両手を握りしめて祈っていた。心臓が破裂するように高鳴る最中、続々番号が読み上げられてゆく。が、順番に読まれる筈のソラの数字は飛ばされ、女性は最後に「ご参加ありがとうございました」と部屋を出て行った。
 終わった筈なのに終わりたくはないと言う気持ちがせめぎ合うが、そっと肩を叩かれ、ソラは逃げる様に荷物を纏めて退出する。
 建物を出て、街へ出ても何も入って来ずただ淡々と足だけが動いていた。

「大丈夫かい?」

 声をかけられても上手く反応ができず、肩を触れられてようやく気づく。声をかけてきたのは子綺麗な身なりのネクタイの男性だった。

「突然申し訳ない、とても落ち込んでいる様にも見えたから」
「え、はい。すみません、失礼します」
「あぁ、待って、僕、こういう者なんだよ」

 立ち去ろうとしたソラを男は引き留めて名刺をみせる。その名刺には今日、ソラが受けたプロダクションとは違う事務所の取締役と書かれていた。

「歌手の卵を探してるんだ。ちょっと歌を聞かせてくれないかな?』

 ソラはしばらく迷ったが、ショックな気持ちを抑えられず、男性と二人でカラオケボックスへと入る。
 そこで曲を入れようとした時、思わず涙が溢れてきた。上手く歌えたと思ったのに選考に落ちてしまったことが悔しくてたまらない。誰よりも上手く歌えた筈なのに、及ばなかったことが惨めで思わず声を上げて泣いてしまった。
 男は、戸惑いながら後日でもいいと言ってくれたが、ソラは断り思いっきり歌った。
 得意な曲を、大学の歌唱サークルで一番上手いと言われた歌を、感情のままに響かせて歌う。大声を出すのはとてもスッキリして、歌い終えた直後も涙はぼろぼろ溢れていた。
 男はそれを拍手して聞き終え、礼をするソラへと言い放つ。

「正直、そこまで期待していなかったけど、本当に歌が上手い。よかったらうちの店で歌ってくれないか?」
「え……」
「少し遅い時間になってしまうのだけど、うちだけの独占と言う形で雇わせて欲しい。ギャラも弾むよ」

 思わぬ申し出に、ソラはまるで奈落から引き上げられるような希望を得てしまう。条件は良く、働きながら他の事務所へ受かったなら移動してもいいとも提案された。

「あの、是非やらせてください」
「ありがとう。先程名刺の通り僕はタクヤ・ツツジだ。改めてよろしく」
「ソラ・ツバキです! ツツジって地主様の……?」
「あぁ、でも既に勘当されてるから、もう繋がりはないんだ、だから気にしないでね」

 タチバナ本家が家を構えるその名に、ソラは心から安堵する。本物であると心が躍り更に涙が溢れてきた。

「ありがとう、ございます」
「君の夢を叶えられたなら、私も嬉しいよ」

 タクヤは、ソラに握手を求めソラもそれに応じていた。

 王子の春学期が始まり、人々が誕生祭の準備に入る最中、宮殿にも新しい顔が姿をみせていた。四月を境に新たに採用された新卒の使用人達は数ヶ月間の宮殿の仕事に加え、オウカの文化や宮殿のしきたりを学ぶ事になっていて、その顧問としてセオもまた教壇へと立つ事となっている。

「オウカ宮殿所属、ツバキ組バトラー。特殊親衛隊所属のセオ・ツバキです。主にキリヤナギ殿下の身の回りのお世話させて頂いております」

 ツバキ宗家の使用人に、新人達は感嘆の声をあげ拍手もしてくれる。セオは一般平民とされる使用人の中で唯一の騎士称号を与えられていることもあり、使用人の中では最高位の階級をもっているとも言えるからだ。
 初々しい彼らを前にセオはまずこの宮殿における使用人達について解説を始める。
 オウカ宮殿に仕える使用人達には、主に三つのグループに分けられている。まず一つはツバキ組。ツバキ家を主導として、王族の身の回りを整えるチームであり、ここに属するものは、シダレ王やヒイラギ王妃、キリヤナギ王子の三名の周辺を手助けしてゆく。それは家事だけにとどまらずスケジュール管理や、相談事を聞いたり、また本人の性格に合わせた対応を行い、彼らが最善の状態で公務を行える様手助けする事が使命であるとも説いた。
 そして二つ目はボタン組。ボタン家を主導としたチームで、彼らは宮殿全体の整備に加え、訪れる要人の世話や居室の案内などを行うチームだ。
 そして最後は、サザンカ組、彼らはベテランのバトラーやメイド達が主導となり、宮殿そのものの清掃から動物の世話など、細部のサポートを行う最下級のチームでもある。
 宮殿使用人として入ってきた新卒達は、まずサザンカ組からスタートし、仕事の覚え具合や成果で昇格して、いずれはボタン組、またその身分に信頼があればツバキ組へと昇進する。
 希望があれば事務員にもなれる為、将来を見据えながら働いて欲しいと締めた。

「あの……」

 手を挙げられ、セオは手を止める。ちょうど質問を受けようと思っていて、彼はにこやかに答えた。

「なんでしょうか?」
「サザンカ組の家は、ないのでしょうか?」
「それは、少し話しづらい内容ではあるのですが、いずれ耳にする事になるのでここでお話致しましょう」

 サザンカ組を管理していたサザンカ家は
、かつては宮殿に仕えていた。それは王族が栄え兄弟が多くおり、ツバキ家だけでは賄い切れなかった時代があったからだ。
 しかし、戦争を介した数百年の間に王族は急激に廃れ、使用人達も縮小されざるえなかったと言う。
 サザンカ家の不要論が囁かれ出した数十年前、王族の姫君がサザンカ家のバトラーと恋に落ち、ある日突然宮殿を去った。
 戦時中の事であり、事態を重く見た当時の王は、サザンカ家の責任は重大であると家ごと宮殿から追放し、現在へと至る。

「しかし、サザンカと言う名称に罪はなく宮殿では文化としてサザンカ組という名だけを残し運用しているのです」
「ロマンスでしたか」
「そう映りますが、責任は重いものです。サザンカ家は追放となりましたが、これはサザンカ家の直系が行った事で家へ対して責任を問われたとも言えるでしょう。しかし時代が時代です。この衰退しつつある王家で、もしあなた方の誰かが、キリヤナギ殿下を心を射止めることができたのなら、駆け落ちの前にまずご相談下さい。シダレ陛下は寛容ですので、殿下のお心次第ではお許しを頂けるかも知れません」

 教室へ少しだけ笑いが起こり、セオは苦笑していた。実際のところは難しいが、側室に関しては割と真面目に議論されていて、身分を問わないのも大前提だからだ。しかし、そこまで話が進んでいるのに、王子の本命については論外で、セオは本末転倒だと呆れている。

「サザンカ家は今何を?」
「宮殿での実務を生かし、主に貴族向けのホテル業をされています。現代ではほぼ世代は変わり、宮殿勤務の者が利用することも問題はありませんので、ご安心を」

 サザンカ家は客を選ばないともよく言われるが、それはあくまで一般に関しての事であり、サザンカ家のグループ企業はツバキ家の直系のみ、出入り禁止として毛嫌いしている。それは彼らが、当時からツバキに憧れ、ツバキを目指し、ツバキへ一矢報いようと仕えていたからだ。
 しかし、ボタン家にも及ばなかった彼らは、最高位のツバキのみに憎しみを募らせ、その態度も目に余っていたことから駆け落ちをきっかけに追放された。

 新人達への講義と誕生祭の会議を終えたセオは、間も無く帰宅するであろうキリヤナギを迎える為にリビングへと戻る。
 春学期が始まって数日、機嫌良く大学へ通う王子は、初日から絵が下手すぎると言われ、ショックを受けて帰ってきていた。セオは手を貸せる余裕もなく、ジンとグランジで悪戦苦闘していたが、キャラクターに見えたものは、実はシルフィを書こうとしていたり、構図がなぜか最近読んだ少年漫画風にもみえてセンスも酷い。人が人に見えず、何をしているかもわからないが、絵画だと言って飾られたら微妙に馴染む様にも思えた。
 ありとあらゆることをそつなくこなせる天才肌のキリヤナギが、唯一致命的に出来ない事だと思い出し、セオは言葉もないが、王子にとって絵は宮殿に飾られる、いわゆる抽象絵画ばかり見てきて、絵はそういうものだと言う固定概念があるのだろうと察する。

 そんな数日前の出来事を思い出し、リビングへと戻ると、コタツソファへ入っていたキリヤナギが、顔を真っ赤にしてゲームをしていた。セオが入ってくると後ろにゲームを隠して何故か焦っている。

「セ、セオ、おかえり……」
「殿下、大丈夫ですか? お顔が熱っておられますが」
「え、な、何でもない。少し、動揺してるだけで……」
「何か深刻な問題でも?」
「な、何もないって……」
「でしたら、落ち着かれる為にも紅茶をー……」
「だ、大丈夫。ちょっと部屋にもどるね!」

 ゲームを持ちキリヤナギは逃げるように自室へと消えてゆく。遅れてグランジが入ってきてキリヤナギの居ないリビングへ首を傾げていた。

「殿下なら、お部屋に戻られましたよ」

 うなづいた彼は、本棚へ向かう最中テーブルの上に残されたゲームのパッケージに気づいた。男性向けの可愛らしいキャラクターが沢山描かれたパッケージには、隅に成人向けの表記がある。
 ふむ、と彼が元の位置に戻そうとしたときキリヤナギが飛び出してきて、グランジからパッケージを回収して再び消えていった。
 それと入れちがうように、事務所からジンも戻ってくる?

「あれ? 殿下は?」
「ジン。殿下、何かあった?」
「何か? ゲームやりきるからって一人にして欲しいって言われてたけど」
「……」

 グランジは大まかに察していた。セオは結局キリヤナギの部屋には入れてもらえず、食卓にゆく様だけを見送り一旦は休憩時間へと入る。
 暖かい気候に癒され、ほっと肩を撫で下ろしているとセオのデバイスが突然着信音を鳴らした。連絡をよこしてくれたのは、オウカ町の実家へと住む母、シス・ツバキだった。

「母さん。久しぶり」
「セオ、元気?」
「はい、息災です。年末は帰れずごめん」
「お役目を果たすのはツバキの誇りです。でも今日はソラの事で相談をしたくて……」
「ソラ?」
「ここ最近、ソラの帰りが遅いの。オーディションには落ちたけど、歌唱力を買われて契約先が見つかったって聞いてるんだけど、帰りが日付が変わってからとか、朝方で少し心配でね。母さん、業界のことはよくわからないからしつこくは言えてないのだけど、音楽業界って学生をこんな遅くまで働かせるものなの?」
「それは、僕も流石に分からないかな。でも成人してソラももう大人だから、本人なりに考えてるのかもしれないよ」
「それなら、良いんだけど……」
「困ったことがあったら、きっと僕に言いにくるだろうし、それまでは任せてもいいんじゃないかな」
「……そうね。わかった」
「僕、ソラが働き出した事は聞かされてなかったんだけど、どこに勤めてるの?」
「ゲームができるバーって言ってたかな……? 住所まではわからないけど、なんでもお金持ちが沢山くるお店で、そこの歌姫として頑張ってるとか」
「……」
「セオ?」
「いや、なんでもないよ。母さん。僕の方からもソラに連絡をしてみる」
「うん。たまには帰ってきなよ」
「なら春の連休に帰るよ。またね母さん」
「お疲れ様」

 通話を切った直後、セオはソラのデバイスへと通信を飛ばす。しかし、彼女が出ることはなく彼は一度諦めデバイスをポケットへと戻した。

@

 一方で、その日の大学の授業を終えたソラは、タクヤに紹介されたバーにて、ショーの準備へと勤しんでいた。
 メイクされ用意されたドレスを着用し、開店前にマイクの調子を見るためにデモ曲を歌う。スタッフの皆は歌い終えると拍手をしてくれて心が踊り、開店してからもソラはずっと後ろの奏者に合わせて歌っていた。

 タクヤが経営するこの店は、カジノを模した貴族向けの遊び場で、表向きにはお酒を飲むバーとして運営されているが、賭博遊具のレプリカを広げ、皆があくまでカジノの雰囲気を楽しみつつ遊ぶ場だと聞いていた。
 店の雰囲気を盛り上げるため、タクヤはちょうど歌の上手い人物を探していたところ、オーディションに落ちたソラを見つけたと言う事だった。数回の休憩を挟みながら一日歌い上げだソラは、その日も清々しい気分で仕事を終える。
 深夜まで営業されている店の閉店まで残り、片付けの手伝いをしていると毎日終電ギリギリにもなり母は少し心配そうにしていた。しかし、やっと夢を叶えた忙しい日々にソラはこの上ない幸せな感情もあり、今はもっと歌いたいという気持ちで満たされている。

「ソラちゃん、ありがとう。これ今日のギャラね」
「ありがとうございます!」

 大学の授業もあり、勤務形態は日雇いの当日払いだった。もうここへきて二週間にもなるが、学生にはとてもありがたい額でもありソラは両手でそれを受け取る。

「次は来週だよね。人気出てきてるしまた頼むよ」
「はい、頑張ります。あ、すみません。最終列車が近いので、今日はこれで、ありがとうございました」
「うん。気をつけて」

 カバンを持ち夜の街へ消えてゆくソラを、タクヤは手を振って見送る。そして後ろから現れたもう一人の男と顔を合わせた。

「撮れたか?」
「えぇ、こちらで宜しいでしょうか?」

 差し出されたデバイスへ撮影されていたのは、ギャランティを受け取るソラの姿だった。タクヤはそれを満足そうに見て、自身のデバイスへ送信させる。

「如何なさいます?」
「あとは私がやっておく皆撤収の準備をしておけ」
「は、」

 頬を緩ませるタクトは、残った部下たちに備品の整頓を行わせ、彼も夜の街へ消えてゆく。

@

 朝、キリヤナギは登校中。大きなため息をついていた、後ろにはグランジがおり二人の間にはどこか冷めた空気が漂っている。

「セオが心配していた」
「……なんで?」
「……」

 片目でじっと見てくるのは「わかってる筈」だと言っているように見える。
 昨日は夕食までの間、ヴァルサスから借りたゲームが終盤へと差し掛かかり、ヒロインと思わしきキャラクターとの成人向けのシーンが流れて酷く動揺してしまっていた。ヴァルサスが気に入っていた女性とは違うキャラクターだが、とても綺麗な絵に描かれていて困惑していた所、セオが入ってきて逃げてしまったのだ。
 動揺がおさまらずパッケージをリビングに忘れたのも失態で、このどうしょうもない気持ちをどこにぶつければいいかわからない。

「ゲーム」
「え”?!」
「あれは良作」

 え? と思わず聞き返してしまう。しかし、グランジはパッケージをよく見ていた。

「持ってるの?」

 うなづかれてさらに言葉に迷ってしまった。

「シミュレーションゲームパートが、面白い」
「え、う、うん……面白かった」
「絵もいい」
「うん……」

 ゲームは、アドベンチャーパートとシミュレーションパートがあり、主人公は世界を平和にするために戦争をしてゆくストーリーだ。各々の選択肢によっては、戦争を回避できたり、敵国のヒロインと結ばれたりもできて内容がリアルで密度も高い。シミュレーションパートは夢中であそんでいたが、クリアして次に進んだアドベンチャーパートでヒロインとなったキャラクターとの成人向けのシーンがでてきて動揺した。

「誰を選んだ?」
「カレン……」
「ミリア」

 カレンは、メインヒロインと真逆の性格の第二ヒロインだった。彼女は敵国の姫にも関わらず工作員として潜入していて、自国の情報を敵国へと流していたが、主人公の堅実な性格に心を動かされ結ばれてヒロインとなる。
 対してミリアは第三ヒロインで、主人公の侍女として使えるメイド枠だ。

「グランジって、そういう趣味?」
「……生存ルートにしたかった」

 ミリアは、ヒロインの中でももっとも優しく包容力のある女性として描かれている。どんな時でも主人公の味方だが、終盤にヒロインとして選ばれなくなると死地の主人公を庇って死んでしまう。
 全員が生きてエンディングを迎えるのはミリアルートのみらしく、キリヤナギは少しだけ感情移入もして物語を読み込んでしまった。

「面白かった」
「他のルートもやるといい」
「もう、ヴァルに返すよ」
「貸す」
「う”っ」

 思わず変な声が出てしまう。ゲームは面白かったが、成人向けのシーンが恥ずかしくて言葉にならない。そしてそれは、グランジと分かれた後、ヴァルサスに察された。

「もう遊んだのか? はえーじゃん」
「面白かったよ……」
「だろぉー、誰選んだ?」
「カレン……」
「マジか? 俺、アイナだけど、カレンって攻略めちゃくちゃきついキャラじゃん、よくやるわ」
「そうなの?」
「だって敵だし? 選択肢もさ攻略ルートちゃんと見てねぇとなかなかヒロインにならないんだぜ。ルートズレたらアイナかミリアになるし」
「へぇー、言われたら確かに難しかったかも」

 アイナは、このゲームにおけるメインヒロインだった。正統派のヒロインで王子である主人公に仕える赤髪の女性近衛兵でもある。

「カレンはさ。ほぼ負け確の専用シミュレーションパートで勝つ必要があるからが難しいんだよ」
「確かに手ごたえあって面白かったかな」
「なんでカレンにしたんだ?」
「うーん、途中まではアイナがいいなって思ってたけど、敵ってわかったらなんか燃えたんだよね」
「燃えた?」
「難しいってわかると、やる気が出ると言うか……、僕が奪ってどうなるか気になってさ」
「……王子って意外と野心家?」
「そうかな? ククにも言われたけど……」

 話していたら教授が現れ、二人は真面目に授業を静聴する。
 三回生の授業は二回生までの必修科目がかなり減り、実施授業も限られていて、時間割には空き時間が多くある。その日は一限のみを取り、2限は空いていて3限からだった。一限の授業がない日もあり大学の自由度の高さを実感していた。

「皆さん、準備が順調で何よりです」

 その日開かれた生徒会会議は、現行の生徒会で正式に集まる最後の会議だった。次回は選挙を進めるための細かい事務作業か、引き継ぎの作業のみとなる。

 およそ1年間、連れ添った生徒会の仲間へシルフィは大きく深呼吸して皆を見据える。

「私は、この1年間あなた方に頼ってばかりで不甲斐ないところを見せてばかりでした。でも、このメンバーで様々な催事をこなし乗り越えて行けたことは、私の理想とした生徒会で、間違いはありません」
「……」
「私は四回生となり、これにて生徒会は引退ですが、この意思を引き継ぐ生徒としてキリヤナギ王子、あなたを推薦させていただきます」
「ありがとう。僕は選挙で会長へ立候補する。この大学の生徒会に、皆に僕を必要とするのか選挙を介して聞いてみる」
「本格的な立候補者の募集は、来週から始まります。皆さん、この生徒会での最後の花火を頑張りましょう!」
「「はい!」」

 キリヤナギがデザインしたポスターも発表すると、なぜか会議室の雰囲気が凍りついたようにもみえた。
 しかし、代替え案の時間もないことからそのまま印刷される事になり、生徒会はいよいよ本格的に選挙の準備へと移ってゆく。

 そしてその日、とある情報誌の出版社へ、一枚の写真が持ち込まれた。
 その写真を見た記者は高額でそれを買うと、早速それに関する記事を書いてゆく。
 その記事は、宮殿のスキャンダルでもあり、ツバキ家の直系にあたる娘が違法賭博店にて働いていたという暴露記事でもあった。
 連絡を受けた宮殿は即座に、ツバキ家のバトラー。セオの父、サーシェス・ツバキとセオへ事実確認が行う、しかし、写真に写っていたソラは、間違いなくセオの妹でもあり、ソラもまた働いていた事実を認めたことから、ツバキ家の二人、サーシェスとセオは一時的に宮殿より謹慎を言い渡されることとなる。

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